第107話 調査(アネモネ)
負傷したケンジを救出してから数日、アネモネは襲撃現場となった〈建設人形の墓場〉の調査にやってきていた。
彼女に同行したのはベティと当時の状況を、ある程度だが把握していたビーだったが、墓守のように鎮座する巨大な建設人形の近くを通ってから
彼女たちは来た道を引き返すと安全な場所に車両を隠して、それから慎重に〈建設人形の墓場〉に接近する。周辺一帯は不気味な静寂に支配されていて、
ベティは路上に墜落していた
それはネットワークを経由した攻撃で電子回路が焼かれたという可能性を
この場所で何かが起きたのは間違いない。けれどアネモネたちにはその原因を特定することはできなかった。
生命が死に絶え、昆虫の鳴き声すら聞こえない通りを歩いて廃墟に侵入する。小さく仕切られたオフィスのような場所では、人擬きの死骸を確認することができた。生命活動を完全に停止した人擬きは滅多に見られるモノではなかったが、たしかにその化け物は死んでいた。
建物屋上に出ると、単眼鏡を使って〈建設人形の墓場〉につながる入場ゲート付近の様子を確認する。ビーの報告通り、そこには
もっとも、どの死体もひどく損傷していたので、それを断言することはできなかった。
コンクリートの障害物や錆びた金網で築かれたバリケードの周囲を確認していると、ビーのセンサーが壁の向こう側から接近してくる存在を検知する。
指定された場所を確認すると、旧式の
やはり報告にあった通信抑止装置以外の何かが……たとえば、妨害電波のようなモノが周辺一帯で使用されているのかもしれない。それが機械人形や警備装置の故障と関係があるのかは分からなかったが、この地域で活動できる機械は、ビーが操作する偵察ユニットを除いて存在しないようだった。
そしてそれは〈建設人形の墓場〉を管理する人工知能も例外ではないようだ。
「連中もこの場所で起きたことを調査しているみたいだな」
アネモネは単眼鏡をポーチに入れると、目を細めながら眼下の通りを睨み、それからスリングで背負っていた狙撃銃を構えて照準器を覗き込む。
倉庫の間に
彼女がいる場所までは相当な距離があったが、ライフルを肩に担いだ男は真直ぐ彼女を見つめている。特徴的な髑髏の面頬をしていたので、ケンジを襲撃した組織の人間で間違いないだろう。
カグヤに戦闘は控えるように忠告されていたが、この機会を逃す手はない。家族に手を出したのだ。たとえ末端の兵隊だろうと許す気はなかった。
ベティに声を掛けたあとアネモネはその場に片膝をついて、照準補助機能を備えた照準器のシステムを立ち上げる。弾道計測器に可変倍率器、それにレーザー測距計の機能を持つ小銃用射撃統制装置によって標的に対する適切な射撃位置が表示されると、アネモネは息を吐き出しながらタグ付けされた男に標準を合わせる。
引き金を絞ると目の前に火球が出現して、五〇口径特有の凄まじい反動を
アネモネのとなりに座っていたベティは立ち上がると、スカートについた砂埃を払ってから剣帯の位置を直した。
「攻撃してくると思う?」
彼女の言葉にアネモネは肩をすくめる。
「どうだろう……。私たちがこの場所にいることは知っているみたいだけど、連中も慎重になってる」
ベティは刀の柄に手を掛けると、その感触を確かめるように軽く握ってみせた。
「ケンジは大丈夫かな?」
「傷の治療なら問題ないだろう」アネモネは照準器を覗きながら答える。
「意固地にならないで〈オートドクター〉を使えばいいのにね」
「そうだな……」
■
失った眼球を再生できるのかは分からなかったが、レイラは治療のために貴重な〈オートドクター〉を提供してくれた。
けれどケンジは注射器の使用を
いずれにせよ、目を治療する必要がある。
レイラたちと地下街を探索したさいに、義眼として機能するインプラントをベティが回収していたので、それを移植することができれば問題を解決できるかもしれない。
けれど状況を楽観することはできない。〈人工眼球〉に対する〝適合性〟が確認できなかった場合、各種サイバネティクスに接続するための人工神経システムを脳に移植する必要がある。そうなると難易度の高い手術になり費用も高額になる。だが本当に問題になるのはネットワーク接続型人工神経システムだった。
この特殊なインプラントは数が少なく市場に出回ることもないため、特定の商人によって高額で取引されている。医療組合はそれなりの数を所有しているようだったが、それらのインプラントにもアタリとハズレがあり、肉体に適合しなければ手術することはできない。
インプラントの適合性は遺伝情報で決まるとされている。特定の遺伝子を――たとえば旧文明の人類により近い遺伝情報を持つ人間は適合性が高く、身体機能を向上させる各種生体インプラントが使用できる。もちろん限度はあるし、資金がなければ手術すらできない。
先祖返りとも呼べる複雑な遺伝情報によって、産まれながらにしてネットワークに接続できる人工神経システムを持つ共同体も存在するが、その事実を知ることなくほとんどの人間が死んでいくのも資金や生活環境が関係しているのかもしれない。
その適合性についてハッキリと理解している人間は少なく、アネモネたちもビーに教えてもらうまで、適合性に旧文明の人類が関わっていることを知らなかった。
ちなみに人類が意図的に遺伝情報を操作していたことは、不死の薬〈
■
「やっぱり動かないね」
ベティは欠伸すると、近くを飛んでいたビーのドローンを捕まえる。
「でも、警戒はしているみたい」
端末を使ってアネモネから受信した映像を見ると、倉庫が連なる通りのあちこちに似た背格好の男たちが潜んでいることが確認できた。
「もう一度だけ周囲の様子を確認して、それから拠点に帰ろう」
アネモネの言葉にベティは首をかしげる。
「もういいの?」
「仲間を殺されているのに連中は動こうとしない。奇妙だと思わないか?」
「ヤバい状況なのかもしれないね」
「ああ。連中が警戒する何かがこの場所で起きている。これ以上刺激するのはマズい」
アネモネの言葉にうなずいたあと、ベティは静まり返った通りを見つめた。
すでに彼らのひとりを殺していたが、それは仕方ないことに思えた。ベティだって家族を傷つけられたら、正気を保てる自信がなかったのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます