始まりと終わりの諦観者
鋼の翼
第1話
荒れ果てた部屋に怒号が響く。部屋に差し込む光の先に母に叱られる兄がいる。
兄はボロボロの短パンとヨレヨレのTシャツで震えながら正座していた。母はそんな兄を口汚く罵り、着ていたパーカーで滅茶苦茶に打つ。
愛する我が子にできる所業とは思えない。だが兄は文句ひとつ言わず僅かにも動こうとしない。
「反省しなさい!」
白い息を吐き、兄を殴っていたパーカーを嫌がるように放り投げ、寒い寒いと腕をさすって母は出ていく。部屋に残された兄は僕の方を見て
「大丈夫だよ」
と弱弱しく笑った。
僕らの親は所謂毒親というやつだ。我が子に一ミリの愛情も見せず、子供を自身の自慢の為だけに利用する。本人の意思を尊重せず、得手不得手も考えず、闇雲にピアノやバレエをやらせてはできなければ叱りつけた。
兄はまだ中学生だ。習い事の多さに加えて勉強もしなければならない。碌に勉強の時間を取れない兄は学年の中でも最下位に近い学力。定期テストのたびに怒鳴られ、飯を抜かれる兄を見た。悔し涙を流しながら月明かりで勉強する兄も見た。
何度殴ろうと思ったかは覚えていない。しかしその行動は今の僕には到底叶わない願い事だ。僕はガラス張りの平面世界から、ただただ兄が衰弱していくのを見ていくことしかできなかった。
寒い冬の中、ストーブをつけることも、風呂に入ることも、暖かい服装をすることも、何も許されない。震える兄を、僕は温もりのない世界から見つめるだけ。
――二年後、兄は死んだ。例年よりもぐっと平均気温が下がる中、隙間風の通る極寒の中、凍える体を抱きしめて、一人涙を流して死んだ。
親は、悲しまなかった。喜びもしなかった。
ただ無表情に、兄の死骸を見つめていた。
「また、一つ増えた」
誰にともなく呟く。これで八万回は超えただろうか。
僕はいつまで――。
部屋の扉が開いた。
新しい子供が何も知らない無邪気な笑顔で喜んでいる。その先に待ち受ける地獄のような日々を知らない無垢な笑いが心に突き刺さる。
何も出来ない苦しさがないはずの身を焦がす。
「今日からここがあなたのお部屋よ」
「ありがとー、ママー」
また始まる。僕の無力さを強く見せつける、地獄のような10年間が。
――僕は、こんな地獄など見たくなかった。
だから行動した。なのに、その結果がこの現実だ。
「兄さん、僕は何か、恨まれることをしたかい?
4歳の時に殺された僕の分の期待も負わされたことが、憎いかい?
今のこの僕の姿は面白いかい? 滑稽かい? 怨恨は晴れたかい?」
ループが、始まった。それまで優しかった親が急変し、兄が泣いている。
国語のテストで100点を取れなかったときの泣き方だ。
「兄さん、僕はもう――疲れたよ――」
僕の言葉など無視して世界は、時は進んでいく。
そして終わりがやってきて、再び世界が始まる。
変わらない現実。改変できない未来。逃げることのできない業。
そうか、これが――煉獄か。
兄の望む、僕への復讐か。
始まりと終わりの諦観者 鋼の翼 @kaseteru2015
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