第77話 ジャンクタウン(ケンジ)


 ジャンク屋の裏手にある廃品置き場に掘り出し物がないか確認していたケンジは、赤子の泣き声が聞こえると、その場に立ち尽くして周囲に視線を向ける。すると積み上げられた廃材の隙間すきまから真っ赤な血液がゆっくりと流れ出るのが見えた。


「またあの幻覚か……」

 嫌な気配に全身の鳥肌が立つと、作業用ドロイドが鳴らしたビープ音がすぐ近くから聞こえて、ケンジは驚いて顔をあげた。

「なにか見つけたのか?」


 旧式の機械人形はもう一度ビープ音を鳴らすと、鉄屑の山に向かって蛇腹じゃばら形状のゴムチューブで保護されたマニピュレーターアームを伸ばした。そこでは黒と黄色の特徴的な縞模様を持つ作業用ドロイドが働いていて、鉄屑の中から幾つかの電子機器を回収していた。


 ゴミのように積み上げられた回路基板の山の前に立っていたケンジは、嫌な気配が消えたことを確認すると、電子機器の発見を知らせてくれた機械人形に感謝をしてから鉄屑の山を調べに行った。


 ケンジが近づいてくると、錆の浮いた無骨な胴体を持つ機械人形は、騒がしい警告音を鳴らしてから、機械的な合成音声で作業場が危険であることを知らせる。彼は機械人形の言葉にうなずくと、次々と回収され、作業台に載せられていく電子機器を手に取る。


 そこに〈ビー〉の偵察ユニットが飛んできて、砂やら泥に汚れた電子機器を丁寧ていねいにスキャンしていく。


『ハッキリ言ってゴミですね』

 イヤホンを介して生真面目な女性の声が聞こえる。


「使えそうなモノはないのか」

『ありません。洗濯機や冷蔵庫の修理ならできますが、パワードスーツの規格に合う装置はひとつも確認できません』


「そいつは残念だ」

 錆びて穴のあいたバケツにタバコの吸い殻を捨てると、廃品置き場で作業している機械人形たちの邪魔にならないように、その場をあとにした。


 ジャンク屋に戻ると、店主の〈ヨシダ〉に声を掛けられる。どうやら頼んでいたモノが見つかったようだ。ケンジは機械やら半導体には詳しくなかったので、ビーに目的の装置なのか確認してもらう。それが終わると、ヨシダに感謝してから〈IDカード〉で支払いを済ませて装置を受け取る。


 それからレイラが注文していた防犯カメラや、侵入警戒装置を調達できたのかヨシダにたずねた。まだ品物は店に届いていないようだったが、スカベンジャー組合が協力してくれたおかげで幾つかの品を無事に入手できたみたいだった。それらの品が入荷したら連絡してくれるように言い残すと、ケンジはヨシダの店を出た。


 厄介事は避けたかったので、重力場を発生させて飛行するビーのドローンはバックパックに入れて移動する。


 ドブの悪臭が漂う狭い路地を進み、掘っ立て小屋がひしめく通りに出る。通りには屋台が並び、廃墟の街で仕入れてきたと思われる動物の肉や食材として加工された昆虫が売られていた。それらの食材には大量のはえがたかっていたが、買い物客が気にしている様子は見られなかった。


 金属鍋のなかで甘ダレにかる肉と蠅を見てケンジは顔をしかめる。以前なら気にしなかったが、レイラの拠点で驚くほど清潔で快適な生活を体験してからは、それらの屋台で食事をすることは考えられなくなっていた。


「贅沢な悩みだな」

 ケンジが自嘲気味につぶやくと、バックパックの中で大人しくしていたビーが反応する。


『どのような悩みのことでしょうか?』

「気にするな。それより、イーサンとは連絡が取れたのか?」


『もちろんです』と、ビーは得意とくいげに言う。

『いつもの酒場で待ってくれているみたいですよ』


 路地から大通りに出ると、多くの買い物客でにぎわう通りに人だかりができていることに気がついた。


『奴隷商人でしょうか?』

「いや、違うな。それに、カルトの宣教師せんきょうしでもなさそうだ」


 人の間をうように進むと、大型犬ほどの体長がある奇妙な甲虫を連れた集団の姿が見えてくる。日焼けした浅黒い肌を持つ数人の男女は、ほとんど裸に近い格好をしていたが、機械人形の残骸や昆虫の殻を加工した実用性のある装備を身につけていた。


