第93話 実戦テスト(ハク)


 ジュリは網目状に生い茂る雑草に手を入れると、赤茶色に腐食したリボルバーを拾い上げる。回転式弾倉には錆びた弾丸が六発装填されていたが、さすがに使いモノにはならないだろう。彼女はガッカリして溜息をつくと、錆びたリボルバーをリュックのなかに放り込んだ。


『ジュリ、はっけんっ!』

 どこからともなく可愛らしい声が聞こえると、ジュリは倒壊しそうになっていた〈旧文明期以前〉の建物を見上げた。するとツル植物が絡みつく高い壁に白蜘蛛が張り付いているのが見えた。


「ハク、なにか見つけたのか?」

『ん、みつけた』


 白蜘蛛が長い脚を広げると、無数のジャンク品が音を立てて地面に落ちるのが見えた。家電製品だろうか、ジュリは家庭向けに作られたと思われる製品の残骸を手に取るが、雨風に晒されていた所為せいなのか、ひどく腐食していて売り物にはならない。


 足元に落ちていた鉄屑を拾い上げると、その中に小石ほどの四角い装置が入っているのが見えた。


「なにかのインプラントかな?」


 ジュリはタクティカルグラスを装着すると、すぐに〈データベース〉にアクセスした。拡張現実で手元の装置が青色の線で縁取られると、製品の情報が浮かびあがる。


「えっと、動体検知機能を備えた義眼の拡張モジュールか……これは取引に使えるかも」


 チェストリグのポーチに小さな装置を入れたときだった。唐突に重機関銃の騒がしい射撃音が聞こえて、彼女はその場にしゃがみ込んで周囲に視線を走らせた。


『ジュリ』と、アネモネの声がイヤホンから聞こえる。

『人擬きと遭遇したから、ハクと一緒に戻ってきて』


「わかった。すぐに戻るよ」

 建物を見上げるが、そこにいるはずの白蜘蛛の姿が見えなくなっていた。


「ハク、危険な人擬きが集まってくる前に姉ちゃんたちと合流するよ!」

 彼女が声を上げると、不意に身体からだが持ち上げられて視点が高くなる。

『てき、いっぱい、きた?』


 ハクに抱き上げられたジュリは、フサフサの体毛につかまりながら頭を横に振る。


「ううん。でもすぐに集まってくるから、姉ちゃんたちと一緒にいたほうが安心できる」

『あんしん、だいじ?』


「廃墟の街は危険な場所だからね、とても大事なことだよ」

『いっしょ、あんしん』


 ハクは建物に向かって跳躍すると、壁面を移動しながら騒がしい射撃音が聞こえる通りに向かう。そこでは軍用規格の重装甲戦闘服の実戦テストを行っていたケンジが、人擬きに対して容赦のない攻撃をしている様子が見えた。


「派手にやってるみたいだね」

『はで、ちょうど、いい』


「そうかな……騒がしいのは苦手だな」

『うるさい、ちがう。おと、ぱちぱち』


「パチパチじゃないよ。どっちかって言うと、ドドドだよ」

『どどど、わかる』


 ハクは廃車の陰で休んでいたベティの側に着地すると、そのすぐとなりにジュリをそっと立たせる。


「貴重な遺物は見つかった?」

 ベティの言葉にハクは腹部を震わせる。

『たからもの、みつけた』


 ベティはセーラー服のスカートについた砂埃を払うと、スリングで胸元に吊るしていたアサルトライフルを背中に回し、それからハクが触肢しょくしの間に挟んでいたモノを受けとる。

「これは……壁掛け時計?」


『とけい、だいじ』

「たしかに時計があれば正確な時間が分かるけど……」


 針が欠けた時計をひっくり返したあと、裏面に付着した砂を払い落す。

「電池がないから動かないみたいだね」


『しまった』ハクはどことなくしょんぼりした声で言う。

『でんち、わすれた……』


 ジュリはベティから壊れた壁掛け時計を受け取ると、あれこれ確認したあとにリュックの中に入れた。


「電池なら拠点にいっぱいあるから、ついでに壊れたところも直しておくよ」

『んっ、かたじけない』


 本当のところ、その時計はひどく壊れていて修理できそうになかったので、拠点で使えるモノと交換してからハクに返そうと考えていた。


 そもそもハクの寝床には、すでに大量の壁掛け時計があるので、それを持ち帰る必要性も感じていなかった。しかしジュリもハクのことを甘やかしてしまう傾向があったので、壊れた時計を持って帰るフリだけはしていた。


