第104話 建設現場(ケンジ)


 放置されたまま雑草に埋もれた軍用トラックの車列に沿って進むと、二十メートルほどの大型建設人形が片膝をつくように停止しているのが見えた。道路の左右に鎮座する建設人形の装甲には傷ひとつなく、また錆びも見られず造られた当時の輝きを放っている。


 ツル植物に覆われた巨大な機械は墓守はかもりのように、いにしえの建設現場に近付くモノに――それが誰であれ、畏怖いふの念を抱かせる。


 ケンジは周囲の動きに警戒しながら道路を進み、建設人形を仰ぎ見ながらコンクリートの障害物で封鎖された区画に近づく。


 高い壁に近づくことを拒むように金網が設置されていて、蛇腹鉄条網も確認できた。錆びついたカミソリ形状の鉄条網には、まるでモズの速贄はやにえのように人擬きや得体の知れない生物が引っ掛かり吊り下がっているのが見えた。


 動体センサーを使って周囲の様子を確認したあと、偵察ユニットで先行するビーから受信していた情報を確認する。


「人擬きが多いな……」

『この地区には、変異体の餌になる小動物が多く生息しているのでしょう』

「俺たちの脅威になるような個体は見つけたか?」


 偵察ユニットの視点映像が視界の先に表示されると、作業用多脚車両が多数放置されているのが見えた。黄色と黒に塗装された車両が青々と生い茂る植物に埋もれていて、どんよりとした灰色の世界を華やかに彩る。


 視界が動くと、通りを徘徊する人擬きの群れが確認できた。それらの化け物は同時期に感染して変異した個体なのか、揃いの戦闘服を身につけていた。しかしその集団のなかに一体だけ異常な個体が紛れていることが確認できた。


「デカいな……」

『巨人型と呼ばれる個体ですね。ここで処理しますか?』


「そうだな」

 ケンジは周囲を見渡して射撃に適した場所を探す。

「あの建物の屋上から狙撃する」


 重装甲戦闘服は二メートルを優に超える巨体で、頭部の飾りや背中の武装コンテナを合わせると、より大きく感じられる。全身は複合装甲に覆われていて、いかにも鈍重そうな装備だった。しかしケンジが軽く飛び上がる動作をすると、装甲服は彼の動きに合わせて数メートルの高さを軽々と飛んでみせた。


 すぐさま肩部の装甲が展開するとグラップリングフックが射出され、建物屋上付近の壁に突き刺さる。ケンジは壁を蹴って一気に跳び上がると、ワイヤロープを回収しながら屋上に着地する。


 そのさい、衝撃で大きな物音を立てないように注意したが、そもそも脚部に力場を形成していたので、衝撃音どころか着地の衝撃すら感じられなかった。


「さすがだな……」

 装甲服の性能に思わず感心するが、この便利さに慣れてしまうことが怖くもあった。


『標的にタグを貼り付けました』

 ビーの声に反応して顔を上げると、放置車両の陰に隠れていた人擬きの輪郭が赤色の線で縁取られて、障害物を透かして視認することができるようになった。


「このまま狙撃する。ビーは引き続き周囲の偵察を頼む」

『承知しました』

「壁を越えて〈建設人形の墓場〉には入るなよ」


 ビーから受信していた視点映像が変化すると、壁の向こう側が確認できるようになる。資材を保管する石棺のような倉庫が連なる通りに、大型貨物用コンテナや建材を積んだ大型多脚車両が放置されているのが確認できた。


 視線を動かすと、碁盤の目のように整然と区画された埋立地の通りが真直ぐ伸びているのが見え、そのずっと奥に超高層建築群が見えた。


 海岸近くに林立する高層建築物の多くは〈葦火建設あしびけんせつ〉と関連会社の社屋で、そこには旧文明の技術によって製造された驚異的な〈遺物〉があるという。しかしその目で真偽を確認した人間はいない。噂だけがひとり歩きしている。


