第78話 変異(ケンジ)
危険な思想に染まった異常者の
事の成り行きをレイラに語り、しばらく拠点を離れることを告げると、虎の子でもある車両型偵察ドローンの〈ワヒーラ〉を使わせてくれることになった。個人的に携帯する偵察ドローンが二機に加えて、ビーがいるのでケンジは遠慮したが、レイラは貴重なドローンよりも仲間のことが心配だと言って譲らなかった。
拠点警備の要でもある軍用大型車両の〈ウェンディゴ〉に乗っていくかと聞かれたが、さすがにそれは過剰な戦力だったので、アネモネのヴィードルとベティが敵拠点で鹵獲していた車両で向かうことになった。
いつものように何を考えているのか分からない超然とした態度で、アネモネたちを見送りに来ていたレイラは、時折心配そうな表情を見せていたが、ケンジは問題が起きないと考えていた。
あくまでも目的は敵拠点の調査で、その拠点は放棄されて数ヶ月の時間が経っていた。廃墟の街を徘徊する人擬きや、昆虫の変異体が潜んでいる可能性はあるが、大規模な組織や武装集団と戦闘になることはないと考えていた。
ちなみに兵器工場で整備されたベティのヴィードルは、錆びついた鉄板が
その強固な装甲は旧文明の鋼材を含むチタンなどの合金で造られていて、錆びた鉄板とは比べ物にならない防御力を発揮できるモノだった。
通常のヴィードルよりも大きな装甲車を思わせる中型の車体後部には、部隊を輸送することも可能な乗員室も備えているが、今は装備を保管する場所として利用されていた。
それだけの空間があれば、廃墟の街を探索した際に多くの戦利品を回収できるだろうとベティは喜んでいたが、傷や錆ひとつない車両は敵対的な勢力の注意を引くことになる。これからは、よりいっそう警戒して廃墟の街を移動する必要がある。
その車両の助手席に座っていたケンジは、操縦席内に新たに備え付けられていて多数のディスプレイとコンソールを操作して、ワヒーラと偵察ドローンから受信していた情報を確認する。
高精度なスキャン技術によって、リアルタイムに受信する3Dデータを解析して作成される周辺地図には、動体センサーから得られる生物情報も表示されているため、索敵に必要とされていた時間も大幅に短縮することができた。
進路上に敵性生物がいないことを確認したケンジは、偵察ドローンから受信する映像にも目を通して、センサーでは
道路を塞ぐように放置された車列の間を移動しているとき、日陰に身を潜めている数体の人擬きを確認したが、感染して間もない脅威度の低い個体だったので、すべて無視することにした。
「……とりあえず、大丈夫そうだな」
「だね」
ベティはそう言うと、防弾仕様のフロントガラスを通して通りを見つめた。
「ねぇ、ケンジ。あれはなに?」
道路沿いには高層建築物に囲まれた公開空地とも呼ばれる広場があり、その中央には食虫植物に覆われた巨大な彫像が立っていた。
ハエトリグサにも似た植物の二枚貝のような葉は、幼い子どもくらいなら余裕で捕まえられそうなほど大きかった。巨大化した昆虫の変異体を捕まえるために、廃墟の街で独自に進化したモノなのかもしれない。
梅紫色の植物から視線を外すと、端末を操作して自律飛行していた偵察ドローンを脳波だけで操作する方法に切り替えて、巨大な彫像を詳しく調べることにした。
「あの変な草に捕まらないように気をつけてね」
ベティの言葉にケンジは肩をすくめる。
「そんなヘマはしないさ」
広場全体が
彫像に接近すると、まるでツル植物のように彫像に絡まっている食虫植物に注意しながら調べていくが、その彫像が何を
「鳥の頭を持つ人間か……これが旧文明の芸術ってやつなのか?」
すぐに彫像の調査を諦めると、広場の先にドローンを飛ばした。すると茨垣の向こうに雑木林に侵食された区画があるのが見えてくる。
一見して生物がいないようにも感じられる陰気な場所だったが、偵察ドローンのセンサーによって次々と赤色の線で輪郭を縁取られた昆虫が姿を見せることになった。それらの昆虫の多くは猫ほどの大きさがあり、日差しから逃れるように草の間に隠れていた。
「なにもないね」
ドローンの視界を共有していたベティが
「そうだな。さっさと姉さんと合流しよう」
ワヒーラがついてきていることを確認してから、奇妙な広場をあとにした。
イーサンの情報によれば、放棄された敵拠点の近くには信者たちが暮らしていた集落があったという。しかし教団の本部として機能していた建物が放棄されると、集落で生活していた住人との連絡も途絶えてしまう。
その集落と交流があった行商人によれば、多くの人間が消息不明になってしまったらしい。しかし教団と深い関わりがある集落だったため、現地調査も行われないまま時間ばかりが流れていた。
ケンジは先行していたアネモネと連絡を取ると、ビーから受信する情報を頼りに移動した。幹線道路を離れてしばらく進むと、旧文明期以前の建築物が残る地域に入る。周辺一帯では激しい戦闘が行われたのか、あちこちに破壊の痕跡が見られた。
多くの建物の外壁は破壊されていて、わずかに残る壁には多くの弾痕が刻まれていた。砲撃によってつくられた無数のクレーターには泥水が溜まり、辺りには大量の羽虫が飛んでいて、マスクがなければまともに呼吸することもできないだろう。
道路は倒壊した建物の
ケンジとベティもヴィードルから降りると、アネモネのとなりに立って廃墟を見つめる。彼女はビーから受信していた映像を二人と共有する。そこには変異体の襲撃で壊滅したと思われる集落の様子が映し出されていた。
「やっぱり人擬きの襲撃だったんだね」
人擬きに変異した住人だったモノを見ながら、ベティはつぶやく。
「それが……」アネモネは困惑の表情をみせる。
「集落につながる通路は封鎖されているんだ」
「どういうこと?」
映像を確認していたケンジが答えた。
「襲撃されたことは間違いないだろう。でも人擬きは外からやってきたんじゃない」
「集落で感染者が出て、住人が襲われちゃったってこと?」
「そうだ」
「どうして分かるの?」
「通路を塞ぐ障害物は集落の外に構築されている。おそらく逃げ出した連中が急いで
映像が切り替わると、薄汚れたクマのぬいぐるみを手に持ったまま徘徊している幼い子どもの姿が映し出される。骨ばった痩せた身体には、死人を思わせる青白い皮膚が張り付いている。損傷は見られないが、眼球だけは昆虫に食われたのか、目の周りに血液の痕が確認できる。
「人擬きの襲撃なら住人の多くは食い殺されていて、五体満足の化け物はいないはずだ」と、ケンジは言う。
集落で何が起きたのかは分からないが、なんらかの方法で、住人が一斉に人擬きに変異してしまったと考えるほうが自然だった。
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