第98話 企業(地下街)
ケンジはスリングで吊るしていた旧式小銃を手に取ると、手早く薬室確認を行う。使い慣れていない小銃だが、探索のあと捨てることになるので普段使いの銃は携帯していない。
フェイスシールドに投射されているタイマーを確認したさい、通路に並ぶ支柱に監視カメラが設置されているのに気がつく。その小さな装置は半球状の黒いカバーに覆われていたが、露店でジャンク品を見たことがあった。内部には精密カメラが収められている。
ネコとタヌキの置物で埋もれた骨董品店の入り口に接近するベティのあとを歩きながら、ケンジは情報端末を介してフェイスシールドに表示されていた情報を確認する。
「ビー、あそこにある監視カメラ映像を入手できるか?」
『確認しました。ローカルネットワークに接続、映像を検索します』
「頼んだよ」
骨董品店の扉は閉ざされていたが何者かが侵入を試みたのか、何かを乱暴に叩きつけられた扉は
「あとちょっとで開きそうだったのに、どうして途中で諦めたんだろう?」
ベティはバールを拾い上げると、扉の隙間に差し込んで強引に扉をこじ開けようとする。彼女が防護服の下に着こんでいるスキンスーツはパワーアシスト機能を備えているので、開けるのにそれほど苦労することはなかった。
「真っ暗だね」
室内に照明を向けると、空気中に漂う埃に光が散乱してキラキラ光るのが見えた。狭い室内には棚が置かれ、埃を被った大小様々な品が無雑作に並べられている。そのほとんどが〈旧文明期以前〉の雑貨や高価そうな和食器、それに家具や装身具だった。
「本物かな?」と、ベティは錆びついたランタンを手に取る。
「旧文明期に作られたレプリカの可能性もある」
ケンジの言葉に彼女は眉を寄せる。
「売り物になる?」
「然るべき場所に持ち込めば、それなりの額で取引できるだろうな」
「それってつまり、ここにあるモノは全部お宝ってこと?」
『残念ですが』と、ビーの声がイヤホンを通して聞こえる。
『それらの品物には放射性物質が付着し汚染されている可能性があります』
ランタンをコトリと棚に戻すと、ベティは室内を見まわす。
「あのガラスケースに入ったモノもダメなのかな?」
ビーはベティのガスマスクに備え付けられていた超小型カメラを介してガラスケースを確認する。
『放射線を遮断する鉛ガラスなら、あるいは』
ベティは掛け軸が飾られたガラスケースの前まで歩いていく。死肉を
浮かれているベティとは対照的に、ケンジは意識を研ぎ澄ませて周囲の警戒を続ける。
『監視カメラの映像を取得しました』
ビーの声が聞こえると、ケンジは鋭い眼光を暗い通路に向けた。
「見せてくれ」
『動体検知機能によって記録された映像を表示します』
ガスマスクのフェイスシールドを介して拡張現実で表示される映像には、地下街に侵入した傭兵たちの姿が映し出されていた。
まるで時代劇で見る忍者のように黒ずくめの戦闘服を着た集団は、光学機能を備えた義眼を発光させながら隊列を組んだ状態で油断なく歩いている。目的がハッキリとしているのか、周囲の店舗を無視して通路を進む。
映像が切り替わると、今度は照明を持ったレイダーギャングの姿が映し出される。色とりどりの派手なホログラムで着飾る集団は、先ほどまで小銃を構えながら注意深く歩いていた傭兵たちと異なり、緊張の欠片もなく、談笑しながら通路を歩いている。
どうやら骨董品店に侵入を試みたのも、この不用心な集団だったようだ。
ケンジは活動時間を知らせるタイマーを確認したあと、ビーに
「映像はこれだけか?」
『取得できたのは百六十八時間内の映像だけです。これ以上の情報を入手するには管理者権限が必要になります』
「権限か……」
『はい。それは〈人工知能〉と呼ばれる存在にとっても厄介な問題です』
ケンジは溜息をついたあと、ガラスケースと格闘を続けるベティのそばに戻る。
「開きそうか?」
