第103話 道具(ケンジ)


 重装甲戦闘服に身を包んだケンジが、瓦礫がれきの間から繁茂はんもする背の高い雑草を掻き分けながら通りを進んでいると、上空に無人航空機UAVが飛んでいることに気がつく。


 視線を向けると、彼の思考電位を受信したヘルメットから装甲服の制御システムに指令が送られる。するとフェイスプレートのカメラを介して表示されていた視界が即座に拡大表示される。


「派手な機体だな……」

 日の光を反射して輝く紫色を基調とした機体を眺めていると、偵察ユニットでケンジに同行していたビーの声が聞こえる。


『旧式の大型無人機ですね……違法改造の形跡が確認できました』

「おそらく〈シズル〉の偵察機だろう……」


 ケンジは右腕に装着していたデバイスを意識するだけで外すと、自由になった手でポケットをさぐって記録媒体として機能する〈クリスタル・チップ〉を取ると、装甲服のソケットに挿入する。それから腕を元の位置に戻して、専用デバイスで固定された腕と連動する装甲服のアームが違和感なく動いてくれるか確認する。


「ビー、あれの飛行経路を記録する。サポートしてくれ」

『了解しました。ところで〈シズル〉というのは、この辺りを仕切っているレイダーギャングですよね』

「ああ、旧文明の技術を手に入れた厄介な蛮族どもだ」


所謂いわゆる、〈テクノ・バーバリアン〉と呼ばれる人々のことですね』

 ビーの言葉に彼は肩をすくめる。装甲服を装着していても動きは自然だった。


「そいつらが近くにいるかもしれない」

『偵察してきます。周囲の警戒を怠らないでください』


 ケンジの思考電位を受信したシステムによって、装甲服の脚部に微弱な力場が形成されると、それまで聞こえていた重々しい足音がパタリと聞こえなくなる。


「さてと……」

 ペパーミントが調整してくれたヘルメットの性能を試すために廃墟の街にやって来ていたので、危険な変異体、あるいは敵対的なギャングと戦闘になることは想定していた。


 でもだからといって警戒を緩めるような真似はしない。たとえ相手が〈廃墟の街〉に巣くう底辺の略奪者で構成される〈シズル〉だとしても。


 背中に装着された二重関節のマニピュレーターアームを動かしてロケットランチャーの状態を確認する。ちなみに装甲服を装着した瞬間から、マニピュレーターを自分自身の腕のように違和感なく動かすことができた。それはあたかも産まれてきたときから背中に腕がついていたような、そんな不思議な感覚だ。


 〈旧文明期以前〉の生体工学に従事した技術者たちが――複雑な駆動装置とマイクロプロセッサー、各種センサーと金属の骨組みだけで義肢を開発していたころ、たった数分で機械に順応する脳と人体に驚愕し感動して語り合っていたように、ケンジは装甲服から得られる未知の感覚に心が震えるのを感じていた。


 それはある種の歓喜でもある。肉体に束縛されていた魂が〝拡張〟された新たな器を手に入れ、己の限界を広げる足掛かりを見つけて喜んでいるかのようだ。


 無人航空機UAVが廃墟の街にそびえる高層建築群の陰に隠れて視界から消えると、ケンジは大通りに出て移動を再開する。爆弾の衝撃波で吹き飛んできたと思われる無数の車両を踏み越えて、通りの反対側が見える場所に立ったとき、どこからともなく不思議な声が聞こえた。


 ケンジは動体センサーから得られる情報を確認しながらたずねる。

「ビー、あの女の声が何処から聞こえたか分かるか?」


『女性の声ですか?』

 周囲を見渡すと、高層建築物に架かる空中歩廊から崩落したと思われる瓦礫が広範囲にわたって散らばっているのが見えた。


「あれが見えるか?」

 ケンジには瓦礫のうえに女性が立っているのが見えていたが、装甲服から情報を受信しているビーに女性の姿は認識できなかった。


『数週間ほど前まで悩まされていた不可解な現象が再発したのでしょうか?』

 オカルトじみた数々の体験を思い出していると、また女性の声が聞こえた。けれど先ほどまでそこに立っていた女性の姿はもう見えない。


『その女性は何と言っていたのですか』

「どうやら敵を見つけたみたいだ」


『敵……ですか。その言葉を信じるのですか』

「幻聴にしては具体的すぎる。ビー、こっちに戻ってきてくれ」

『承知しました』


 〈カルト集団〉が拠点にしていた建物の地下で出会った女性の言葉が頭のなかで響く。その声に敵意は感じられなかったが、もとよりあれは超自然的な存在だ。常人に理解できることなんて初めから何もないのかもしれない。


