第74話 狩り(傭兵)
汚染地帯の廃墟に潜む変異体に警戒しながら、重武装の集団が大通りを静かに移動していた。
名の知れた傭兵団ではなかったが、彼らが請け負う仕事は、汚染地帯に残された旧文明の〈遺物〉を回収するスカベンジャーたちの護衛で、それなりに実績のある集団だった。しかし今回は別の事情があって汚染地帯までやってきていた。
数日前、スカベンジャーの護衛をしていた部隊が消息を絶った。昆虫型の変異体に襲撃された
それは傭兵のひとりから最後に受信した映像に映り込んでいた。部隊が発見していたのは、廃墟の街では滅多に見ることのない、完全な状態で保管された複数の〈戦闘用機械人形〉だった。
上層部はすぐに戦闘部隊を招集して、貴重な機械人形を回収するための作戦を立案した。もっとも、それは作戦と呼ぶにはあまりにもおざなりな計画だった。上層部は前回の仕事で部隊が全滅した場所に――その原因すら判明していない状況で、あらたな戦闘部隊を無計画に送り出そうとしていたのだ。
でもだからといって仕事を拒否することは末端の構成員にはできなかった。組合に所属する傭兵団は汚染地帯に適した装備を揃えると、不安を抱えながらも機械人形が発見された地区に向かうことになった。
■
〈旧文明期以前〉の崩れかけた廃墟に避難していたとき、傭兵たちは得体の知れない昆虫からの襲撃を受けて最初の犠牲者を出すことになった。
汚染地帯に到着して間もなく、汚染物質を含んだ猛烈な砂嵐が高層建築群の上層から吹き下ろすようになった。
ガスマスクを装着していたこともあって視界は悪く、部隊は百年以上も前に建てられた廃墟に避難することになった。崩れた壁のあちこちから勢いよく砂や石が入り込んでいたが、無防備な状態で街を移動することはできなかった。
その間、傭兵たちは重たい装備を抱えたまま、いつまでも吹き荒れる風が止むことを祈りながら待つ以外に、なにもすることができなかった。また部隊は組合に
廃墟にはハサミを持ったマダニに似た異形の昆虫が複数潜んでいた。一メートルほどの体長を持つ生物だったが、ヘビのように
疲れ切っていた隊員のひとりは、眠気を覚ますために廃墟の探索をしようと考えた。なにもせずに居眠りしてしまうより、ずっと安全に過ごせると考えたのだ。
廃墟は衣類品の販売店として利用されていたのか、経年劣化でボロボロになった業務用ハンガーラックがあちこちに転がっていて、堆積した砂や泥に埋もれていた。
戦闘員は掘り出し物が見つけられそうな予感に突き動かされるようにして、薄暗い通路に入っていった。そして横手から振り抜かれた尾の一撃を側頭部に受けて、
そうして隊員の
砂嵐が落ち着くと、部隊を指揮していた傭兵は仲間のひとりが戻ってこないことに気がついた。すぐに情報端末を使って隊員と連絡を取ろうとするが、通信はつながらなかった。隊員が所持していた端末の位置情報を確認しながら仲間たちと通路に入ると、血溜まりに
戦闘員のひとりが通路の先に照明装置を向けると、
しかし彼らは廃墟の街を徘徊する略奪者ではなく、豊富な戦闘経験を持つ精強な傭兵部隊だった。彼らは混乱することなく、落ち着き払った態度で通路を引き返すと、周囲の動きに警戒しながら建物を出た。
傭兵たちの動きに気がついた変異体は部隊を追跡するが、傭兵たちは建物の外に出ると、廃墟の入り口を爆破して異形の化け物が追ってこられないように対処した。しかし崩れかけた廃墟には複数の出入り口があるので、安心することはできない。それに、入り口を崩したときの騒音が人擬きの注意を引いた可能性があった。
ひと息つく間もなく部隊は目的の場所に向かって移動を開始した。機械人形が見つかった場所は、汚染地帯の探索に慣れたベテランのスカベンジャーも近づかないような危険な場所だった。汚染状況も最悪だった。常に深緑色のガスに覆われているような場所で視界は悪く、少しでも気を抜くと仲間の姿を見失いそうになってしまう。
超高層建築群が建ち並ぶ暗い通りまでやってくると、上空に向かって照明弾を発射する。
そこで部隊は奇妙なモノを見ることになる。
汚染地帯では昼夜を問わず危険な人擬きが徘徊していて、廃墟の街では見られない巨大な昆虫を多く見かける。けれどその区画では人擬きは
戦闘員のひとりが警戒しながら接近して確認すると、動物の骨に雑じって人骨が積み上げられているのが見えた。頭蓋骨が変形していることから、その多くが人擬きのモノであると確信できたが、変異していない人間の骨も残っていた。
汚染地帯の探索を専門に行うスカベンジャーや、傭兵部隊の骨だと想像できたが確証はなかった。不思議なことに彼らが身につけていた衣類や装備はどこにも見つからなかった。
狭い路地を離れ大通りに出ると、目的の高層建築物が見えてきた。輸送コンテナを積載した
コンテナに積まれていた装備品や食糧は手付かずの状態で残されていたので、部隊の襲撃に人間が関わっていないことが確認できた。もしも略奪者の
部隊は慎重に周辺一帯の索敵を行うと、ヴィードルの側に数人の傭兵を残し、建物のエントランスホールに入っていく。建物内は暗く、照明装置がなければ仲間の姿も見えない有り様だった。目的の機械人形が見つかった場所は把握していたが、上階に続くエレベーターは停止していて、非常階段を使用する必要があった。
ヴィードルのそばに残る人員は、戦闘部隊の脱出を支援できるように準備を進めることになっていた。最初にソレの存在に気がついたのは、車両のコンテナから探索に必要になる装備を取り出していた傭兵だった。
エントランスホールに続く歩道にふと照明装置を向けると、なにかが光を反射していることに気がついた。隊員は無意識にレーザーライフルを手に取ると、本体側面にあるスイッチを操作してシステムを起動する。
そして電源が入ったことを確認すると、ライフルを構えながら歩いた。照明装置の光を反射していたのは、目を凝らさなければ見つけるのにも苦労するほど細い糸だった。
周囲にライフルの銃口を向けたあと、戦闘員は糸の側にしゃがみ込む。すると無数の糸が――数え切れないほどの細い糸が張り巡らされ、建物内に向かって四方から伸びているのが見えた。隊員は糸に向かって手を伸ばし、ゆっくり触れてみた。
その糸に触れた瞬間、小さな振動が瞬く間にすべての糸に伝わり、周辺一帯に糸を張り巡らせていた蜘蛛のもとに届いた。手のひらほどのサイズの脚の長い蜘蛛は
そして予期せぬ侵入者たちのことを報告するように、トントンと大蜘蛛の身体を叩いた。それは狩りの始まりを告げる合図でもあった。
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