第68話 ライナス(ベティ)


 兵器工場の上空を飛んでいた小型ドローンを捕まえようと奮闘ふんとうしていた白蜘蛛は、クレーンで吊り上げられた輸送コンテナがあらわれると、すぐにドローンから興味を失くして、搬入口から地下の作業場に運ばれていくコンテナを興味深そうに眺めていた。そこに工場まで一緒に来ていた姉妹たちがやってくる。


 これから彼女たちは、兵器工場の近くまでむかえにきてくれた姉妹たちの戦闘部隊と一緒に鳥籠に帰るようだった。レイラが彼女たちに感謝の言葉を口にしていると、ハクもトコトコとやってきて彼女たちに感謝する。


 本当は姉妹たちにハグしてから別れたかったのだが、敵戦闘員との戦闘で返り血や泥で酷い状態だったので、白蜘蛛は我慢することにした。


 そこでハクはなにかを察したのか、ゆっくりその場から離れようとしたが、振り返ると白蜘蛛を迎えにきていた作業用ドロイドたちの姿を見つけてしまう。


 角張った胴体を持つ旧式の機体は、蛇腹形状のチューブで手足が保護されていて、どこか古臭く鈍重どんじゅうな印象を与える。その作業用ドロイドは、工場内の清潔な空間を汚染してしまわないように、ハクの体毛を綺麗にするためにシステムが派遣した機械人形だった。


 ハクは機械人形たちに何度か身体を洗われたことがあったので、危険な状況におちいることがないと分かっていた。


 しかしそれでもシャワーを浴びることは苦手だったので、なんとかしてこの状況からのがれられないか必死に考えた。けれど身体を綺麗にしないと工場内に入れないことも知っていたので、しぶしぶ機械人形たちについていくことにした。


 レイラに声をかけたハクが、しょんぼりしながら機械人形たちのあとについて行くのを不思議そうな顔で眺めていたベティは、見知った顔を見つけて笑顔になる。

「ライナス、どこにいくの?」


 ひょろりと背が高く、人形のような顔立ちをした青年は立ち止まると、ベティの顔をじっと見つめる。それからなにか言葉を話そうとするが、呂律ろれつが回らないのか、何度か咳払いする。


「地上の状況を確認しにきた」と、青年は落ち着いた声で言った。


「そっか」ベティは笑顔で答える。

「相変わらず真っ白な肌だね。ちゃんと日の光を浴びてる?」


 無表情だった青年はじっとベティを見つめて、しばらくしてやっと返事をする。

「天気がいい日には、必ず三十分ほど日光浴をするようにしている」


「三十分って……囚人じゃないんだからさ、もっと日の光を浴びようよ」

 青年は無邪気に笑うベティのことを感情のない青い瞳で見つめる。その顔立ちはペパーミントに似ていて、姉弟だと言われても納得することができた。


「ねぇ、囚人って知ってる?」ベティは少年の様子に構うことなく言葉を続ける。

「大昔の人はね、悪いことをしたら刑務所って場所に収監しゅうかんされていたんだよ」


「旧文明期以前の文化や風習は学んでいる」

 青年は冷たい声で返事をする。


「そっか、ライナスは昔のことも勉強しているんだよね。ちなみにわたしは映画を見て知ったんだ。ライナスは映画を見たりするの?」


「動物の生態について描いているドキュメンタリー映画なら」

「動物か……それはちょっと苦手かな。自然界が厳しい場所だって強調するあまり、動物たちが苦しむ姿をたくさん見せるでしょ。楽しむために映画を見てるのにさ、いきなり現実を突きつけてくるみたいでウンザリする」


 ベティのことを見下ろすように見つめていた青年は、ピクリと眉を動かすと、曇り空に視線を向ける。

「興味深い」


「なにが?」と、ベティは首をかしげる。

「学ぶためでなく、楽しむために映画を見ていることだ」

「それって普通じゃない」


「娯楽映画で人間が殺される様子は楽しめる。それなのに、どうして動物が苦しむ姿にはウンザリするんだ?」


「だって映画は現実じゃなくて虚構きょこうだよ。さすがに現実と空想の区別くらいできるよ。それに映画で死ぬのはさ、映画会社と契約した人工知能が創り出したCGの俳優さんなんでしょ?」


