第73話 拠点(ケンジ)
武装勢力との交戦から数日、拠点では偵察ユニットの試験運用のための準備が進められていた。地下施設がある保育園の周辺一帯は、〈深淵の娘〉であるハクの糸が張り巡らされていて、巨大な〝
略奪者たちにとって大蜘蛛の巣は恐怖の対象であり、野蛮な人間を遠ざける効果が充分に期待できたが、自我や恐怖といった感情を持たない人擬きや昆虫の変異体にとって、ハクの巣は大きな障害にならないだろう。危険な生物が廃墟を
また、車両型偵察ドローンの〈ワヒーラ〉を使って、すでに周辺地域の立体地図が作製されていたが、偵察ユニットを運用することで、より高精度な地図が入手できるようになった。
それにより拠点の警備を行うようになったヤトの戦士たちは、周囲の状況を安全に確認できるようになるため、戦闘における死角がなくなり、不測の事態から部隊を守ることが可能になると期待できた。
それらの偵察ユニットは、廃墟の街に点在する〈電波塔〉を介して拠点の警備システムで制御されることになるが、拠点のメインコンピュータのメモリーやシステムリソースを圧迫しないため、家政婦ドロイドを操る〈ウミ〉にも操作権限が与えられることになっていた。
ウミの情報処理能力は高く、拠点の警備システムに引けを取らないので大きな助けになるだろう。
そしてそれに留まらず、カルトの拠点で手に入れた資金を使って警備の強化が推し進められることになっている。
拠点周辺にある廃墟に手を加えて監視所として利用していたが、警備体制の大幅な見直しが行われる。自律型の攻撃システムを備えた攻撃タレットや監視カメラ、それに各種センサーや地雷等の設置型兵器も使うことになる。
それにペパーミントからの技術支援を受けて、自爆ドローンなどの〈徘徊型兵器〉を利用する攻撃システムの構築も行われることになった。
自爆ドローンは〈ジャンクタウン〉にある軍の販売所でも入手できる。旧式の機体であるにも
ペパーミントがどのようなシステムを設計するのかは判明していないが、彼女と相談して、適切な自爆ドローンをジャンクタウンで調達する必要がある。その際には、鳥籠の議会に注意喚起を行ってもらったほうがいいのかもしれない。
鳥籠間の交易を行っている行商人たちが拠点近くの区画に迷い込み、警備システムの
もちろん、仲間たちの情報は生体認証によって拠点のデータベースに登録されるので、警備システムから攻撃される心配はないだろう。
警備の
ベティたちは手のひらサイズの小型偵察ユニットを常に持ち歩いて、廃墟の街での探索や戦闘で有効活用することになる。遠隔操作には脳波が使用されるので、特別な訓練を必要とせず、すぐに実戦で役に立ってくれるだろう。
■
徹夜で〈重装甲戦闘服〉の整備を行っていたケンジは、不足していた部品を手に入れるためジャンクタウンに買い出しに行くことになった。そのことについてアネモネと相談するため地上までやってきていたが、待ち合わせ場所に彼女の姿はなかった。
彼はすぐに〈情報端末〉を使ってアネモネの居場所を確認すると、〈建設機械〉によって改築が進められていた保育園内の建物を眺めながら歩いた。敷地内にはプレハブ小屋のようなシンプルな建物が並んでいた。それらの建物はヤトの戦士の住居として使われていた。
飴色の建物は、土に水と乾燥した草を混ぜ、それを枠に入れて整形し固めた日干しレンガでつくられたような
整備された道を歩いて入場ゲートに向かうと、ハクが廃墟の街で拾ってくる無数のジャンクで飾られた派手な建物が見えた。それはアネモネとベティのために用意された住居だったが、ハクがベティに会いに来るたびに無数のガラクタを残していくので、ジャンク品の販売所のような場所になっていた。
その建物の前にはゴシック調の古めかしいソファーが無雑作に置かれていて、ベティが退屈そうに寝そべっているのが見えた。アネモネに楽しみを取り上げられたからなのか、不機嫌そうにムスっとした顔で青空を
つい先日、楽しみに取っておいた〈メタ・シュガー〉を研究のためペパーミントに譲ってから、ベティは咳止めシロップを甘い炭酸水で割った飲料を大量に飲みながら怠惰な生活を送っていた。一種の鎮静作用がある〈コデイン〉を摂取することが彼女の日常になっていた。
〈リーン〉あるいは〈パープルドリンク〉として知られている飲み物は、闇市などで流通していて簡単に入手できた。手軽に
ちなみにペパーミントは、〈メタ・シュガー〉の副作用を限りなく失くして、集中力を飛躍的に高めると同時に疲労感を解消するような、特別な効果を持つドラッグに改良できないか研究するみたいだ。
そんな夢のようなクスリが開発できたら、今回のような武装集団との大規模な戦闘を行っているときに大きな助けになるとレイラは考えていたが、ケンジはそれを販売して資金調達ができないか真剣に考えていた。
ベティの育ての親でもある〈エム〉の組織が持つ販売経路を使うことができれば、一攫千金も夢ではないと本気で思っていたが、それをどうするのか決めるのは組織の頭であるレイラだった。
ケンジは不貞腐れていたベティにアネモネについて
「お姉さまなんか知らない」と、彼女はそっぽを向いてしまう。
けれどそこにハクがやってくると、さっきの態度が嘘のように彼女は満面の笑みを見せる。怒りや憎しみを引きずることなく、しつこく根に持たない性格はベティの美徳だった。
ハクと楽しそうに会話していたベティの機嫌が
入場ゲートから保育園の敷地外に出ると、飛行試験中の偵察ユニットが編隊を組んで飛行しているのを見ながら歩いた。拠点の防壁近くには数人のヤトの戦士がいて、彼らはケンジと簡単な挨拶を交わした。言葉は情報端末が通訳してくれるので、日常会話で困るようなことはなかった。
ハクの巣で迷子にならないように、情報端末で地図を確認しながら室内掃討の訓練場として利用されていた廃墟に向かう。人擬きの掃討は近くで行われているので、アネモネに会えるかもしれない。しかしミスズと一緒にいるアネモネと連絡が取れなくなってしまう。どういうわけか通信がつながらなくなったのだ。
ケンジは面倒に感じていたが、建物内に彼女がいないか確認することにした。
そして廃墟に得体の知れないモノが潜んでいることに気がついた。
薄暗い廊下を歩いていると、
ふと誰かに呼ばれているような気がして、ケンジはフラフラと歩き出す。廃墟に満ちる暗闇に全身が
不安と恐怖に
気がつくと得体の知れない気配は消えていて、それまで感じていた恐怖もなくなっていた。けれどあの泣き声には聞き覚えがあった。カルトの拠点を探索していたときに何度も耳にした泣き声だ。
化け物を崇拝する異常者の根城で、
ケンジは端末の画面を見つめながら、教団が行っていた儀式について調べる必要があると考えていた。
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