ある日の探偵社

てぶくろ

【日常】


『これはキミが持つべきもの。――A』


アウグスタは、探偵社の入口にうずたかく置かれた荷物を前にして頭を抱えていた。

何かしらの輸送手段を通した形跡のないコレは、昨日までは確かになかったものだ。


「邪魔だから早くどうにかしろ」


とは、言うまでもなく所長の言葉だ。


中身を確認したが、返却したはずのローブと伝統の武器――教団の装束とアサシンブレードだ。

アウグスタは教団を確かに抜けたはず、なのにコレをここに置いていく自身の師匠の思考回路が理解できない。


アウグスタが退院したのはつい先日のこと。

コンスタンスの死に我を忘れ、調停役を含めた教団員を多数殺害した事は記憶から消えてはいなかった。

レインを含む新しい家族が無事だった、それを確認して張り詰めていた意識が飛んだところまではっきり覚えている。

ゆえに理解できない。


そして――


「すごく綺麗なお洋服ですね!」


レインが教団のローブを広げ、キラキラした表情をさせている。

たしかに綺麗な服ではあるし、どんなシーンにも着ていける便利な服だが――


「とりあえず...私の部屋に運びますわね。レイン、手伝って下さる?」


「はい!」


レインは元気な声で返事をすると、荷物を事務所内のアウグスタの自室へと運び始める。

昏睡になって以来、レインはアウグスタから全くと言っていいほど離れなくなった。そして、事務所の一室に2人で住み込むことになったのだ。





山のような荷物を運び終えた頃には、既に日が暮れており外は暗くなりつつあった。

小さめのローブ――訓練時代のローブをレインが欲しがったので着させてあげると、


「アウレリアさんも一緒に着ましょうよ...」


と、せがまれて愛用のローブを着ることになった。

ならば折角だと、アウグスタはお財布とスマホを手にして、


「レイン、お夕飯の買い物に行きましょうか」


お揃いのコーディネートでのお出かけに誘った。

レインが嬉しそうに返事をし、2人は手を繋いで外に出る。



事務所の近くにあるスーパーで、食材などを買った帰り道、近くの公園から喧騒が聞こえてきた。


ちらりと確認すると、学生服を着た少年がコスプレをした少女に追い回されていた。

その近くにはそれを楽しそうに眺める学生が数名いて、全員がアイスを食べているところだった。


「アウレリアさん!ま、魔法使いです!魔法使いがいますよ!!」


レインが思わず大きな声で騒ぐと、それは相手にも聞こえたようで、得意げに胸を張ってポーズを取ってくれた。

アウグスタがよく見てみると、少女のコスプレはとてもレベルが高いだけではなく、ローブや杖はコスプレ用なんてものでは無いと気づけた。


レインは魔法使いと一緒に写真を撮り、嬉しそうにはしゃいでいた。だが、相手の少女は少女でこちらのローブに興味津々の様子だった。


学生たちに手を振って別れると、背後から――


「モデルさんですかね?」


「女優さんかな?」


「外国人だったね!」


「サングラスをかけた幼女と、異国の美人...」


等と話している声が少しだけ聞こえ、レインとアウグスタは2人で微笑みあった。


事務所に戻り、簡単な夕食などを済ませてレインと2人で同じベットに横になっていると


「...アウレリアさんは、今幸せですか?」


レインが、小さく呟いた。


「当たり前です。皆さんがいて...レインをそばに感じることが出来て...こんなに幸せでいいのかなと言うくらいですわ」


その言葉を聞いたレインは、嬉しそうに少しだけ身をよじるとアウグスタに力強く抱きついた。


「...ザギさんは...お父さん」


「...ん?」


アウグスタの言葉が聞こえないのか、レインは静かに続ける。


「林檎さんが...お姉ちゃんで...」


「レイン...?」


「錠一さんが、お兄さん!」


「さっきから何を――」


「アウレリアさんは...」


アウグスタの言葉を遮るように言ったレインは、じっとアウグスタを見つめる。

あんなにも人の目を見るのを嫌っていたレインが、力強くアウグスタを見つめている。


「アウレリアさんは、お母さんです...」


そして、恥ずかしそうに微笑んだ。


家族、それがどんなものか知らぬ少女。


そんなレインが手に入れた、歪で、不完全で、バラバラな――それでも絆で繋がっている仲間たち。


そんな関係を例えるならば、最も適したものはきっと――


アウグスタはレインの額に優しく口付けをして、髪を撫でる。


「大好きですよ、レイン」


何気ない、本当に何気ないそんな日常。


今日が終わり、そして、明日が始まる。


探偵社は、今日も営業中である。










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