第90話 捜索(ドローン)


 鋼よりも強靭な糸で雁字搦がんじがらめにされて、身動きできずにいる変異体の騒がしい金切り声が周辺一帯から聞こえるなか、建物屋上では激しい戦闘が続いていた。


 コウモリじみた生物が急降下してくると、ハクは威嚇するように長い脚を持ち上げて、突進してくる化け物をベシベシと叩き落としていた。その姿はどこか滑稽で微笑ましくもあったが、相手にしているのは混沌の化け物なので気を抜くことはできない。


 アネモネは義手を変形させると、前腕の仕込み刃を使って化け物を斬り殺していく。コウモリの化け物は変則的な軌道で飛びながら襲いかかってきていたが、ガスマスクのフェイスシールドに〈ビー〉から受信していた予測軌道が拡張現実で表示されていたので、化け物に刃を当てるのはそれほど難しいことじゃなかった。


 ペパーミントの手で改良された刃には生物由来の毒素がコーティングされていて、血液と混ざりあった瞬間、神経毒を生成する仕組みになっていたので致命傷を狙う必要はなかった。刃で傷つけることだけを意識して戦闘を続ける。


 その間、ベティは空調設備の陰に隠れながら掩護えんご射撃を行い、アネモネの戦闘を支援していたが弾薬が底を突きそうだった。


 建物上空に待機していたビーの偵察ドローンは、〈ワヒーラ〉と情報を共有しながらアネモネとベティの戦闘を支援するかたわら、行方不明になったケンジを捜していたが、彼が所持していた端末から発信されているはずの敵味方識別信号すら受信できない状態だった。


 ケンジに同行していた二機の偵察ドローンは〈戦術ネットワーク〉に復帰していたので、彼が敵拠点の地下で消息を絶っていたことは分かっていた。そこで二機のドローンを使ってケンジを捜すことにした。しかし地下に続く扉は閉ざされていて侵入することができなかった。


 すぐに薄気味悪い廊下を引き返させると、ドローンを地上まで移動させて地下に続く道がないか探すことにした。すでに集落の探索は済ませていたので、作成していた地図を確認しながらドローンに指示を出していく。配管の通り道になっている場所や、汚水が流れ込んでいる場所も把握していたので重点的に調べさせることにした。


 ビーがケンジの行方を捜している間も変異体との戦闘は続いていた。


 ハクはコウモリを叩き落とすのに夢中になりすぎないように注意しながら、アネモネとベティの支援を続けていた。ハクの身体からだには大量の変異体が取り付いていて、鋭い牙と鉤爪でハクを傷つけようとしていた。けれど銃弾すら無効化する体表には通用しないのか、ハクが気にしている様子はなかった。


 集落を探索していたドローンは掘っ立て小屋が並ぶ狭い路地に入ると、人間が引きられたあとを見つける。赤茶色の鉄板が敷かれた地面に大量の血痕を確認したのだ。


 その血痕を追うと、大型犬ほどの体長があるゴキブリにも似た昆虫の姿が見えた。ヌメリのある体液に濡れた脚にはきょ歯状しじょうの突起物がついていて、それを死骸の肉に食い込ませながら引き摺っていた。


 吐き気をもよおすグロテスクな昆虫を刺激しないように、静かに追跡させることにした。しばらくすると道路上に半壊した小屋が見えてきた。


 昆虫は死体をズルズルと引き摺りながら、そのなかに入っていく。天井の隙間からドローンを侵入させると、地面が陥没していて地下に続く深い縦穴ができていることに気がついた。


 昆虫のあとを追うように縦穴に侵入すると、暗闇に沈み込んだ下水道に出る。そこでは昆虫の変異体を多く見かけたが、あちこちに放置された人間の腐肉をむさぼっていてドローンが攻撃されることはなかった。いくつかの腐乱死体をスキャンさせると、集落から運ばれてきた人間の死体が雑ざっていることに気がつく。


 人擬きに変異していた個体もいるが、手足が破壊されている所為せいなのか、まともに動ける人擬きはいなかった。無数の昆虫がう地面に横たわり、生きたまま喰われている姿は悲惨そのものだった。


 その下水道は複雑に入り組んでいたが、油脂状の物体で塞がれた通路も多く、人間が移動できる場所は限られていた。二機のドローンは昆虫の変異体に注意しながらケンジの捜索を継続する。


