第101話 傭兵(地下街)
大掛かりな装置を回収していた傭兵部隊は、警報機から聞こえる騒がしい音に驚くことなく、殺到する人擬きの群れに冷静に対処する。
最初に動いたのは大柄の傭兵だった。若い女性の腰ほどの太さがある義手を装着していて、個人携帯が可能なバルカン砲を軽々と構えているのが確認できた。
高品質の〈サイバネティクス〉を装着しているのか、バッテリーと弾薬が詰まったコンテナを背負っているにも
空気をつんざく凄まじい射撃音が聞こえたかと思うと、暗い通路に数百発の弾丸がばら撒かれ、化け物の
不死の化け物といえども、手足や身体を支える器官を失えば行動できなくなる。が、圧倒的な火力を誇るバルカン砲にも弱点はある。恐ろしい速度で弾丸が発射されるため、たとえ千発の銃弾を携帯できたとしてもすぐに弾薬が尽きてしまう。
しかし大柄の傭兵は弾薬が底を突いても
チタン合金のナックルガードのおかげなのか、あるいは大量のインプラントで向上した身体能力のおかげなのか、傭兵に殴られた瞬間、人擬きの肉体は爆発するように破壊されていく。
内臓やら血液や肉片が散らばり、
文明崩壊のキッカケにもなった争いを生き延びた多くの人間が、〈人擬きウィルス〉に感染した状態で地下街に逃げ込み、そこで生活していたのかもしれない。そしてその考えが正しければ、もはや都市の地下に広がる空間にどれほどの人擬きが潜んでいるのか想像することもできない。
絶体絶命の状況に見えたが、それでも傭兵たちは冷静に対処している。
部隊の後方から迫る人擬きの群れに対応したのは、スラリとした体格の女性で、両足に液圧式補助機構と鋭い刃を仕込んでいるのか、人間離れした動きと速度で人擬きの群れを圧倒していた。通路には彼女の攻撃を受けたことで切断された化け物の手足が転がり、群れは数を減らしていった。
もちろん、それができるのも傭兵たちが相手にしている人擬きが比較的脅威度の低い個体の群れだからだったが、それでも危険な部隊であることに変わりない。
大掛かりな機械を――業務用横型冷蔵庫を思わせる装置を運んでいた傭兵たちも射撃で応戦していて、一定の距離まで群れを近づけさせることがなかった。傭兵たちの射撃は的確で、狙い澄ました一撃で人擬きの脚を撃ち抜き、次々と行動不能にしていく。
義手に射撃を制御するソフトウェアをインストールしているのかもしれないが、それ以上のことは分からなかった。
スマート・グラスを通して表示されていた監視カメラの映像で傭兵たちの戦闘を確認していたケンジは、防護服を注意深く脱いでいたベティに言う。
「だから油断しちゃいけないんだ。俺たちが廃墟の街で突発的に遭遇するレイダーギャングにも、あいつらみたいにガチガチにサイボーグ化した連中がいるからな」
彼女は桃花色の髪を整えて、それから唇を尖らせる。
「そんな高価な装備が揃えられるのに、どうしてギャングなんてやってるの?」
「世の中には人殺しが楽しくて仕方がないって性分の連中がいるんだよ。それに、傭兵だって鳥籠の外に出ればギャングと変わらない」
「ふぅん……。ならさ、消し屋って呼ばれてるケンジも、そういう人間なのかな?」
彼女の言葉に彼は顔をしかめる。
「まさか。俺と姉さんは生きるためにやれることをやっているだけだ。望もうと望むまいと、この世界で生きていかなければいけないからな」
「なにもしたくなくたって、お腹は空くもんね……」
ベティは足元に転がる防護服に注意しながらその場を離れると、ビーに刀のスキャンを頼み、回収した遺物が汚染していないか確認する。
ちなみに刀を包んでいた布も防護服と一緒に捨てていたので、そのうち防護服に備わるナノロボットによって分解され塵に変わるだろう。それは放射性物質の拡散を防ぐため環境に考慮した機能だったが、廃墟の街で環境汚染を気にする人間なんていなかった。
ケンジは人擬きの襲撃に備え、すぐに対処できるように一通り装備を身につけると、ビーから受信していた監視カメラの映像をもう一度確認する。ビーは多脚車両で周囲の偵察を行っていたが、地下街のシステムと無線接続でつながった状態を維持していた。
射撃によるマズルフラッシュの瞬きが暗い通路を明るく照らすのが見えた。地下街では相変わらず傭兵部隊と人擬きの戦闘が継続していたが、それまで存在を認識することすらできなかった傭兵の登場によって、化け物の群れは蹂躙され殲滅されることになった。
その奇妙な傭兵は、背中から伸びるサソリの尾にも似た義肢を使って人擬きの身体を両断していた。マニピュレーターの尖端についた鋭い刃が流れるように動き、マズルフラッシュが瞬く暗い通路に残像をつくりだしたかと思うと、切断された肉塊が地面にドサリと落ちる。
あまりにも速く、そして滑らかに動く義肢から逃れられるモノはいない。
「ビー、あいつがどこからあらわれたか分かるか?」
『残念ながら、監視カメラのセンサーを使っても存在を認識することができませんでした』
「他の連中よりも性能のいいインプラントの
『〈熱光学迷彩〉として完璧に機能する人工皮膚、あるいはそれに準ずる装備品を所持している可能性があります』
嫌な胸騒ぎがすると、ケンジはすぐにその場から離れることに決める。
「ベティ、準備はできたか?」
「うん。もう行けるよ」
彼女は適当な紐で刀をモールベルトに吊るすと、動きの邪魔にならないか確認する。刀を入手できたことがよほど嬉しかったのか、上機嫌で鼻歌を口ずさんでいた。
ビーから受信する移動経路を確認しながら移動し、冠水した幹線道路を見ながら
しばらく移動すると、先行していたビーが偶然ハクを見つける。
ビーから受信した映像を確認すると、白蜘蛛が十字路の真ん中でバンザイするように脚を大きく広げているのが見えた。まるで踊るように左右にカサカサと動いて、脚を上げ下げしている姿は可愛らしくもあるが、ハクを知らない人間が見たら、蜘蛛に似た巨大な変異体に威嚇されていると感じて恐怖するかもしれない。
ガラスに映る自分の姿を見て遊んでいるのかもしれない。そう思ってハクの周囲の様子を確認しようとしたときだった。
『ネットワークに対する不正アクセスを検知しました』
ビーの言葉にケンジは驚いて、思わずその場で動きを止める。
「侵入されたのはビーのシステムなのか?」
『施設のシステムです。閉鎖した防水扉を開放しようとしています』
「監視カメラの映像を確認したい」
受信した映像には、人擬きの群れと戦闘していた傭兵の姿が映し出されていたが、そこに立っていたのは、幽霊のように存在が
「人擬きを
『情報が少ないので断言することはできませんが、おそらく』
「俺たちを追ってくるつもりなのかもしれないな……。ビー、奴の操作を妨害することができるか?」
扉は動き出していたが、次の瞬間には短い警告音を鳴らしながら動きを止める。
傭兵はサソリの尾にも似た義肢を扉に叩きつけると、大きく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます