第95話 ギャング(ケンジ)
読みが的中するとは思っていなかったが、悪いことは重なるモノだ。廃墟に隠していたヴィードルに乗り込んで、〈闇市〉を離れて少しもしないうちにケンジは追跡者たちの存在に気がついた。
『下手な尾行ですね』
彼は予備弾倉に弾丸を込めながら、スピーカーを介して聞こえるビーの声に返事をする。
「相手は何人だ?」
『オールドウェポンで武装した戦闘員が九名、違法改造された建設用多脚車両三台に搭乗して、一定の距離を保ちながら追跡を行っています』
複座式操縦席の前席で退屈そうにしていたベティは
「ヴィードル三台にレイダーが九人かぁ……全員、ここで殺しちゃうの?」
ケンジは手を止めたあと、ビーの偵察ドローンから受信する情報を確認する。
「厄介事は避けたかったが、このまま拠点に連れ帰ることもできないからな」
「それじゃ、さっさとやっちゃいますか」
鼻歌を口ずさみながら武装に関連するシステムを立ち上げるベティを見ながら、ケンジは戦闘に適した場所を探す。
『この先に建設工事のさいに使用された資材保管場があります』
ビーが表示してくれた情報に素早く目を通す。
「巨人たちの……建設人形の墓場になっている場所だな」
『知っているのですか?』
「ああ、名の知れた傭兵団やレイダーギャングすら近寄らないような危険な場所だ」
『日本とアメリカ合衆国をつなぐ
「ああ、あの場所にまともな人間はいない。過度の人体改造によって狂った殺人鬼と暴走した機械人形、それに旧文明期から変異を繰り返してきた人擬きが
『殺人鬼……全身義体化による精神疾患のことですね。でも困りました』
「他の場所に連中を誘い込む。なに、相手はチンケなレイダーだ。今の俺たちの装備なら後れを取ることはないだろう」
『了解です、新たな移動経路を送信します』
「確認した。ベティ、その矢印に従って移動してくれ」
ベティはうなずくと、全天周囲モニターの先に拡張現実で表示されていた矢印に向かって移動を開始した。
太平洋に架かる超構造体に直結する高速道路の入り口が見えてくると、ベティは進路を変更して〈旧文明期以前〉の廃墟が連なる旧市街に入っていく。その間も尾行に気づかれていないと思っているのか、レイダーギャングはケンジたちのことを呑気に追跡していた。
「ここでいいだろう」
ケンジは封鎖された地下道の入り口でヴィードルから降りると、戦闘に必要なモノを手早く準備する。ライフルの予備弾倉も多めに携帯することにした。時間と弾倉はいくらあっても足りないモノだ。
「俺が連中の注意を引きつけるから、ベティはヴィードルで
「了解ぃ」彼女はどこか間延びした声で返事をする。
「やる気がないみたいだな」
「だって相手はレイダーなんでしょ?」
「たしかに最近は化け物ばかり相手にしていたけど、油断したら命取りになるぞ」
「わかってるよ、油断なんてしない」
「だといいけど」
ベティは頬を膨らませながらケンジを睨んだあと、戦闘配置について敵がやってくるのを待つことにした。
ケンジは外套を羽織って〈環境追従型迷彩〉を起動すると、放置車両の間を歩きながら指向性対人地雷を設置していく。
赤茶色に腐食した車体は背の高い雑草に覆われているので、地雷を設置するのに適している。〈ジャンクタウン〉の露店でも手に入る比較的安価な地雷だが、油断している略奪者に対して使用する分には、その実力を遺憾なく発揮してくれるだろう。
『敵の接近を確認』
ビーの声が聞こえると、ケンジは略奪者たちを誘い込むためにワザと迷彩を停止させて姿を見せた。すると単座式のヴィードルが廃車を踏み越えながら向かってくるのが見えた。
剥き出しの操縦席に錆《さびた鉄板で補強された古い車体。多脚の間に足掛けが溶接されているのか、旧式の機関銃を装備した戦闘員が身を乗り出すようにして、こちらを指差して何か大声で喚いているのが聞こえた。
ほかの車両も接近してきていることを確認したあと、ケンジは廃墟の壁面に張り付いていたヴィードルに視線を向ける。
「ベティ、合図をするまで動くなよ」
『了解ぃ、ここでじっと待ってるよ』
「ビー、攻撃開始の合図をしたら地雷を起爆してくれ」
『すぐに攻撃しないのですか?』
「いや、連中の目的を知りたい」
『面倒ですね。さっさと殺してしまえばいいのに』
ケンジは肩をすくめると、接近してくる集団に視線を戻した。
「やっぱりな!」と、先頭のヴィードルに乗っていた男が言う。
「奴は〈アシビ〉の〝赤鬼〟だ。いいか、だから俺は連中に言ったんだ。一緒に来なかったら損をするってな!」
「いちいち大声を出すな」
ヴィードルを操縦していた金髪の女が顔をしかめる。
