第96話 発見(地下街)


 レイダーギャング〈シズル〉の構成員からの追跡を警戒していたケンジたちは、普段は利用することのない経路を辿って拠点に帰還していた。だからなのだろう、廃墟が連なる商業地区を移動しているとき、見慣れない地下街の入り口を偶然に発見することになった。


『警告、高濃度の放射線を検知しました』

 スピーカーを介して聞こえるビーの声に驚いて、ベティは思わず車両を停止させた。

「それってヤバくない?」


『汚染地帯での戦闘も想定される軍用規格のヴィードルなので気密性が高く、また放射線の影響を――限定的にですが、防ぐことが可能になっています。ですので車内にいる間は安心して大丈夫です』


「マジかぁ」

 ベティはホッとして息をつくと、コンソールを操作して汚染物質が検知された場所を特定する。

『情報を共有します』


 ビーから受信した情報が全天周囲モニターに表示されると、ケンジは顔をしかめる。


「発生源は地下街にあるみたいだな」

『ですが、気になる点があります』


「そいつを教えてくれ」

『移動を確認しました。あくまでも推測ですが、高濃度の放射線に晒された変異体が地下に潜んでいる可能性があります』


「変異体って人擬きのことぉ?」

 ベティは振り向くと、困ったような表情でケンジを見つめる。

「どうだろうな。〈混沌の領域〉からやってきた恐ろしい化け物の可能性もある」


「うげぇ、それは最悪だね」

「ああ、最悪だ」


「ならさ」と、ベティは笑みをみせる。

「危険がないか、わたしたちで調べに行こうよ」


 ケンジは溜息をついて、それから言った。

「危険だって分かっている場所に、わざわざ自分から飛び込むのか?」


 ベティは桃花色の髪を揺らしながら眸をキラキラと輝かせる。

「だって地下街だよ。スカベンジャーに荒らされていない店が残ってるかも」


「悪いが自殺はひとりでするモノだ。ベティに付き合って死ぬつもりはない」

「ひどくない? ってか冷たくない?」


 ケンジはタイル舗装された歩道で繁茂する得体の知れない植物を見ながら、我慢強く言った。


「いいか、俺たちはレイラやハクのようにはなれない。というより、根本的に違うんだ。混沌の化け物を相手にしていたら、この街で長生きすることはできない」


「別にレイラになりたいわけじゃない」

「でも影響を受けている」


 ベティは目を伏せて、それからケンジを睨みながら腹立たしげに言った。

「いやよ、絶対にいや! せっかくの機会なんだよ。あそこを探索するまでここを動かない」


 正面を向いて不貞腐れたように腕を組むベティを見ながらケンジは溜息をついた。発育がいい所為せいなのか、彼女が見た目よりもずっと若いことを忘れてしまうときがある。


 ベティの機嫌を取る方法を考えていると、コクピット内にビーの声が聞こえる。

『救難信号を受信しました』


「どこから!?」ベティが飛びつくように反応する。

『地下街からです』


「最悪だ……」ケンジは頭を振る。

「そいつは、たしかな情報なのか?」


『間違いありません。地下街の案内図をダウンロードしました』

 モニターに地図が表示される。通路の左右に店舗が連なる場所もあれば、広場のような場所も確認できる。どうやら地下街は想像していたよりも広い空間になっているようだ。


 周辺一帯を偵察していたドローンがやってくると、ベティは周囲の環境情報を確認してから防弾キャノピーを開いた。ひし形の小型ドローンがコクピット内に入ると、すぐにキャノピーが閉じて、全天周囲モニターに周囲の景色が投影される。