「ううん、やっぱり壊さないとダメみたい」
ベティがガラスケースに小銃を向けると、ケンジは銃身に手を置いて銃口を下げさせた。
「考えがある」
フェイスシールドの向こうでベティが眉を寄せるのを見て、ケンジは苦笑する。
「レイラがやるみたいに〈接触接続〉できればいいが、俺たちにはできないからな。通路の先にテック企業の店舗らしきモノがあるのが見えた。ケースの台座を操作するのに役立つ端末が置いてあるかもしれない」
ベティは台座の側面に並ぶソケットを確認したあと、キョトンとした表情で言う。
「わたしたちの端末じゃダメなの?」
「俺たちは汚染地帯にいるんだ。だから使い捨てにできる端末を探す。それに、ベティは端末を持ってきていないだろ」
彼女はピッチリした防護服を着込んでいて、ついでに端末が入ったぬいぐるみリュックを背負っていないことを思いだす。
「そうだったね。うっかりしてた」
通路に出ると、周囲に警戒しながら目的の店に近づく。すると見慣れた企業のブランドロゴがホログラムで投影されているのが確認できた。
投影機から浮かび上がるのは、緑の草原を背景に白く塗りつぶされた〝知恵の樹〟のシンプルなロゴマークだ。〈旧文明期以前〉に禁断の果実として知られ、大衆に支持され親しまれていた企業は旧文明期の技術革新により人々の終わりのない欲望に晒されることになる。
そして成長を続けていた日本と台湾の半導体メーカーをはじめ、情報技術を専門とする多くの企業を買収、合併を繰り返しながら世界に類を見ない
「そっか」と、〈エデン〉のホログラムロゴを確認したベティが言う。「見慣れたロゴだと思ってたけど、みんなが使ってる情報端末を製造してる企業だったんだね」
『ですが、そこで使用できる状態の端末が見つかるのかは不明です』
有線接続で多脚車両を動かしていたビーの言葉に彼女は疑問を浮かべる。
「その店に端末があるのかは分からないけど、あれば普通に動くでしょ?」
『旧文明期の高価な端末であれば正常に動く可能性がありますが、一般的に普及していた製品の場合、放射線の影響も考慮しなければいけません』
「ふぅん、面倒だね」
『ちなみに〈ジャンクタウン〉などで出回っている端末の多くは、〈旧文明期以降〉に製造されたモノなので、現在の端末と使い勝手が異なる可能性があります』
「それってさ、今は〈兵器工場〉みたいな場所で端末が製造されてるってこと?」
『はい』
「それは知らなかった。じゃあさ、その工場を見つけることができたら――」
「ベティ」先行していたケンジが言う。
「危険地帯だ。集中してくれ」
彼女は肩をすくめると、半壊したシャッターを潜りながら店内に入る。多脚車両を操縦しながらついてきていたビーは店先で待機して、周囲の警戒を続ける。
店内では埃が舞っていたが、整然と並べられた展示台からは骨董品店では感じられなかった清潔感が漂っている。ベティが店内に飾られていた情報端末を物色している間、ケンジはシャッターを破壊して店に侵入したモノの正体を確かめることにした。
「ビー、生物の反応は?」
カービンライフルに装着したタクティカルライトを床に向けると、地面の一部が赤黒く変色していて、何かが
『動体センサーに反応はありませんが……これは人擬きが移動した痕跡でしょうか?』
「あるいは……バカでかい昆虫だな。汚染状況は?」
『注意レベルですが――』
「どうした?」
ケンジはライトを使ってベティに合図すると、その場にしゃがみ込む。
『動体反応を検知』
拡張現実で地図が表示されると、通路の先に赤色の点が複数あらわれて点滅しながら接近してくるのが確認できた。
「ベティ、撤退だ」
「了解」
彼女は展示台から使えそうな端末を乱暴に引き抜くと、ケンジのあとを追って通路に出る。
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