「それにな、そのなんとかって鬼だからなんだって言うんだ」
「バカ、しらねぇのか?」と、男はニヤリと嫌らしい笑みを見せる。
「奴の首にはな、たんまり賞金が懸かってんだ」
「賞金首か」
女は口笛を吹くと操縦席から立ち上がって車体に片足を掛ける。男が単眼鏡を差し出すと、彼女はそれを引っ手繰るようにして奪い取る。
「で、その鬼と一緒にいたヴィードルはどこにいるんだ?」
「さぁ」
男は気のない返事をすると、仲間たちに警戒するように指示を出す。
「ヴィードルの姿が見えないが、まだ近くにいるはずだ。襲撃に注意しろよ!」
すると上半身裸の男が――ポリネシア地域の部族に好まれる刺青を見せびらかすようにして歩いてくるのが見えた。ケンジはライフルに手を掛けたが、略奪者たちを刺激しないようにゆっくり動いた。
「お前、アシビの赤鬼だな」
大柄の男は今にも崩れそうな建物の前で立ち止まる。壁面には赤いスプレー塗料で〈
「あんたらはシズルの下っ端だな」
ケンジの言葉に大柄の男は面白くなさそうに痰を吐いて、それから勿体を付けて、やけに重そうなスレッジハンマーを肩にのせる。
「おい、青鬼はどこだ」
「青……? もしかして姉さんを探しているのか」
「ああ、手間が省けるからな」
「手間? 何の手間だ」
「お前たち姉弟を殺す手間だ」
ケンジは反論しようとして口を開いたが、馬鹿らしくなって止めた。
じりじりと近づいてくるヴィードルと地雷の位置を確認していると、ビーの能天気な声が聞こえる。
『〈シズル〉というのは、レイダーギャングの組織名ですか?』
「ああ、この辺りを縄張りにしているギャングのことだ。ちなみに闇市を仕切っているのも連中だ」
『では、〈アシビ〉というのは?』
「俺と姉さんが世話になっている組の名前だ」
『たしか〈エム〉と呼ばれている人物が実質的に支配している組織のことですよね』
「そうだ」
『〈アシビ〉とはつまり、団体名なのですね。あの〈
「さぁな……古い組織だから何か関係があるのかもしれないな」
「おい、てめぇ!」大柄の男が凄む。
「さっきから誰と話してんだぁ?」
「ひとつだけ
「俺たちを尾行したのは、俺を始末するためだったのか?」
「お前はバカなのか? ほかにどんな理由があるっていうんだ」
男のすぐ後ろまでヴィードルが接近してきているのを確認してから、ケンジは口を開く。
「レイダーギャングが組織の人間に手を出す意味が分かっているんだよな?」
「あぁ、組織だぁ? てめぇら姉弟が組織に所属しない〝消し屋〟だってことくらい分かってんだよ」
「なら話は
ケンジがビーに合図した瞬間、通りを挟んで設置されていた指向性対人地雷が起爆、無数の鉄球と金属片がレイダーギャングに向かって飛んでいく。
ヴィードルの近くにいた三人と操縦席に座っていた略奪者は直撃を逃れたが、こちらに意気揚々と向かってきていた数人の略奪者は金属片を受けて、身体をズタズタに破壊されてその場に倒れていく。
ケンジと話していた大柄の男の身体にも無数の金属片が食い込んだが、皮膚の下にプレートを仕込んでいたのか地雷の直撃に耐えてみせた。それだけでも驚嘆に値したが、男は下顎を吹き飛ばされて大量の血液が噴き出しながらも、ケンジに向かって突進してくる。
「痛覚を遮断しているのか?」
疑問を口にしながら〈環境追従型迷彩〉を起動すると、後退しながら銃弾を撃ち込んでいく。結局、その男は弾倉が空になるまで倒れることはなかった。
『ねぇ、ケンジ』と、激しい銃声の間にベティの声が聞こえる。
『わたしはいつまでここにいればいいの?』
瓦礫の陰に入って弾倉交換していたケンジは顔をしかめると、彼女に攻撃の指示を出す。てっきり攻撃に参加していると思っていたが、彼女は律儀に合図を待っていたらしい。
ベティのヴィードルは空中に飛び上がると、地雷の直撃を受けて穴だらけにされていた敵戦闘車両を踏み潰しながら着地する。それから彼女は、青いヴィードルの出現に驚いて身体を固くする略奪者のことを気にも留めず、重機関銃で敵を容赦なく殺していく。
そうして追跡者たちは、ケンジたちと遭遇してから数分もしない内に殲滅されることになった。
「だから言ったでしょ」と、ベティは頬杖をつきながら言う。
「レイダーなんて相手にならないんだよ」
ケンジは彼女の言葉に溜息をついたあと、ビーに頼んで周囲の偵察をしてもらった。安全が確認できると、拠点に向かって移動を開始した。ベティは略奪者たちの持ち物から〈メタ・シュガー〉を手に入れていたのか、機嫌よく鼻歌を口ずさんでいた。
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