第102話 技術(兵器工場)
広大な地下空間に奈落の底に続くような、途方もない大きさの竪穴が見えた。人を寄せ付けることのない洞窟の奥深くで螺旋状に掘られた巨大な穴を見ていると、なにか得体の知れない不安を覚える。
ベティが大きなガラス窓のそばに立って〈兵器工場〉の地下に広がる資源採掘場を眺めていると、ずっと遠くに警告灯を明滅させながら移動する大型車両の姿が確認できた。そっとガラスに触れると、彼女が選択した範囲が拡大表示されてガラス表面に投影される。
映像処理され鮮明に映し出された画像には、〈
その穴の底には混沌の生物だと思われる異形の化け物の死骸が大量に捨てられ、山積みにされているのが確認できた。
それは異様な光景だ。〈旧文明期以前〉の平面映像で――〈データベース〉のライブラリーで見られる多くの映像作品が平面映像だったが、そのなかで人類の戦争に関する映像作品を見たことがあった。
砲撃で
破壊され内臓が飛び出ている腐ったグロテスクな死骸は、たしかに人間のモノではない。けれどそこに存在していた生命の残滓とでも言うべきモノが、人を不快な気分にさせる。
胃がムカムカして気持ち悪くなると、ベティは映像を操作して死骸から視線を外し、黄色い派手な装甲を持つ多脚車両に視線を移した。
首のように細長い装置の尖端が開くのが見えたかと思うと、ドロリとした半透明の液体が流れ出し、穴の底に注ぎ込まれていくのが見えた。死骸を処理するための液体なのかもしれない。ベティがあれこれと考えていると、ソファーに座っていたケンジがとなりにやってくる。
「坑道に
彼の質問に答えたのは、廃墟の街で取得していた地形図や施設に関する情報をペパーミントに提供していたビーだった。
『建材として再利用するために特殊な処理を施しています』
「死骸がどうやって建材に」
『それは――』
「ちょっと待って!」と、ベティが言葉を遮る。
「〈混沌の領域〉につながる〈転移門〉は、ハクとレイラが閉じたよね。どうしてあんなに化け物の死骸があるの?」
『たしかに〈転移門〉は消失しましたが、それ以前にこちら側の世界に渡ってきていた生物が数多く残っています。あれは採掘場の警備部隊と戦闘になった生物の死骸です』
「そっか。あの暗い穴の底では、まだ戦闘が続いているんだね……」
採掘場に視線を戻したときだった。
「ベティ」と、女性の声が背後から聞こえる。
驚いたように振り向いたベティの視界の先には、
ペパーミントが刀を手にしているのを見て、ベティは思わず笑顔になる。
「こっちに来て」
ベティは
地下街を探索してから数日、〈兵器工場〉にやってきていたベティは骨董品店で入手していた刀をペパーミントに調べてもらっていたのだ。
「〈旧文明期以前〉に造られた有名な刀のレプリカで間違いないわ」
ペパーミントの言葉にベティは眉を寄せて、それから
「……模造刀ってこと?」
「ええ、これは本物を模して完璧に造られた刀。でも所有者は相当な物好きだったみたい。これは刃がついた特注品で、おまけに旧文明の技術で造られている」
「つまり、どういうこと?」と、彼女は首をかしげる。
「実戦に耐えられる仕様になってる」
ペパーミントの言葉に彼女は笑みを浮かべるが、すぐに困ったような表情を見せる。
「でも、飾り物なんだよね?」
「ベティがその刀で何を斬ろうとしているのかは分からないけど、刃こぼれしてもすぐに修復できるから、どんどん使っても問題ない」
「自己修復する機能でもついてるのか?」と、ケンジが反応する。
「ある意味では自己修復なのかもしれないわね。数日の間、特別な溶剤につける必要があるけれど、刃こぼれを修復する機能が備わっているの」
「一定の温度で加熱すると、元の形に戻ろうとする形状記憶合金みたいなモノなのか?」
ペパーミントは腕を組んで天井を見つめたあと、できるだけ分かり易く説明する。
「液体に含まれる養分で活動する小さな機械が、刀身に付着しているって想像してみて」
ベティは短い手足に四角い胴体を持つ無数の〈作業用ドロイド〉が、刀の表面で一生懸命に働いている様子を想像した。アニメ調にデフォルメされた機械人形が金槌で刀身を叩くたびに火花が飛び散る。
「その刀の柄には、刀の修復に必要な情報が記録された〈クリスタル・チップ〉が埋め込まれているから、最悪、刀身が折れ曲がっていてもナノロボットが元の状態に修復してくれる」
妄想に耽っているベティの代りに、ケンジが気になっていたことを質問する。
「その溶剤はどこで手に入るんだ?」
「旧文明の鋼材を含んだ物質があれば、この工場で簡単に造れる。だから遠慮せず、その刀を振り回してちょうだい」
彼女が本気で言っているのかは分からなかったが、ベティは嬉しそうにうなずく。
「それと……これはケンジのために用意したの。重装甲戦闘服を使うときには、これも一緒に装着して」
ペパーミントはそう言うと、足元に置いていたリュックから黒いヘルメットを取り出す。それはカマキリの頭部に似た形状のフルフェイスヘルメットで、左右に突き出す大きな複眼を思わせるレンズが特徴的だった。
「これは?」
「装甲服の機能を最大限に活かすために、直感的に操作するハードウェアが必要だと思ったの。このヘルメットは視界で得られる情報を補完するだけじゃなくて、
残弾数や装甲服の状態、各種戦術情報を表示しながら視野角を広げ、また背後の死角も補ってくれるようだ。
「ありがとう、ペパーミント」
ケンジが素直に頭を下げると、彼女は肩をすくめる。
「いいの、好きでやってることだから」
彼は真剣な面持ちでうなずいて、それから言った。
「厚意には感謝しているけど、どうやってこの恩に報いればいいのか分からない」
「情報を提供してもらってるから気にしないで。ほら、ビーが廃墟の街で取得した情報をダウンロードさせてもらったでしょ?」
「このヘルメットに釣り合うような情報には思えないけど……」
「そうでもない。それにね、その刀に使用されている技術は失われていたモノで……というより、〈データベース〉に関する特定の権限がなければ調べることもできない情報だった。でも完全な状態で保管されていた刀を手に入れてくれたおかげで、旧文明の技術を学んで再現することができるかもしれない。そうなれば、この工場で今までにない高品質なナイフを造れるようになる」
「だから気にしないで」
彼女は頭を掻いて、それから思い出したように笑みを見せた。
「ところで、その刀の名前だけど――」
「待って!」と、ベティは鼻息を荒くする。
「名前は決めてあるの」
「へぇ、ならその名前を教えてくれる?」
ペパーミントの問いに彼女は満面の笑みで答える。
「トシロウ!!」
ケンジは溜息をついて、それからカラスを描いた掛け軸と一緒に刀が保管されていたことを思いだす。
「
彼女は頬を膨らませる。
「ちょっとダサいけど……なんかそれっぽいね」
「だろ?」
「なら決めた。今日からお前は〈鴉丸〉だ!」
彼女はそう言いながら刀を抜いたが、その動きはぎこちない。
「まずは、刀の扱い方を覚える必要があるな」
ケンジの言葉に彼女は照れくさそうな笑みを見せた。
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