第97話 骨董品店(地下街)


 地下街の出入り口には年代物のエスカレーターが設置されていたが、得体の知れない植物に埋もれていて、地の底に続くような長い階段を使用して地下に行く必要があった。幸い通路の幅は広く、多脚車両で侵入することが可能だったので問題にはならないだろう。


「待って!」ベティが思い出したように声をあげる。

「こういうときは偵察ドローンを使ったほうがよくない?」


 思考するだけで自由自在に動かせるドローンを飛ばしたかったのだろう。彼女は得意げな表情を見せるが、すぐにその考えを否定されることになる。


『残念ながら民生用ドローンは汚染地帯での作業に適していません』

 ビーの言葉に彼女は困ったような顔をして首をかしげる。

「どうしてぇ?」


『放射線による誤作動の可能性がありますし、機体に付着する汚染物質にも対処しなければいけないからです』


「誤作動……? 故障するってこと?」

『その可能性があります』


「そうなんだぁ……ヴィードルは大丈夫だよね?」

『はい。もちろん車両の除染作業を行う必要がありますが、誤作動の心配はありません』


「そっか」

 ベティは納得すると、半壊した鉄柵や瓦礫がれきを踏み越えながら階段に接近する。


 地下に向かって移動していると、すぐに日の光が届かなくなり周囲は暗くなる。照明を使うことも考えたが、地下に潜む変異体を刺激するかもしれないので暗視装置を使うことにした。


 全天周囲モニターに投影される映像が切り替わると、真っ暗だった空間が昼間のように明るくなる。高品質な暗視装置のおかげでもあったが、機械学習によって色彩が再現されているので、暗闇にいることを忘れてしまうほど視界を確保することができていた。


 ケンジは動体センサーを使って周囲の索敵を行うが、人擬きや危険な変異体の反応は確認できなかった。それがかえってこの場所の不気味さを引き立たせることになっていたが、今さら引き返すわけにはいかなかった。


 ヴィードルのコンソールに偵察ユニットを有線接続させていたビーは、周囲の環境情報をリアルタイムで取得して安全な経路で移動できるように支援を続けながら、〈データベース〉を使って地下街の管理システムに接続する方法がないか模索する。


 けれどプログラムの癖を理解してシステムを解析するのは簡単な作業ではないし、カグヤのような演算能力も持ち合わせていないので苦労することになる。


 瓦礫に注意しながら移動を続け、地下五十メートルほどの場所にある階段の踊り場までやってくると、浸水防止装置が起動していて防水扉が作動して通路が塞がり行き止まりになっていることが分かった。


『何者かがネットワークに侵入した形跡を確認しました』

「侵入?」ケンジがすぐに反応する。

「すでに誰かがこの場所にやってきたのか?」


 ドローンは短いビープ音を鳴らしたあと、レンズをチカチカ明滅させる。

『侵入者を検知して起動した監視カメラの映像を取得。二十二時間前の映像です』


 モニターに表示された監視映像には、揃いの戦闘服を身につけた数人の傭兵の姿が記録されていた。階段の踊り場は暗かったが、カメラに備わる暗視機能によって侵入者の姿が鮮明に確認できるようになっていた。


「サイボーグ化された傭兵集団か……」と、ケンジは思わず舌打ちする。

 傭兵のひとりが義眼をまたたかせながら防水扉の前までやってくると、壁に収納されていたコンソールを探し当て、情報端末からケーブルを伸ばして有線接続を行う。浸水防止装置のシステムに侵入を試みているのだろう。


 しばらくすると傭兵は頭部に埋め込まれていた無骨な装置からケーブルを伸ばして、情報端末に接続する。〈データベース〉のネットワークに意識を接続するための〈インターフェース・プラグ〉の類なのかもしれない。ビーは残りの傭兵も観察したが、小銃を手に周囲の警戒を続けているだけで目立った動きは見せなかった。


 それからニ十分ほど映像を早送りすると、防水扉が開いて傭兵たちが移動を再開するのが確認できた。多数のインプラントで身体改造した傭兵集団がいなくなった直後、防水扉は何事もなかったかのように閉じられる。


