ハロウィンの夜に願う

井上 幸

ハロウィンの夜に願う【短編】

やみしずむ森の中。

僕はかぼちゃで作ったかぶり物をつけて歩いていた。

真っ黒で大きな布をすっぽり被って。

もちろん、こんな真っ暗な森をひとりで歩けるわけなんてなく。

森の入り口に集まったんなと列を作って歩いてる。

今日はハロウィンの夜だから。

皆んなおそろいのかぼちゃおけの仮装かそうをしてる。

一人ふたりならば可愛く見えるその格好も、暗闇の中ランプのあかりに十数人の列が見えれば不気味ぶきみうつる。


僕の住んでいる街には、ちょっと変わった風習があるんだ。

『トリック オア トリート』って知っている?

『おやつをくれないと、イタズラしちゃうぞ』ってやつ。

大抵の大人はおやつをくれるって言うけれど、僕の街ではちょっと違う。

じゃあイタズラするのかって?

ううん。違うんだ。

あぁ、そろそろ『約束の場所』に着く。

見ていてごらん。


カツン、カツン、カツン


不気味な悪魔あくまの姿をしたノッカーが、思いのほか軽い音を出す。


カチャリ

キィぃぃぃ——


古びたとびらが不快な音を立てて開かれる。


『トリック オア トリートっ!』


先頭の子が声を上げる。

扉の向こうはよく見えない。


『……っ!』


くぐもった声らしき音がして、あの子は中へと入っていく。

一人ひとり、順番に。


次のノックは僕の番。

入った子はだ誰も出てこない。

僕の後には二人だけ。

ちらりと視線を送っても、その子たちは平然としているようにしか見えなかった。


被り物に感情は見えるはずもないか。


僕は恐怖きょうふ緊張きんちょうに引きる身体を無理矢理むりやり動かした。

とうとう不気味な悪魔に手をかける。

呼吸が浅くなっているのが分かる。

寒いくらいのはずなのに、流れる汗が止まらない。

こくりとつばを飲み込んで、ぎゅっと目をつむって勢いをつける。


カツン、カツン、ガッ……!


あれ? と思った時にはもう。

僕は暗闇くらやみとらわれていた。


おかしい。

何度考えてもおかしい。

僕は自分から扉をくぐった記憶はなく。

そもそも扉の中に入るのは、僕が『トリック オア トリート』と呼び掛けて、返事が返ってからのはず。

色んなことが矛盾むじゅんする。

ぞくり、と背中を冷たいものがい上がる。


どのくらい時間がったのか。

ここは暗くさびしいだけ。

寒くもないし、暑くもない。

随分ずいぶん時間は経ったはずなのに、光が差し込む気配もない。

お腹もかず、のどかわかない。


そこまで考えて、気づいてしまった。

何も見えない、聞こえない。

身体の感覚もない。

周りが暗いわけじゃなく、僕が何も感じなくなってしまっただけなんだ。


それから幾日いくにち幾年いくとせ経っただろう。

宙に浮かされたような気持ちのまま、僕の意識はただそこに在った。


カツン


突然、耳にあの音が響く。


カツン


僕は全身全霊を込めて、音の方へと意識を向ける。


カ……っ!


届いた!

そう思った瞬間に、僕はあの不気味な悪魔の前に立っていた。


「ねぇ君、早くしてよ」


後ろから声がして、僕は思わず振り返る。

そこには三人のお化けが居た。

三人?


「あぁ、ごめん。行ってくる」


小さな違和感いわかんを覚えつつ、僕はあの不気味なノッカーに手をかけた。

ぼんやりしているうちに、夢でも見ていたらしい。


カツン、カツン、カツン


「トリック オア トリート」




僕の住んでいる街には、ちょっと変わった風習がある。

ハロウィンの夜、子供たちはかぼちゃの被り物と黒いマントを身に纏い、森の奥にある『約束の場所はいおく』に一人ひとり入っていくんだ。

もちろんそこには大人が居て、子供たちを中に入れてくれるのだけど。

時々子供の数が変わってしまうらしい。


例えそれに気づいてしまっても、決して口に出してはいけないよ。

怖い悪魔がこの街を見張っているからね。

ハロウィンの夜はそいつとの取引の夜なのさ。


それは亡くなったすがたをけした子供が戻る夜。

かぼちゃの装束しょうぞく身にまとう子らに混じった魂が、一晩姿を取り戻し、楽しい時間を過ごす夜。

『約束の場所』には、戻らぬ我が子の姿を想い、瞳をうるませる人たちが居る。

例え悪魔との取引だって、彼らは躊躇ためらいもせずに応じるだろう。

彼らの願いがかなうように、この街はちょっぴり寂しくて、ちょっぴり優しい場所なのさ。


そんな風にかたる街の住人は、寂しそうに微笑ほほえんだ。


そうか、今夜は。僕の両親の願いが叶った夜。

あの夜、子供たちにまぎれて悪魔と取引をした僕は、ようやく『約束の場所』から解放される。


「ごめんね。ありがとう。さようなら」


どうか、彼らに届きますように。


******


年に一度。

ハロウィンのその夜に、願いを込める人がいる。


『ただ一度。もう一度だけ、いたい』と。


叶わぬ願いと知りながら、それでも奇跡を願う夜。


かぼちゃの衣装を身にまとう、同じ姿の子供たち。

天にのぼったが子の姿、うるむ瞳で追いかける。


真実は分からねど。

満願成就まんがんじょうじゅの夜に街へと感謝をささぐ。

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ハロウィンの夜に願う 井上 幸 @m-inoue

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