『はり、ちょっと、たりない』

 ハクがクスクス笑い出すと、ベティは肩をすくめた。

「針どころか、本体もひどく壊れてるけどな」


『ん、こわれてた』

 上機嫌で笑うハクを見ていると、そのすぐ背後にある廃墟から人擬きがのっそりと出てくるのが見えた。


「ジュリ、危ないからハクのそばにいて」

 ベティが腰のホルスターからハンドガンを抜くと、ジュリは素直にハクの陰に隠れる。


 大通りに出てきた人擬きは目の前の廃車をぼんやりと見つめていたが、やがて狂ったように身体を痙攣させたかと思うと、こちらに向かって駆け出してきた。ベティは冷静に照準を合わせると、間髪を入れずに引き金を引いた。


 胸部に無数の銃弾を受けた人擬きは脚をもつれさせてバタリと倒れるが、すぐに昆虫のようにカサカサと地面をって接近してくる。


 けれどその動きもすぐに止まることになった。装甲服を装着したケンジに頭部をグシャリと踏み潰されると、人擬きは手足を振り乱して身体からだをビクビクと震わせる。そしてしばらくするとほとんど動かなくなってしまう。


『とりあえず、こいつで最後だな』ケンジの声が異種族用翻訳回路を経由して外部スピーカーから聞こえる。重厚な装甲服で顔が見えないからなのか、その声には、どこか威圧的な響きが含んでいるように感じられた。『化け物が集まってくる前に、ここから移動するぞ』


「でも、その装甲服のテストをするんじゃなかったの?」

 ベティの疑問に答えたのは、こちらに向かって歩いてきていたアネモネだった。

「ペパーミントが用意したテスト項目は一通り終わらせたから、あとは各パーツの細かい調整をするだけでいいみたいだ」


「呆気なかったね」

 ジュリの言葉にアネモネは肩をすくめる。

「簡単なテストをするだけだから、一緒に来ても退屈になるって拠点を出るときに話しただろ」


「そうだっけ?」

 ジュリは人擬きに注意しながら装甲服の側まで歩いて行く。

 装甲服の背中から伸びる二重関節のマニピュレーターアームには重機関銃が取り付けられていて、銃口から白煙が立ち昇っているのが見えた。


『てすと、おわり?』

 白蜘蛛は首をかしげるように、大きな身体からだを斜めにかたむけた。

『ああ、終わりだ。あとは――』


 ケンジがハクの質問に答えようとしたときだった。短い通知音が聞こえると、拡張現実で浮かび上がるインターフェースに接近してくる複数の動体反応が表示される。ケンジはすぐにアネモネたちに状況を知らせる。


『姉さん、周囲を偵察していた〈ビー〉が敵を見つけたみたいだ』

「人擬きの生き残りか?」

 アネモネはライフルから弾倉を抜くと、素早く残弾を確認する。


『いや、レイダーギャングだ。俺が先行して相手をする』

「ひとりで大丈夫なのか?」

『ああ、ついでに装甲の耐久力をテストしてくる』


 ケンジが重々しい足音を立てながら歩き出すと、白蜘蛛がトコトコとあとを追ってくる。


『ハクも一緒に来てくれるのか?』

『いく』


『連中を怖がらせたくない。合図するまで、奴らから姿が見えないようにすることはできるか?』


『かくれる、とくい』

『そうだったな』


 ケンジはニヤリと笑みを浮かべると、簡易地図に表示されている反応に向かって歩いた。


 一見すれば鈍重そうな装甲服だが、まるで自分の手足のように違和感なく動かすことができた。それどころか、動きを補助してくれているので、生身のときよりも身体能力が格段に向上していて俊敏性も高められていた。


 武装集団が見えてくると、装甲服のセンサーが武器に反応して攻撃システムを自動的に起動して、怪しげな集団を攻撃目標として設定したことが分かった。ケンジはシステムをマニュアルに切り替えると、ワザと大きな音を立てて集団に近づいた。


 二メートルを優に超える装甲服が接近してくることに気がついた略奪者たちは、重機関銃の銃口が自分たちに向けられていることに驚いて、ほぼ反射的に射撃を行う。


 ケンジは攻撃されることを予想していたが、重力場によるシールドを展開せずに直接攻撃を受けることを選んだ。そして旧文明の技術と素材を用いて造られた複合装甲は、想定していた通り弾丸を無効化してみせた。


『テストするまでもなかったな……。ハク、攻撃開始だ』

 重機関銃による攻撃が始まると、廃墟に身を潜めていたハクが姿をあらわして、哀れな略奪者たちに襲いかかった。そうしてあっと言う間に敵対的な集団は全滅することになった。

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