指輪はまだつけられずにいる

あの夏がまた今年もやってきた。君を失った夏

線香花火と共に消えてしまった君はもう

この地球のどこにも存在しない。


幻だったのではないか、と

夢だったのではないか、とそう思う時もあった


しかし、彼女はここにいた


今年の夏、彼は指輪を持ってきていた

もし、次に会えたなら、その時は

もう二度と離れ離れにはなりたくない

その思いから二人が一緒にいられる証として

贈るつもりで用意した


二度と会えないはずなのに、そんなものを用意したのは、今年、或いは来年、再来年、もっと先の年になろうとも、夏にまた会えるそんな気がして仕方がなかったからだ

振り向けばそこに、黒い髪を靡かせ白いワンピースを着こなす、太陽のように明るく、赤ん坊のように無邪気な笑顔があるような


だから、会えた時に怒られないように、ガッカリされないように、笑ってもらえるように、立派になったね、そう言ってもらえるように1年間、ずっと頑張って、また今年も夏がやってきて、あの日のように夏が終わる


「〆はこれじゃなきゃな」

短くなったロウソクに線香花火を二つ


胸がキュッと締め付けられる

「痛い…」泣いてはいけない、と

無理やりにでも笑顔を作る

しかし涙は止まらない、とめどなく悲しみは溢れ出る


「そんなんじゃカッコよくないぞ

ほら、笑って笑って、そうじゃなきゃ私も悲しい」


ふと、声が

幻聴であったとしても、そうでなかったとしても

声が聞こえた、あの声が

顔を上げるとそこにいた。居た。いた


麦わら帽子に闇より深い、黒く長い髪、

白いノースリーブのワンピース

透き通るような白い肌にあの笑顔


しゃがみこんでこちらを覗く


「……あ……あぁ…」

言葉にならない嗚咽が喉から抜け口からこぼれる

「もう…だらしないなぁ……涙と鼻水でぐちゃぐちゃじゃない、いつまでたっても変わらないね、君は」


暖かく柔らかな手で頭を撫でられる

もう涙は止まらない、止められない


「泣かないで、もうどこにも行かないから

ずっとここにいるから、また来年も再来年も、ずっとずっとここに、私はいるから」


そう言って抱きしめられる

線香花火はもう地面に落ちて消えてしまった


また夏が終わる、次は来年に、またここで

次は泣かないように

渡しそびれてしまった物を渡すため













だから、指輪はまだつけられずにいる

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