「おい、あれは蟲使いじゃないのか?」

「森で暮らす野蛮人が、なんで〈ジャンクタウン〉にいるんだ」

「あの女を見てみろよ、そそる身体からだじゃないか」


 群衆から聞こえてくる声に耳を傾けていると、見慣れない連中の登場に困惑していることが分かった。その集団が連れている甲虫の背中には、布袋やら木箱が太いロープでくくりつけられていて、大きな昆虫はのっそりとした動きで荷物を運んでいることが分かった。


『あれが噂の蟲使いみたいですね』と、ケンジが装着していた〈スマートグラス〉を介して集団の動きを観察していたビーが言う。『本当に昆虫の変異体を従えているんですね』


「そうみたいだな」

 ケンジは集団の先頭を歩いていた大柄の男性に視線を向ける。頭部の曲線に沿って頭髪がすっかり剃りあげられていた男の頭には、奇妙な装置が埋め込まれていて、機械から伸びるアンテナがツノのように突き出しているのが確認できた。


『あのヘンテコな装置を使って、昆虫の意識を操っているみたいですね』

 ちらりと視線を動かすと、昆虫の頭部にも同様の装置が埋め込まれているのが見えた。昆虫の神経につながることで、なにかしらの作用を及ぼす装置なのは間違いないだろう。


 蟲使いの集団が近づいてくると、ケンジは厄介事を回避するため、いそいそと群衆の側を離れる。そのさい、蟲使いの若い女性と目があった。彼女はとても健康的で、魅力的な微笑みをみせた。それは廃墟の街で暮らす陰鬱いんうつな人間が、他者に対して絶対に見せることのなかった笑顔だった。


『可愛い子でしたね』

 ビーは女性の画像をスマートグラスに表示しながら言う。

『それに、ちょっと変わっています』


「どんなふうに?」ケンジは酒場に向かいながら訊ねた。

『それを人間と定義してもいいのか、という疑問はありますが、ジャンクタウンはまさに人種のるつぼです。彼らの多くは日本で暮らしていた諸外国の人々と、日本人の混合民族で成り立っています』


 スマートグラスに世界地図が表示されると、海によって隔てられていた大陸から矢印があらわれて、日本に向かって四方から伸びてくるのが見えた。するとアニメ調にデフォルメされた多数の人間があらわれて、その矢印を橋のようにつかって日本に渡ってくる。


『だけど蟲使いたちには、それらの人種とも異なる特徴がみられます。具体的に何が違うのか、と聞かれてしまうと返事に困りますが……』


「特徴か……たとえば、あの赤髪とか?」

『そうですね。せめて採血できれば、その疑問に対する答えが得られるかもしれません』


「そいつは難しそうだな」

 ケンジはそう言うと、旧式の小銃や鋭利な刃物で武装した蟲使いたちから視線を外した。


 ケンジの知らない建築様式のエントランスに到着すると、イーサンの傭兵部隊に所属する〈クーパー〉が待っていてくれていた。長い顎髭あごひげが印象的な背の高い屈強な男性で、軍の特殊部隊に所属しているような格好をしていて、さきほど遭遇した野性味あふれる蟲使いとは正反対の現代的な戦闘服に身に包んでいた。


「ケンジ、こっちだ」

 クーパーと一緒にホテルに入ると、ロビーにいる従業員に睨まれながら酒場に向かう。普段は身体検査が必要だったが、クーパーがいるからなのか、とくに何も言われなかった。


 酒場のカウンターにはイーサンとエレノアがいて、仲睦まじい夫婦のように会話をしているのが見えた。ふたりの邪魔をするのは気が引けたが、クーパーに言われるまま、カウンターのスツールに腰掛けた。


 イーサンは約束通り、人擬きを信仰するカルトについての情報を入手してくれていた。狂信者たちが、まるで悪魔崇拝者が召喚の儀式を行うときのように、捕らえた人間をにえとして〈苗床なえどこ〉に捧げていたことも分かった。


 ケンジはオカルト的なモノを信じていなかったが、もしも悪霊のようなモノが実在するなら、そしてそれが自分にいているのなら、原因は宗教団体にあると考えていた。実際のところ、教団を壊滅させてからケンジは奇妙な体験を――それも超常現象と呼べるモノを何度も体験していたのだ。


 イーサンは教団が数ヶ月前まで拠点にしていた廃墟の場所を突き止めていた。

「調査しに行くのか?」


 彼の言葉にケンジはうなずいた。

「そのつもりだ」


 奇妙な泣き声が聞こえる頻度が高くなっていた。状況が悪化する前に、なにか手を打ちたいと考えていた。

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