第110話 手術(医療組合)


 医療組合のロビーにレイラとベティが入ってくると、警備員として雇われていた傭兵は緊張して小銃を構えようとした。すると青年のすぐとなりに立っていた大男は、金属製の旧式パーツが特徴的な太い義手を持ち上げて青年の動きを制した。


 いつも無表情で話しかけても反応を示さない大男がみせた動きに青年は驚いたが、すぐに情報端末を操作して来客名簿を確認することにした。


 ディスプレイにレイラの荒い画像が表示されると、傭兵は気を取り直して二人を案内することにした。大男は義眼をチカチカと明滅させながらレイラにうなずいてみせると、関節から金属的な駆動音を鳴らしながら警備の仕事に戻った。


 ほぼ全身をサイボーグ化した大男を見てベティは目を丸くしていたが、すぐに興味を失くしてレイラのあとについていく。


 小銃を手にした傭兵に案内されて待合室に入ると、診察を待っていた人々はレイラとベティの姿を見てギョッとする。危険人物として知られているレイラは言わずもがな、腰に刀を吊るしていた奇妙な恰好の少女の登場に〈鳥籠〉の住人は怯え不快感をあらわにする。


 しかし無理もないことだ。〈ジャンクタウン〉の各所に常設された小さな診療所ではなく、医療組合の本部で診察を受けられるのはそれなりの資産がある人間だけだ。そこに略奪者じみた奇抜な恰好をした人間があらわれたら警戒くらいするだろう。


 そうとは知らずベティは待合室の長椅子に座っていた商人や御婦人の顔をじろじろ見つめたあと、ニヤリと笑みを浮かべながら刀の柄に手を掛ける。


 刃物を持った少女が猟奇的な笑みを浮かべる姿を見て、血の気が引いて気分を悪くする人間もあらわれたが、ベティに悪気はなかった。彼女は機嫌が良かっただけなのだ。


「行くぞ、ベティ」

 レイラの言葉に彼女はうなずいて、それから短いスカートをヒラヒラ揺らしながら待合室を出て行く。ベティのすぐそばに座っていた婦人はホッと息をついたあと、彼女のあとについて飛んでいく三機の偵察ユニットを興味深そうに眺めた。


 回転翼のない小さなドローンが浮遊している原理が分からず困惑したが、職員に名を呼ばれると席を立ち、ドローンのことなどすっかり忘れてしまう。


 職員専用通路に出たベティは足元に敷かれた絨毯の感触を確かめながら、偵察ユニットにあちこちスキャンさせていた。二人を案内していた青年は彼女に注意するべきなのか苦慮する。ちらりとレイラの横顔を確認するが、ベティの行動に無関心なのか、人形のように表情のない顔で廊下の先を見つめていた。


 背が高く体格がいいだけでなく、高価な装備で身を固めているレイラの近くにいるだけで青年は緊張してしまうが、やがて溜息をつくと、奇妙な二人組に関わるだけ無駄だと考え、さっさと目的の場所に連れて行こうと割り切る。常識の外にいる者たちが何を考えているのかなんて、常人には理解できないし理解する必要もない。


 治療室に入ると、ゆったりした格好で手術台に横たわるケンジの姿が見えた。もっとも、それは手術台というには、あまりにも奇妙で大掛かりな台だった。手術支援ロボットは当然として、見慣れない装置や無数のマニピュレーターが備え付けられていて、手術台は素通しのガラスで完全に覆われていた。


 それは旧文明の〈遺物〉で間違いないのだろう。その手術台のそばには、薄青色のドクターコートを着たクレアと若い職員が立っている。


 レイラが深紅色の瞳を明滅させながら室内を確認しているのを横面に、ベティはアネモネの姿を見つけると「お姉さま!」と笑顔で駆け寄る。ケンジに付きっきりで世話をしていたアネモネは疲れがたまっていたが、ベティの笑顔をみると思わず苦笑してしまう。


 二人がケンジのことを話している間、レイラはベティの偵察ユニットに指示を出して手術台のスキャンを行わせる。若い職員は嫌な顔をしたが、組合長から直々に失礼な態度を取るなと注意されていたので、喉まで出かかった言葉を飲み込む。


