魔に悪戯

ハロウィンの夜に遭遇してしまった劇場の怪異によって、オリビアは手脚を負傷してしまった。命には関わらないものだったのだが、なにせ片腕だけでも不便なのに脚も怪我をしているので、家事はおろか初日はトイレに移動するのもままならなかった。


なので、マクアが徹底してオリビアの生活の補助をしていた。特に移動の際に、マクア本人は小柄なのに力強く大きな尻尾で成人男性を余裕で支えているのだが、いつ目の当たりにしても不可思議な光景だった。

(マクア曰く、「怪異とか妖魔なんてそんなもの」らしい)


怪我人として、オリビアはベッドで寝ているか、スマホをいじるくらいしかマクアに許してもらえなかった。

その代わりに、仕事以外の家の事はマクアがやっていた。


ちょこちょことオリビアの住居を駆け回って掃除をしたり、毎日の食事の為の買い物を触手なしでこなしたりしているのを見て、オリビアは感謝と申し訳無さを感じていた。



「ごめんなさい、マクア、大変でしょ?

今日なんか買い物から帰って来たら袋で前が見えない状態だったじゃない」


だいぶ回復してきたのだが、自主的に腕の包帯の交換を希望したマクアにしてもらいながら、オリビアが気を遣う。

マクアは外した包帯の下の傷跡部分に『知り合いから譲ってもらった薬』を優しく塗りつけながら言う。


「ん、平気!元々力持ちだから重いのは余裕!それに、おばちゃんが途中まで付いてきてくれてたし!」

「…おばちゃん?」


聞き慣れないワードが出てきてオリビアが首を傾げる。


「うん!近くのマンション…アパート?のおばちゃん、スーパーで時々会うんだけど今週の安い物とか教えてくれるんだ!

レジ打ちのおねーさんもよく声掛けてくれるの!優しい人多いね!」

「そ、そう…良かったわね」


オリビアよりも近隣の住人と慣れ親しんでいる様子のマクアに、オリビアは複雑な気持ちになる。


オリビアだってコミュニケーションが得意な方のはずなのだが、近隣住民からしたら急に現れた占い屋を語る怪しい男に積極的に話しかけるなんて、まずしたくないだろう。

…というか、その怪しい占い屋の男のところに現れた幼い少女を心配して話しかけているのではないだろうか?


色々と考え込むオリビアの腕に綺麗に包帯を巻き終えたマクアは脚にも同じように処置をしていた。

独特の薬の臭いが鼻につくが、マクアが言うにはこの薬は『特別製』で、知り合いの薬師妖怪(?)が調合したもので、傷を跡形もなく治すものらしい。

マクアの両腕のそれにも効くのでは?と聞くと、時間が経ちすぎた傷では駄目とのことだった。

万能の薬、というのは彼女らの世界にも無いようだった。


「よーし、包帯終わり!」

「いつもありがとうね」

「んへへへ〜」


礼とともに頭を撫でると、マクアは大きな目を瞑って嬉しそうに受け入れていた。

それを見ていて、ふとオリビアは思い出した。


「マクア」

「うーん?」

「トリック・オア・トリート」

「………んぇ?」

「劇場から帰った時、マクアはお菓子全部食べて無かったじゃない?」

「う、うん」

「イタズラするって、言ったわよね?」

「…うん?」

「今、してもいーい?」

「今!?」

「そう、今」


覚えてはいたが、急な事にマクアは狼狽えていた。それに対して楽しそうなオリビアは、ベッド脇にいたマクアを引き寄せていく。

マクアは動揺と怪我が治りきっていないオリビアに無理に逆らえないのとで、抵抗なくベッドの上に連れられて、最終的にオリビアの腰のあたりを跨ぐような位置に移動した。


ぱちぱちと黄と緑の虹彩をした目を瞬かせるマクアに、オリビアはあくまで優しく笑いかける。


「イタズラしちゃうわね」

「…う………ん……」


マクアはオリビアを信用している。してはいるが、今日のような強引なオリビアは初めてで心臓が跳ねる。

オリビアを翻弄するのはいつだって自分だったから、振り回される側の怖いような楽しみなような気持ちに慣れていないのだ。


そんな心地をマクアが整理しきれていないマクアに、オリビアは手を伸ばして―



「!?ッぁははははは!!!」

「ホラ、こちょこちょこちょ〜!!!」


盛大にくすぐりだした。



マクアが部屋着にしているムームーは薄手である為、脇腹やらの防御力が圧倒的に低い。オリビアはそこを集中的攻撃しているのだ。

オリビアは正直、自分ができる範囲でマクアに効果的なイタズラが思い浮かばなかったのだが、マクアが油断している今、思い付いたものをやってしまおうと思い至ったのだ。


ヒーヒーと笑い続けるマクアに、まだまだくすぐりをやめないオリビア。


絵面として成人男性が幼い少女の体をまさぐるという、いささか問題の有る状況なのだが、それ以上の行為すらしている2人なので割と今更な話でもあった。




このじゃれ合いは、オリビアが満足するまで続いたのだが、この日のマクアが用意した夕飯のカレーは鬼の様な激辛だった事をここに記しておく。


「ッッッー!?!?!?

 みっ、みず…!!!」

「自力で取りに行ってねー」

「ハー…ハー……ご…めんな…さい…」

「知らなーい」






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