「実在しない人間が死ぬのを見るのは楽しいのか?」

 真顔で質問する青年の考えは読めなかったが、ベティは少しも気にしていなかった。


「悪人だったら、気分が晴れるかも」

「つまり重要なのは〝物語〟の文脈に沿って死や苦しみが描かれていることであって、役者が演じている人間が苦しむ演技を楽しんでいるわけではないと?」


「……うん。たぶん、そんな感じだと思うよ」

「興味深い、では――」


 そこまで言うと青年は急に黙り込んでしまう。〈データベース〉を介して誰かと会話をしているのかもしれない。


 ベティは人間離れした容姿を持つ青年の顔をじっと見つめる。見れば見るほどペパーミントに似ていた。ふたりは姉弟で間違いないのだろう。


 しかしそうなると、兵器工場にいる人造人間の全てがペパーミントの肉親に思えてくる。兵器工場で見かける人造人間はひどく似た顔立ちをしているのだ。


 いや。と、ベティは思い直す。ひょっとしたら顔の見分けがつかないのは自分だけなのかもしれない。工場で働く人造人間全員を知っているわけではない。それに気になることもある。


 ペパーミントは普通の人間のように感情表現が豊かだが、兵器工場で見かける人造人間の多くは感情が希薄で無表情だ。自分の目の前にいるライナスですら、まともに会話できるまで、何度も根気強く話しかける必要があったのだ。あるいは、ライナスだけがペパーミントの姉弟なのかもしれない。


 難しい顔をして見つめ合うベティとライナスを、不思議そうな表情で見つめていたレイラは遠慮がちに咳払いする。


「えっと……少し話せるか、ライナス」

 青年はレイラに向き直ると、瞳をチカチカと発光させる。

「問題ない。話してくれ」


 レイラは輸送コンテナに閉じ込めている〈苗床なえどこ〉の状況について簡単に説明すると、コンテナ内の映像を彼と共有する。


 ライナスと呼ばれた青年は、すぐにその情報をペパーミントと共有した。レイラがペパーミントについてたずねると、青年は彼女の歩幅と、彼女がいる場所からここまでの距離を計算して正確な到着予定時刻を教えてくれた。


 まるで頭にコンピュータを詰め込んでいるみたいだ。と、ベティは奇妙な比喩ひゆ表現を口にして感心する。そこに水浴びをして真っ白になったハクがやってくる。


『ライナス、なにしてた!』

 ハクは軽い気持ちで質問したようだったが、ライナスは質問の意味についてあれこれと深く考える。


「難しい質問だ。なにをしていたかと言えば、レイラと話をしていたが、実際には輸送コンテナの状態を確認しに来たとも言える。なぜ、コンテナの状態を確認する必要があったのかを説明すると、危険な生物を工場内に入れることになるからだ。もしも人擬きなる醜悪しゅうあくな生物が工場に被害をもたらすようなことになれば、それは警備の責任者である――」


 ハクは話し続けるライナスの肩にしょくをトンと軽くのせる。

『ライナス、ちょっとおもしろいな』


 青年は表情を変えずにハクを見つめ、わずかに眉間にしわを寄せたあと、真剣な面持ちでたずねた。


面白おもしろい……か。なにが面白かったのか、詳しく教えてくれないか?」

 さすがのハクも青年の反応に困ったのかもしれない。助けを求めるように周囲に視線を向ける。すると黒いキャリングケースを持ったベティがやってくるのが見えた。


 彼女は旧文明期の遺物だと思われるドローンを手に入れたから、工場の装置で調べてくれないかとライナスに頼んだ。


 青年はケースの中身を確認したあと快諾かいだくしてくれた。ベティは調子に乗って鹵獲ろかくしていたヴィードルの状態も見てくれないかと頼んだ。あわよくば工場で設備してもらう魂胆こんたんだったのだ。


 ベティたちと一緒にヴィードルを確認しに行ったライナスが、廃車寸前の車両を見てどんな反応を見せるのか気になったが、レイラはペパーミントが来るまでそこで待つことにした。


 しばらくするとペパーミントが姿を見せた。ライナスが教えてくれた時間通りだった。彼女はレイラの姿を見て笑みを浮かべたが、すぐにいつものまし顔を見せた。

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