『奇妙ですね……あちら側の通りに生物の反応を確認することができません。妨害装置の類が使われているのでしょうか』


「通信抑止装置が使われているのかもしれないな。実際、壁の向こう側ではドローンすら飛行することはできないと言われている」


『恐ろしい場所ですね』

 ビーの言葉にケンジは苦笑する。


「たしかに人工知能にとっても厄介で危険な場所だ。あの地区を支配している人工知能を倒さないと自由に空を飛ぶこともできないんだからな」


『地区を支配する人工知能ですか……軍の通信設備を利用している可能性があります。となると、超構造体メガストラクチャーの建設に軍が関わっているという情報は本当だったのですね』


 ケンジは肩をすくめると、装甲服に思考だけで指示を出して腕を固定していたデバイスを外す。それから背中のマニピュレーターを操作して、腰部に装着していたレーザーライフルをつかみ目の前に持ってくると、自由になった両腕でライフルを受け取る。


 操作に慣れるまで練習する必要があったが、装甲服の腕も混乱することなく自由に動かすことができるので、これで背中のマニピュレーターと合わせれば、五本の腕を使って戦えるようになった。


『カグヤさまと共有しているデータベースにも、この地区の詳細について知ることができるような情報はありません。その敵対的な人工知能と何か関係があるのでしょうか?』


「単純にレイラたちがこの辺りを探索していないだけじゃないのか?」

『そうでしょうか?』

「ビーは物事を難しく考える傾向がある」


 装甲服からケーブルを伸ばすと、レーザーライフルの下部に用意された専用ソケットに挿入して、装甲服からもエネルギーを供給できるようにする。人擬きの大型個体が徘徊している場所まで相当な距離があるが、高出力のレーザーなら問題なく対処できるだろう。


 ピストルグリップに備え付けられたダイヤルを操作して出力調整を行うと、ライフル側面の白い外装が展開して銅色あかがねいろの放熱板が剥き出しになるのが確認できた。


「狙撃するから支援してくれ」

『了解しました。ついでに周辺一帯の情報を収集してきます』

「あまり遠くまで行くなよ」


 ケンジが射撃姿勢をとるため適切な位置に移動する間、ビーの偵察ユニットは壁沿いの通りを徘徊していた人擬きの群れに接近する。


 視界に表示される標的までの距離を確認したあと、ライフルを構えてレティクルを人擬きに合わせる。すると視界が拡大表示されて、腐敗ガスで風船のように膨れた化け物の腹部や、粘液質の体液が滴る様子がハッキリと確認できるようになる。


 放置車両の陰に隠れた化け物が動くのを待ったが、立ち尽くしていて動く気配がなかったので、そのまま狙撃することにした。


 空気を震わせる特徴的な重低音が聞こえたかと思うと、次の瞬間には赤熱し大きく膨れ上がった人擬きの肉体が爆ぜるのが見えた。障害物になっていた多脚車両も熔解していて、真っ赤に液状化した金属がドロリと流れ出していた。発射された閃光を確認することはできなかった。気がついたら化け物が消滅していた。それが率直な感想だった。


 射撃のあと、発熱した〈超小型核融合電池〉が自動的に排出されて地面に転がる。マニピュレーターアームで電池を回収しながら周囲の様子を確認する。狙撃に驚いた人擬きの群れは恐慌状態になっていたが、攻撃する対象がいないからなのか、すぐに落ち着きを取り戻して徘徊するのが見えた。


 索敵範囲を広げて警戒すべき対象がいないか確認したあと、ビーと連絡を取ろうとしたが通信がつながらない。


「やれやれ」

 壁を越えて〈建設人形の墓場〉に侵入したのかもしれない。ケンジは溜息をつくと、建物屋上から飛び降りる。音もなく着地したあと、ビーのログを確認しながら人擬きの群れに近づく。


 ペパーミントのために廃墟の街の情報を収集するのがビーの日課になっていたので、無理をしたのかもしれない。


 超構造体の建設現場に続く入場ゲート付近には、コンクリートの障害物や錆びた鉄柵でバリケードが築かれていて、略奪者や傭兵だと思われる人間の死体が転がっている。勇猛果敢に探索を試みたが、周囲を徘徊していた危険な機械人形に見つかって殺されたのかもしれない。


 動体反応を検知したのは、真っ赤な塗料で落書きされた道路標識に近づいたときだった。

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