第70話 偵察ユニット(ベティ)


 工場内を散策していたハクとベティは、ライナスに付き添われながら、人気ひとけのない通路を歩いて小銃が製造されている様子が見学できる部屋に向かう。最低限の調度品しかない閑散とした部屋の奥には、大きなガラス窓で仕切られた空間があって、その向こうでは無数の機械が動いているのが確認できた。


 クリーンルームと呼ばれている場所では、〈データベース〉に管理された無人の製造ラインによって、廃墟の街に点在する各鳥籠に供給される銃火器の製造が続けられていた。


 そのラインは完全に自動化されていて、人間の生命を脅かす変異体から身を守るための兵器が無人機の群れによって製造されている。もっとも、それら多くの兵器は人間同士の終わりのない争いのために使用されていた。


 垂直多関節ロボットアームが同じ作業を延々と繰り返している光景は、ハクの好奇心をそそる不思議な魅力があった。ハクは長い脚の先をガラスにペタリとくっ付けると、食い入るように製造ラインを見つめる。


 床に敷かれた歩き心地のいい絨毯に気を取られていたベティも、ハクのとなりに立つとガラスの向こうで行われている作業をじっと見つめる。以前、レイラたちと工場に来たときにも見せてもらっていたが、やはり驚くような光景だと感じていた。


 ベティは奇妙な巡り合わせによって、工場内の様子を知ることのできた数少ない人間のひとりになったが、優越感ゆうえつかんのようなモノを感じることはなかった。結局のところ、そこで行われていることは彼女の理解が及ばない――まるで遠い世界で行われている出来事のようだったし、それは個人が自由に扱うことのできる技術でもなかった。


 兵器工場を管理している人造人間すら知らないことがあるのだ。工場を見学したからと言って、鼻高々になって他人に自慢できるようなことでもなかった。けれど育ての親である〈エム〉とは、この言葉にできない高揚感こうようかんを共有してもばちが当たることはないだろう。


 そう思って情報端末のカメラを機械群に向けるが、どうやっても映像として記録することができなかった。機密保持の関係で端末の機能が制限されているのかもしれない。


 ベティは残念そうに溜息をつくと、ぬいぐるみリュックに端末を放り込んでガラスの先を見つめる。


 製造ラインがある空間は、工場全体がそうであるように、天井や壁は白いパネルで覆われていて清潔な環境が保たれている。ここでは空気中に漂うほこりや塵を除去するため、高度な給排気システムが使われていたが、それらの換気設備がどこにあるのかは分からなかった。


『ベティ、みて』と、ハクはトントンとガラスを叩く。

 彼女が視線を動かすと、製造ラインの間を歩いている人間の姿が確認できた。赤紫を帯びた葡萄えび色のクリーンスーツに身を包んでいるのは、工場を管理している人造人間のひとりだった。


 女性は立ち止まると、ベルトコンベアによって運ばれていたライフルの部品を無作為むさくいに手に取り台車に載せていく。無数の装置によって品質が管理されていたが、人造人間たちも部品の検査を行っているのだろう。


 その女性がハクとベティにちらりと視線を向けると、白蜘蛛は脚を振って挨拶したが、彼女はすぐに視線をそらして作業に戻った。やはり普通に接してくれるペパーミントとライナスは、この工場では異質な存在なのだろう。


 そのライナスがいつの間にかいなくなっていたことにベティは困惑したが、敵拠点で回収した遺物を調べに行くとかなんとか話していたことを思いだす。しばらくすると、キャリングケースを持ったライナスがやってくる。


「システムの調整が終わった」青年は素っ気なく言うと、ベティにケースを手渡した。「すぐに使えるように、所持している端末にソフトウェアをインストールしてくれ。どれほど優れたプログラムでも、正しいフォーマットでもちいられなければ意味がないからな」


「そのソフトはどこにあるの?」

「もう送信した。端末を確認しろ」


 ベティはライナスの物言いに眉を寄せるが、青年に悪気がないことも分かっていたので、目くじらを立てるようなことはしなかった。


 受け取っていたキャリングケースを絨毯に置くと、その場にしゃがみ込んでリュックから情報端末を取り出す。生体認証で端末が起動すると、ライナスから受信していたファイルを開いて、偵察ユニットを操作するためのソフトウェアをインストールする。


 ベティが質問しようとして口を開くと、彼女の言葉をさえぎるように青年は言った。

「レイラにも同様のソフトウェアを送信した」

 彼女はうなずくと、ケースを開いてニ十センチほどの長方形の機体を手に取る。


 偵察ユニットは綺麗に磨かれた銀色の装甲を持ち、ドローンというより金属を精製せいせいしたときに作られるインゴットのようにも見えた。


 周囲の景色を反射する金属光沢の装甲には、カメラレンズやセンサーのたぐいは確認できない。旧文明の〈反重力装置〉を搭載とうさいした機体だと聞いていたが、本当に飛行できるのか疑わしかった。


 端末に表示される接続方法を確認しながら偵察ユニットの登録をすませると、端末を介して機体を操作することができるようになった。ライナスに指摘されてスマートグラスを装着すると、機体から送信されていた映像が視線の先に拡張現実で表示される。


 偵察ユニットにはいくつか興味深い技術が採用されているようだったが、ベティが関心を寄せたのは、〈旧文明期以前〉の古い技術に関連する機能だ。


 それは画面を確認しながら機体を操作しなくても、端末を所持しているだけで機体を思い通りに操作できる機能だった。ライナスが言うには、所有者の脳波を分析し記録することで、思考電位を使った遠隔操作が可能になるということだった。


 ベティはさっそく偵察ユニットを起動すると、ふわりと空中に浮かび上がった機体を動かしてみる。遠隔操作に慣れてくると、思い通りに動く機体を操作してハクの様子を確認することにした。


 音もなく忍び寄る偵察ユニットの動きを察知するのは困難だろうと考えていたが、ハクはすぐに接近する機体に気がついた。白蜘蛛が眼をキラキラさせながら機体に向かって脚を伸ばすと、ベティは慌てて機体を回収する。


「このドローンヤバくない!?」

 ベティは偵察ユニットのカメラを介して、拡張現実のディスプレイに表示される自分自身の姿を見ながら言った。


「ねぇ、ライナス。ビーと、どっちがすごいと思う?」

 青年はベティの顔をじっと見つめながら、アネモネたちと一緒に工場に来ていた偵察ユニットについての情報を参照する。

「民生用の機体と、戦場での運用を想定した軍用規格の機体を比較するのは無駄なことだ」


「ふぅん、ビーってすごかったんだね」ベティは偵察ユニットをケースに片付けながら言う。「複数の機体を操作するときは、どうすればいいの?」


「アネモネの偵察ユニットなら、大量のデータを素早く処理することができるはずだ」

 ライナスの言葉に彼女は困ったような表情を見せる。

「つまり……ビーなら、複数の機体を同時に動かせるってこと?」


「そうだ」

「それならさ、カグヤたちも問題なくドローンが使えるってことだね」

 青年はうなずいた。


 ハクがとなりにやってくると、ベティはケースを手に取って立ち上がる。

「ハク、もう見学しなくていいの?」


『ん、あきた』と、白蜘蛛はしょくをこすり合わせながら言う。

「そっか、飽きちゃったか」


 ベティはハクのフサフサの体毛をでると、ペパーミントの作業場に行こうと提案した。

『いく』

 ハクは腹部を震わせると、レイラの気配を頼りに歩き出した。

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