第112話 遠出(ハク)
高層建築物の壁面に張り付くと、パッチリした大きな眼で
ベティと一緒にアニメを見ているときに、何気なく表示された動物園が見たくて遠出をしたが、目的の場所は得体の知れない植物に支配されていて、ソレらしき施設は何処にも見当たらなかった。
ベティが場所を間違えたのかもしれない。
『ふぅ』
ハクは息をつくと
トコトコと建物の反対側に移動すると、大量のゴミに埋もれた廃墟の通りが見えた。文字通り、その区画は多種多様なゴミに埋もれていて、環境保護団体の人間が見たら卒倒するような光景が広がっていた。とくに目に付くのが機械人形の残骸と家電製品のゴミだ。
天気が良ければ、色とりどりのガラクタが〝宝の山〟に見えたかもしれないが、気分が落ち込んでいたハクにはそれが色褪せて見えてしまい、すぐにはジャンク品を探しに行く気にはなれなかった。
『しかたない……』
大変なことだけれど、これも仕事だ。と、ハクはひとり納得する。もっとも、それがどんな仕事なのかを知っているのはハクだけだった。
意を決してゴミ山に飛び込もうとしたときだった。ぼんやりとした気配が、赤紫色の
なにか面白いモノが見られるかもしれない。ハクの興味は得体の知れない気配に向けられ、ゴミ山のことなどすっかり忘れられてしまう。
空に向かって飛び上がると、真向いの建物に向かって糸を吐き出し、その糸を
あっという間に数キロの道のりを踏破すると、老朽化して今にも崩れそうになっている〈旧文明期以前〉の地上九階建ての建築物が見えてくる。
ツル植物と太い根に覆われた建物屋上には、
その建物の外壁に設置されたホログラム投影機から消費者金融の広告が投影されると、色彩豊かなマスコット――金の小判を抱いた猫とカタカナの組み合わせに、思わず気を取られそうになる。
けれど異質な気配を纏うモノたちが、太い根と幹を持つ樹木の周りに立っていることに気がつくと、ホログラムのことなど忘れることにした。
全身が
まるで植物の根のように、長くて太い無数の脚が生えている。それは体毛に覆われていたが、傷つき禿げあがった箇所から硬そうな皮膚が確認できた。
『わぁお』
ハクは好きなアニメのキャラクターみたいに
『ぬいぐるみのおばけ!』
自分のことを棚に上げながら失礼なことを考えたあと、ソレをもっと近くから見るため、となりの建物に飛び移ることにした。
そこでハクは別の存在が近くにいることに気がつく。正確な数は分からなかったが、建物内にペパーミントやハカセと同じ気配を持つ複数の存在が潜んでいる。
ハクは意識して完全に気配を消す。その存在を認識できるモノがいるとすれば、それは彼女の姉妹である〈深淵の娘〉たちだけだろう。気配を遮断させたあと、ハクはのっそりと脚を動かしながら建物屋上が見下ろせる位置まで移動する。
するとふたつの影が屋上にあらわれる。ひとつは黄色いレインコートを着た子供のような姿をした〈人造人間〉で、もうひとつは、頭部からシカのツノを生やしている奇妙な〈人造人間〉で、黒色の古びたダストコートを着ている。
ツルリとした赤いお面を装着していたので顔は見えなかったが、コートの隙間から白銀に輝く金属製の骨格が見えていた。
『ハク、しってる』
間違いない、あれはレイラの知り合いだ。〈カイン〉と〈アメ〉の名前は思い出せなかったが、敵対的な〈人造人間〉ではないと分かるとハクはホッと息をついた。
『ちょっと、わすれた』
ぼそりと言い訳を口にしたあと、建物屋上に向かって飛ぶ。もう気配は消していなかったので、ハクの位置はカインたちにすぐにバレてしまうが、敵ではないので気にしなかった。錆びついた室外機を
警戒心を見せずに接近してくる〈深淵の娘〉にアメは驚いたが、真っ白の体毛でハクだと分かると緊張から解放される。それから彼女は建物内に待機している仲間たちとすぐに連絡を取り、ハクを脅威の対象から除外する。間違って攻撃したら大変なことになる。
廃墟の街を管理する〈人造人間〉にとって〈深淵の娘〉は常に警戒すべき存在だったが、必ずしも敵対しているというわけではない。戦闘が避けられるのなら、それに越したことはないのだ。
「ハク、こんなところで何をしてるんだ」
アメの言葉にハクは腹部をカサカサと振る。
『どうぶつえん、きた』
「動物……金沢自然公園のことか?」
『……たぶん』
ハクは適当に答えたあと、アメのとなりに立ってゴシゴシと
「話シてクる。こコで待ってイてくレ」
発声器が故障しているような、ザラザラとした機械的な合成音声が聞こえると、カインがひとりで樹木のもとに向かう。するとあの奇妙な生物の一体が、植物の根のような脚を動かしながらカインに接近する。そのさい、草木が揺れて枝が互いに擦れ合うような音が聞こえる。
ハクには理解できなかったが、〈人造人間〉と不思議な生物が対話を始めると、茶褐色の体毛が伸び縮みするのが見えた。それは水中で揺れる水草のように、風に吹かれてゆっくりと動いていた。
しばらくするとカインが戻ってくる。その間、樹木の周囲に佇む無数の生物は、地面に根を張る植物のように一歩も動かなかった。
「〈
アメの言葉にハクが斜めに身体を傾けると、彼女は分かるように簡単に説明してくれた。
「〈傍観者〉たちは、この辺りに生息する生物で、独自の知覚と意思疎通の手段を持つ、極めて高い〝知性〟を有する思慮深い生物なんだ。だから彼らの支配領域で活動するときには、こうして話し合いの場を設けるんだ」
『ふぅん』
実際のところ、ハクは少しも理解していなかったけれど、適当に相槌を打つことにした。
『かとうどう、なにする?』
「活動ね」
ハクの言葉を訂正したあと、アメは屋上が見渡せる場所に向かう。
「これから増え過ぎた危険な昆虫を間引くんだ。放っておいたら大変なことになるからね」
アメは受水槽を足場にして建物の一番高い場所に登ると、眼下の街を眺める。
「ハク、こっちのほうがよく見えるよ」
『ん、かたじけない』
これから何を見せてもらえるのか分からなかったけれど、アメが用意してくれた特等席に向かうことにした。
アメが指差す方向に視線を向けると、ゴミ山の中から大量の昆虫が
「そろそろだよ」
アメが空に視線を向けると、ハクもつられて視線を上げる。
雲間から射し込む一筋の光が朱色の樹木を黄金に染める。と、空気を切り裂く鋭いエンジン音が聞こえたかと思うと、巣に向かって何かが投下されるのが見えた。次の瞬間、目が
爆弾が投下されたのだ。爆心となった昆虫の巣からは衝撃波が広がり、熱波がありとあらゆる生物を焼き尽くしていく。
爆発の余韻が残るなか、ハクは興奮してベシベシと地面を叩いた。
『ばくはつ、ヤバい』
「そうだね」アメは苦笑する。
「でも、これで終わりじゃないよ」
眩い光が辺りを照らし、雷鳴を思わせる轟音が鳴り響く。
ハクが興奮して火の海になった区画を眺めていると、アメがポツリとつぶやく。
「これが私たちの仕事だよ」
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