第100話 一般論(地下街)


 やはり悪いことは重なるモノだ。

 それはもちろん一般論だけど、実際に悪いことが重なってしまえば、当事者にとってそれは一般論なんて軽々しく呼べるモノではなくなる。


 重装甲戦闘服の整備に必要だった工具が壊れてしまい、それを手に入れるために訪れた市場の帰りに襲撃に遭い、放棄された旧文明の遺跡を偶然に見つけ、その遺跡で化け物の襲撃を受ける。


 今日はツイてないみたいだけど、気にすることはない。悪いことは重なるモノなんだから。と、笑い飛ばすこともできたかもしれない。こんな日もあるのだと。


 けれど人擬きの群れに追われているときに、それまで正常に動いていた扉が最悪のタイミングで動かなくなったら、悪いことが重なるのは一般論だから諦めてくれと言えるだろうか。少なくともケンジには言えなかった。


 短い警告音のあと、閉じかけていた防水扉は動きを止めた。すると僅かな隙間から人擬きが腕を伸ばし、気色悪い体液が辺りに散らばる。


「ビー!」

『何者かに操作を妨害されています!』


 なるほど、とケンジは思う。我々が抱え込んでしまう厄介事の多くには、起こるべくして起きる理由があるのだ。そういうモノなのだと思って諦めるほかないのかもしれない。


 ベティはこちら側にやって来ようとする人擬きに弾丸を撃ち込みながら声をあげる。


「ケンジ、ぼうっと突っ立ってないで手伝って!!」

 彼は咄嗟に腰に手をあてるが、そこにあるはずのハンドガンが見当たらない。けれど防護服を着ていたことを思い出し、ヴィードルの車体に貼り付けていたライフルの存在を思い出すまで一秒もかからなかった。


 多脚車両の複合装甲にダクトテープで貼り付けられていたアサルトライフルを乱暴に手に取ると、銃弾を受けて膝をついていた人擬きの頭部に照準を合わせて引き金を引く。


 次の瞬間、動きが鈍くなった化け物を踏み越えるようにして別の個体が身体を突き出してくる。もう躊躇ためらう必要はなかった。引き金を引いてありったけの弾丸を叩き込む。


「ビー、まだなの!?」

 銃声の合間にベティの声が聞こえたかと思うと、どこからともなく短い通知音が聞こえ、こちら側にやってこようとしていた化け物の身体を両断しながら防水扉は閉じていく。


 ぐしゃりと熟れた果実のように地面に落ちた人擬きの上半身は、しかしそれでも動きを止めることがなかった。ベティはもがいていた化け物に引っ掻かれないように注意しながら背中を踏みつけると、後頭部に銃弾を撃ち込む。飛び散った体液で防護服が汚れたのが気に障ったのか、彼女は舌打ちしてからもう一発弾丸を撃ち込む。


「ベティ、もう充分だ」

 彼女は肩をすくめると、ヴィードルの装甲に吊るしていた布を確認しにいく。骨董品店から回収した刀が気になって仕方ないのだろう。


「それで」ケンジは薬室確認を行いながらビーにたずねる。

「俺たちの脱出を邪魔したのは施設のシステムなのか?」


『いいえ、システムに介入し操作した何者かの形跡を確認しました』

「やったのは人間なのか?」

 ケンジは呆気に取られながら質問する。

『監視カメラの映像を取得しました』


 拡張現実で表示された映像には、階段に殺到する人擬きの群れのなかに立つ奇妙な傭兵の姿が確認できた。


 黒ずくめの戦闘服を着た傭兵は、ホログラムで着飾った略奪者たちよりも先に地下街に侵入していた傭兵のひとりだ。


「やったのはあいつか……映像を拡大できるか?」

『ニューラルネットワークを使って映像を高解像度化します』


 明るさから色彩に至るまで完璧に調整された映像に変化すると、傭兵の姿がハッキリと確認できるようになる。


 頭部全体を覆うフルフェイスヘルメットにも似た無骨な機械を装着した傭兵は、超小型ドローンを眼の代りとして使用しているのか、小銃片手に佇む傭兵の周りを球体状のドローンが浮遊しているのが確認できた。奇妙なことに、傭兵が身を隠すようにして立っていた場所は、ケンジたちが侵入した店舗のすぐ近くにある支柱だった。


「どうして人擬きは奴のことを無視しているんだ……?」

 それからケンジは頭を横に振る。

「いや……そもそも、奴はいつからあそこにいたんだ。なんで俺たちは奴の存在に気がつかなかったんだ?」


『人擬きから存在を認知されないために使用している何かしらの技術によって――たとえば、〈環境追従型迷彩〉のような装備で存在そのものを隠蔽していたのかもしれません』


 たしかにじっと動かなければ動体検知機能を持ったセンサーでは存在を認識するのは難しいのかもしれない。けれど生物の体温や匂いに反応して襲い掛かる人擬きの群れを騙すことができるのだろうか?