 そうこうしている内に、アネモネたちを襲撃していたコウモリの化け物も減り、とうとう逃げ出すようになっていた。


 ハクは深追いせず体毛にしがみ付いていた変異体をベティに引き剥がしてもらうと、ベシベシと叩き潰していった。

 状況が落ち着くと、ふたりはハクの支援に感謝した。


『ハク、ヒーローだった?』

 まるで首をかしげるように、斜めに身体を傾けるハクを見てベティはうなずく。

「ヒーローだったよ。ちゃんとピンチに駆けつけてきてくれたんだから」


『ん。ハク、ヒーローだった!』

 興奮気味のハクが身体を震わせて地面を叩いていると、ビーの偵察ドローンが飛んできて、地下に通じる道を見つけたこと、そして戦闘の痕跡が確認できたことをアネモネたちに報告した。


「やっぱりケンジは下水道にいるのか……」

 地面に散らばる薬莢やっきょうや、昆虫の死骸を見ながら険しい表情をしていたアネモネにベティがたずねる。


「ケンジを助けにいくんだよね?」

「仲間を見捨てるようなことはしないよ。でもその前に弾薬を補給する必要がある。ハク、建物内の敵を排除するから手伝ってくれないか?」


『ん。まかせて』

 ハクはトコトコと建物内に続く扉の前まで行くと、扉を塞いでいた糸を回収していく。ハクの糸は粘着性があったが、触肢しょくしで回収すると、絹のような滑らかな感触に変わる。


 触肢の体毛に触れたさいに糸の性質が変化していたので、ハクの体毛が何かしらの作用を及ぼしているのかもしれない。


 ハクが回収した糸はベティがもらい、ぬいぐるみリュックに詰め込んでいた。強度がある糸なので、色々と用途がある。ちなみにハクが攻撃や移動のさいに吐き出した糸の多くは、巣をつくるときに使用される糸と異なり、時間と共に劣化して消失するようになっていた。


 その理由は分からなかったが、〈深淵の娘〉が狩りをするときに痕跡を残さないためだとも考えられていた。


 ハクが蹴破るように扉を開くと、天井に逆さまにぶら下がっていたコウモリの変異体が驚いて飛び出してきた。ハクも驚いて、まるでバンザイをするように脚を広げながら硬直してしまう。室内には大量のコウモリがいたが、そのほとんどがどこかに飛んで行ってしまう。


「ねぇ、ハク。大丈夫?」

 ベティの質問にハクは触肢しょくしをゴシゴシとこすり合わせたあと、恥ずかしそうに言う。

『ちょっと、おどろいた』


「ハクは敵の気配を感じ取れるんじゃなかったの?」

『……めんぼくない』

「どこでそんな言葉を覚えたの?」


 ハクはじっとベティをみつめたあと、トントンと地面を叩く。

『じだいげき』


「そっか……。ハクは時代劇も見るんだ」

『ん、かたじけない』


「ベティ」

 アネモネに呼ばれると、ハクとベティは薄暗い建物に入っていった。階段や廊下には大量のコウモリの化け物が潜んでいたが、ハクと一緒にいるからなのか、コウモリはそれほど脅威になる存在ではなくなっていた。やはりハクは頼りになる。


 実際に、ハクと会話しながら移動するくらいには余裕があった。

「ねぇ、ハク」と、ベティは言う。


『なぁに』

「わたしもヒーローみたいに変身できるようになったんだよ」

 ハクは掴まえていたコウモリを雑に捨てると、トコトコとベティのもとにやってくる。


「見てて。透明人間モード、起動!」

 〈環境追従型迷彩〉が起動すると、ベティは幽霊のような朧気おぼろげな存在になる。けれどハクの反応は薄い。それどころか隠れようとしていたベティの姿がハッキリと見えているのか、彼女の肩に触肢しょくしをポンとのせる。


『ベティ、ヒーローちがう』

「見えてるの?」


『ん』

 がっかりして項垂れるベティを横目に、ハクはコウモリの化け物を狩り続けた。


 教団の戦闘員が詰め所として利用していた部屋を見つけると、そこで弾薬を補給することにした。弾薬箱の中身をテーブルのうえに引っ繰り返して弾倉に弾を込めていると、ビーが操るドローンが飛んできて、ケンジにつながる手掛かりを見つけたことをアネモネに報告する。そのさい、この部屋にケンジが来ていたことを話す。


「ならさ、集落に戻らなくてもここから地下に行けるってことだよね?」

 ベティの言葉に、ビーのドローンはうなずくような動作を見せる。

『可能です。二機のドローンに別の道を探させたのは、扉を開くことができなかったからです』


「つまり地下に続く道はもう見つけてあるってこと?」

『はい。準備ができたら、すぐに案内します』

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る