『信号が発信されている場所も特定しました』

 偵察ユニットはコンソールに向かってケーブルを伸ばすと、有線接続でヴィードルのシステムとつながる。すると地下街入り口近くの店舗が赤く表示されるのが見えた。


『救難信号が発信されているのは、古美術品を販売するアンティークショップのようです』


「アンティークショップ!」

 ベティが意味もなく言葉を繰り返す。


 興奮気味のベティをよそにケンジは受信した音声データを確認するが、ノイズがひどく人間の声を聞き取ることはできなかった。


「本当に救難信号なのか?」

『特定の信号を使っているので、間違いありません。だた……』


「ただ?」

『信号が発信されてから、十一万と三千時間ほどの――』


「待って、わたしにも分かるように説明して!」

 ベティに抱きしめられるように捕まったドローンは、レンズをチカチカと発光させる。


『少なくとも十三年間、救難信号が発信され続けています』

「だからぁ?」

『すでに生存者がいない可能性があります』


 ケンジはホッとして、それから言った。

「要救助者がいないなら危険を冒す必要はないな。さっさと拠点に帰るぞ」


「待って!」ベティが振り返る。

「生存者がいたらどうするの?」


「どうもしないさ」

「困ってる人がいるかもしれないんだよ」と彼女は唇を尖らせる。


「レイダーギャングが人助けをするのか?」

「わたしはギャングじゃない!」


「客観的に見れば、ギャングもヤクザも変わらない」


 ベティが頬を膨らませながら顔を赤くするのを見て、ケンジはやれやれと溜息をついた。生存者がいないことは彼女も分かっているはずだ。それでも拗ねてみせるのは、地下街を探索したいからなのだろう。


「ビー、地下の汚染状況を教えてくれ」

『了解』


 放射性物質が視認できるように、汚染状況を色で表示してくれる。地図上の色が濃くなっている場所が危険地帯になっていて、知識がない人間でも直感的に危険性が分かるようになっていた。


『目的のショップは比較的地上に近い場所にありますが、それでもリスクを伴います』

「たしかに今の装備でヴィードルを離れるのは危険だな……」


「それなら大丈夫!」

 ベティは身を乗り出して後部座席にやってくると、ケンジに身体からだをくっ付けるようにして座席後部の収納から使い捨ての簡易放射線防護服を取り出す。

「じゃじゃーん!」


『放射性物質の付着を防ぐだけでなく、一定の遮蔽機能も持つ防護服ですか……』

 すぐに反応してくれたビーに、彼女は不安そうにたずねる。

「これでもダメなの?」

『確認します』


 全身一体型の防護服に向かってドローンのレンズから扇状に広がるレーザーが照射されて、素材のスキャンが行われる。


『防護服はアラミド繊維と特殊な金属繊維を織り込んだ複合素材によって、汚染地帯での数分間の活動が可能な品質基準をクリアしています』


「えっと……つまりどういうことなの?」

『短時間ですが、探索は可能です』


「ふふん」

 得意げな表情を見せるベティを見て、ケンジは何度目かの溜息をついた。


「活動時間を厳守するなら、探索を許可する」

「やった!」彼女は満面の笑みを見せる。


「けど変異体の存在が確認できたら撤退する。いいな。どんなに貴重な〈遺物〉があったとしても、すぐに地上まで撤退する」

「了解っ!」


 ベティは前席に戻ると、さっそくセーラ服を脱いで黄色い防護服を着る。戦闘用のスキンスーツを着込んでいるからなのか、ケンジの目の前でも彼女は気にすることなく服を脱ぎ捨てる。


 ケンジも戦闘服の上着を脱ぐと、ゆったりしたサイズの防護服のなかに身体を押し込む。フードには専用のフルフェイスマスクが取り付けられていて、マスクを装着すると防護服内の空気が抜けて身体の形状に合わせてサイズが変更するようになっていた。


「これも忘れないでね」

 ベティからマスクの外付け吸収缶フィルターを受けとる。


「交換用のフィルターはあるのか?」

「ないけど大丈夫。ちょっと探索するだけなんでしょ?」


 ベティの能天気な笑顔から視線を外したあと、ケンジは手元の吸収缶を見つめる。不安だったが、なにも起きないことを祈るしかなかった。


『汚染物質を避けながら移動します。安全な移動経路をモニターに表示しますので、指示通りに移動してください』

 ビーの言葉にベティはコクリとうなずく。

「大丈夫、ヴィードルの操縦は得意なんだ」


 多脚車両が地下街の入り口に向かって動き出すと、ケンジは拠点にいるミスズと連絡を取り、現在の状況を伝えることにした。これで二人に問題が起きてもレイラたちが助けに来てくれるはずだ。

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