 警戒しながら倒壊した建物に接近すると、装甲服のセンサーが無数の動体反応を検知する。ケンジは横倒しになった巨大な支柱に隠れると、背中のマニピュレーターだけを動かして、照準装置として備え付けられたカメラを通りに向けた。すると数十人からなる集団が、通りに散乱する鉄屑を回収している様子が確認できた。


「スカベンジャーか……」

 ケンジが目を細めると、解像度が調整され映像がハッキリと表示される。

「いや、あれは奴隷だな」


『旧式の回転翼機ドローンと、複数の警備用機械人形を確認しました。いずれも違法改造され殺傷能力のある火器を搭載しています』


「奴隷を監視するための無人機だな。近くにギャングは?」

『二名確認しました』


 アサルトライフルで武装した略奪者の姿が視界の先に投影される。ほとんど上半身裸と言ってもいい格好をした二人の女性は、恒久的こうきゅうてきに発光する塗料で身体中からだじゅうに派手な刺青いれずみを入れていて、嫌でも目を引いた。


 その略奪者の胸元を拡大表示すると、漢字で〈死頭流しずる〉と彫られているのが見えた。

「シズルの構成員で間違いないな。連中は組織のために働かされている奴隷だ」


 垢と泥で黒ずんだボロ布を身につけた奴隷たちが、倒壊した建物の瓦礫を引っ繰り返してゴミを漁っている様子が見られた。誰もが死んだような生気のない顔をしていて、男も女もひどく痩せていた。丸刈りにされた奴隷たちは、注意深く観察しなければ男女の区別をつけるのも難しいほどだ。


『奴隷ですか……事情は分かりませんが、あれだけの数の人間がいるのに抵抗したり逃げ出したりするものはひとりもいないのですね』


「近くで見張っているのは二人だけど、機械人形とドローンに監視されているからな」

『簡単には逃げられない?』


「ああ、それに――」ケンジはマニピュレーターを動かして、鎖につながれた大型犬の姿を確認する。「連中は犬を連れている。人間を襲うために訓練された犬ほど恐ろしいモノはない」


『それでは、あのギャングを殺して奴隷たちを救うのですか?』

 ビーの言葉にケンジは苦笑する。


「悪いけど、俺は誰も救う気はない」

『意外ですね。理由をいても?』


「連中を助けたところで、全員の面倒をみることはできないからだ」

『たしかに居候の身では難しいですね』

「だろ?」ケンジは笑みを浮かべて、それから真面目な顔つきで言う。


「ああ見えて連中は安全な寝床が与えられているし、生きるのに困らない程度の食事だが、それなりのモノも食わせてもらっている。〈シズル〉にとって連中は働くためだけの道具だが、その道具が頻繁に壊れるようじゃやっていけない。だからきっちり面倒を見ている」


『ということは、あの機械人形には奴隷たちを保護する役割も与えられているのですね』

「そういうことだ」


『廃墟の街で暮らす人々の生活は複雑なのですね』

「人道的観点から考えれば救い出すことが正しいのかもしれないが」


『人道的ですか……それに何の意味があるのですか?』

 ビーの問いにケンジはしばらく沈黙したあと、頭を横に振った。


「さぁな、悪意のある連中より少しマシな人間になれたような気がするってだけのことなのかもしれない。それより、移動するから連中に気づかれないようについてきてくれ」


『声によって導かれたのは、この場所ではなかったのですか』

「ああ、どうやら敵はこの先にいるみたいだ」


『たしか〈建設人形の墓場〉と呼ばれている場所ですね。危険な地区だと聞きましたが』


「その危険な場所から流れてきた変異体がいるのかもしれない」

『そんな場所に近づくのは自殺行為ですよ』

「装甲服の実戦テストには打って付けだ」


 それに〈カルト集団〉の拠点で入手したレーザーライフルも携帯している。いざとなれば、高出力のレーザーで敵を処理することもできるだろう。最高出力での射撃はテストしていなかったので、試射ができるかもしれない。

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