『そして』と、ビーが続ける。

『こちらが二時間後の映像です』


 照明装置を使って階段の踊り場を照らす集団の姿が確認できた。先ほどの傭兵たちと異なり、見るからに粗末な装備を身につけた集団で、旧式の暗視ゴーグルを装備している者もいれば、暗視機能を備えた義眼を発光させている者もいて装備の程度はまちまちだ。


「レイダーギャングだね」

 ベティは略奪者たちを観察したあと、彼らが身につけていたアクセサリーを拡大表示する。それらの装身具からは派手な色合いのホログラムが投影されていて、暗闇のなかで彼らの存在を浮かび上がらせていた。


「見慣れない格好だけど、どこから来たんだろう?」

 煌々こうこうと燃え上がる陣羽織を身につけた略奪者を見て、ケンジはふと思い出す。


「レイラたちとの初仕事を覚えているか?」

「兵器工場に行ったときのことでしょ」


「あのとき、奇妙なレイダーギャングから襲撃を受けただろ?」

 そのときのことを思いだしているのだろう。ベティは略奪者の頭部に投影される猫耳ネコミミをじっと見つめたあと、「あっ」と声をあげた。


「思い出したか?」

「うん。でも、ずいぶん遠いところから来てるんだね」

「たしかに奇妙だ……」


 その集団も壁に設置されたコンソールに端末を接続して扉を開こうとしていたが、傭兵たちの倍の時間をかけることになる。奇妙な集団が扉の先に消えると、防水扉は音もなく閉じた。それからケンジたちがやってくるまで、扉が開くことはなかった。


「連中はまだ中にいるみたいだな」

 早送りで映像を確認していたケンジの言葉に、ベティは眉を寄せる。


「でも、この先には危険な変異体がいるんでしょ。たぶん死んでるよ」

「かもしれないな」


 身体改造した傭兵はともかく、略奪者たちは放射線に対する備えをしているようには見えなかった。地下街がどれほど危険な場所になっているのかは見当もつかなかったが、生きて帰れる可能性は低いだろう。


「ビー、扉を開けられるのか?」

『問題ありません。すでにシステムを掌握しています』


 短い警告音のあと、扉が左右にスライドするように開いていく。防水扉の先も階段になっていたが、先ほどの半分ほどの距離を移動するだけで目的の通路に到着するのは分かっていた。


「傭兵が近くにいるかもしれない。警戒しながら進んでくれ」

 ケンジの言葉にベティは肩をすくめるだけで返事はしなかった。


 環境に変化はなかった。大小様々な瓦礫が転がりゴミが散らばっている。日の光が届かないからなのか、得体の知れない植物は見られなくなったが、どこからか流れ込む汚水の所為で汚泥が堆積していて固まっているのが確認できた。


 汚染はそれほど心配するような数値ではなかったが、徐々に危険な領域に近づいていることは地図を見れば一目瞭然だった。


「アンティークショップって、あれかな?」

 ベティが拡大表示した先に、無数の猫の置物があるのが見えた。ほとんどが色のくすんだ招き猫だったが、そのなかには狸の置物もあったが、ケンジとベティには区別がつかなかった。


『周囲の索敵を行います』

 ビーが各種センサーを使って安全確認を行っている間、ケンジは通路の先に視線を向ける。人気ひとけのない空間に無数の支柱が並び、床にはゴミやガラスが散乱していて、多くの店舗では格子状の鉄柵とシャッターが下ろされていた。


 けれど傭兵や略奪者たちの姿は確認できない。

『コクピットを保護する力場を展開します。準備はできましたか?』


「うん」装備を確認したベティが言う。

「行けるよ! ケンジは?」


 防護服の状態を確認したあと彼はうなずく。

『活動時間を設定しました。ガスマスクのフェイスシールドにタイマーを表示しますので、確認を怠らないでください』


「了解、ヴィードルでの支援を頼む」

『承知しました』


 ふたりは物音ひとつしない薄暗い通路に立つと、骨董品店に照明を向けた。

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