「なら、どうして今は姿が見えているんだ?」

『カメラに備え付けられている監視装置を騙すほど、優れた装備ではないからです』

「民間の商業施設に設置されたカメラでも、旧文明の監視カメラに変わりないってことか」


 人擬きの群れが通り過ぎると、傭兵はドローンに周囲のスキャンをさせながら通路の先に慎重に歩いていく。


「ということはさ」と、黒い布を胸に抱えたベティがやってくる。

「わたしたちに人擬きをけしかけたのは、そいつの可能性があるんだよね」


「どうしてそうなるんだ?」

 ケンジの問いに、彼女は「そんなの当然でしょ」という表情を見せる。

「だって、ずっと近くでわたしたちのことを監視してたんだよ。きっと仕事の邪魔になると思ったんだよ」


「仕事って」

「さぁ、遺物の回収とかじゃない?」


「……たしかに人擬きがあらわれたタイミングは、偶然にしては出来過ぎているな」

「でしょ、普通に許せないんだけど。ねぇ、仕返しとかできないかな?」


 彼女の提案にケンジは顔をしかめて、それからタイマーを見て活動可能時間を確認する。


「仕返しって、何をするつもりなんだ」

「知らないけど……施設の警備システムを作動させるとか?」


「普通に考えて商業施設に人間を排除するだけの能力を持った設備はないだろ」

「そうだけどさ……」


 人擬きからの襲撃に傭兵が関わっていた根拠や証拠はなかったが、地上に続く長い階段を移動しながらケンジは仕返しができないかビーにくことにした。


『さすがに壁や天井から格子状のレーザーを発射して侵入者を排除するような、そんな野蛮な装置は設置されていませんよ』


「まぁ、そうだろうな」と、ケンジは納得する。

『暴徒鎮圧用の装備を搭載した機械人形はあります。しかし警備システムを操作するには管理者権限が必要になります。ですので、仕返しは難しいかと』


「もとより根拠のない仕返しだ。事を荒立てる必要もないだろ」

 ケンジの言葉にベティは不貞腐れた表情を見せて、それからヴィードルに飛びついて乗降ステップに足を掛ける。不機嫌になったフリをしているが、彼女が長い階段にウンザリしていることは一目瞭然だった。


『ですが、警報機を作動させるのに権限は必要ないです』

「警報?」


『はい、火災報知機と連動した設備です。一時的に施設をセキュリティロックダウン状態にすることで、警備のために配備されている機械人形を起動することができます』


「ろっく……だうん?」ベティが可愛らしい仕草で首をかしげる。

『安全が確認できるまで施設を封鎖することです』


「すると、どうなるの」

『施設に残っている人間を保護するために機械人形が動きます』

「……ならダメじゃない?」


『いいえ、〈データベース〉に登録されていない人間は、保護すべき〝人間〟として登録されていないので、保安システムによって排除する許可が与えられます』

「なに、その野蛮なシステム」と、彼女は顔をしかめる。


「〈データベース〉からすれば、俺たち人間も人擬きと変わりないってことか……」

『残念ながら』


 ケンジは溜息をついて、それから言った。

「イヤな予感がする。その装置は俺たちが地上に到着してからでも作動させることはできるのか?」

『遠隔操作で装置を作動させますので問題ありません』


「なら、嫌がらせは安全な場所まで移動してから始めよう」

「了解!」と、ベティは笑みを見せる。


 ビーが警報機を作動させたのは、通路を歩いていた傭兵が仲間と合流してからだった。騒がしい警報は傭兵たちのすぐ近くで鳴らされ、人擬きや危険な変異体を呼び寄せることになった。


 悪いことは重なるモノだ。そしてその法則性から逃れられるものは存在しない。たとえ多数のインプラントでサイボーグ化された凄腕の傭兵といえども、百体を越える人擬きの群れに対処することは難しいだろう。ケンジはそう思っていた。


 けれど、サソリの尾にも似た義肢を背中に装着した傭兵の活躍で、その法則は崩壊することになる。

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