 特別な〝お客さま〟だと言われていたが、自分こそは特別だと信じて疑わなかった職員は舌打ちしたあと、レイラたちを見下すような底意地の悪い薄笑いを浮かべて部屋を出ていった。


 廃墟の街で日々、人擬きや略奪者の相手をしていた若い傭兵はレイラに対して本能的に恐怖を感じていたが、〈鳥籠〉から一歩も出ることなく、ぬくぬくと虚栄心を育ててきた職員はレイラを見ても何も感じなかった。それどころか敵意すらみせた。


 普段は心優しい同僚が見せた一面にクレアは戸惑い、申し訳なさそうに謝罪する。

「気にしないでくれ」と、レイラは信頼できる友人に笑みをみせた。


 実際のところ、彼は少しも気にしていなかった。医療組合で働く職員の多くは、それなりに裕福な家庭で育ち、それなりの教育を受けた人間だった。だからなのか、彼らのなかには自分たちがある種の支配階級の人間であり、他者を見下す権利があると思い込んでいる節がある。


 そんな人間がどうして〝ゴミ拾いのネズミ〟ごときに頭を下げなければいけないのだろうと、真剣に考えてしまうのも不思議ではない。


 レイラは医療組合の職員が自分に対して抱いている感情は理解していたが、それと同時に他者が自分自身に対して抱くあらゆる気持ちに関心がなかった。


 結局のところ、この世界では誰もが多かれ少なかれ他者を見下し、怒りや憎しみを胸の内に抱えている。そんな感情にいちいち構っている暇なんてなかったし、無駄だと理解していた。


 信頼できる仲間ができたことで、その気持ちにも変化の兆しがみられたが、それでも他者に抱く気持ちに大きな変化はなかった。その超然とした態度によって、ますます他者の反感を買うことになるが、興味の対象にもならない人間が抱える気持など知ったことではなかった。


 それからレイラは、移植手術に関する話をクレアから聞いた。どうやら〈チップ・ソケット〉や〈インターフェース・プラグ〉を移植する準備はできているようだ。けれどレイラが持参した〈生体チップ〉の移植は医療組合でも前例がないため、移植手術のためのソフトウェアをインストールする必要があった。


 ペパーミントから事前に説明を受けていたレイラは慌てることなく、手術台に備えられた専用の機器に接触接続を行う。カグヤがシステムを操作して準備を進めている間、レイラは移植手術のためだけに調整された〈オートドクター〉を取り出し、手術装置にセットしてケンジに投与させた。


 ケンジは〈オートドクター〉の使用を拒んでいたが、レイラが投与させた薬品は〈生体チップ〉との〈適合性〉を高め、尚且なおかつインプラントの副作用を抑えるモノで、早期に現場に復帰するために――ケンジは無理にでもそうするつもりだったので、絶対に必要な処置だった。


 それが分かっているからなのか、アネモネとベティも見て見ぬふりをしてくれた。


 カグヤが準備を終えると、レイラは専用の装置に〈生体チップ〉をセットする。すでに他の〈サイバネティクス〉と一緒に〈人口眼球バイオニック・アイ〉もセットされていた。


 ちなみに〈人工神経システム〉を構築する〈生体チップ〉の移植は、首の後ろの目立たない場所を切開して行われるようだ。頭部を直接開く必要がないので、頭髪を剃ることも頭蓋骨に穴をあける必要もない。


 ケンジの身体からだが手術台に固定されると、半透明のゲル状物質が切開される箇所に塗布されるのが見えた。けれど多関節アームが動くと、装置の一部で首が完全に覆われてしまい手術の様子が確認できなくなってしまう。しばらくして〈生体チップ〉の移植が完了すると、素通しのガラスが曇ってケンジの姿が見えなくなる。


 そこでなにが行われているのかを確認できるのは、無数のアームによって同時に行われる眼球の手術を担当するクレアだけだった。


 医療組合に保管されている資料によって、装置に関する知識を得ているクレアは的確にコンソールを操作しながら各種サイバネティクスの移植手術を始める。

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