第67話 兵器工場(レイラ)


 周辺一帯の安全確認を終わらせたカラスが、白蜘蛛の腹部に乗ってづくろいしているのを確認したあと、レイラは炎上し黒煙が立ち昇る敵戦闘車両に視線を向けた。破壊されたヴィードルから転げ落ちていた戦闘員はすでに死んでいて、周囲に敵対的な意思を持つ生物の姿は確認できなかった。


 襲撃のさいに攻撃を受けていたヴィードルの損傷箇所を確認していたベティは、腰に手を当てながらじっと車両を睨んでいた。


「動きそうか?」

 レイラの質問に彼女は唇を尖らせる。

「動くけど、この脚はもう使い物にならないかな」


 彼女は操縦席に身体を押し込むと、カグヤにコンソールの操作方法を教えてもらいながら、損傷していたヴィードルの脚を車体後部から切り離した。銃弾によって損傷し、駆動部が完全に破壊されていた脚は回収して鉄屑として再利用することになるだろう。


 操縦席から出てきたベティは、セーラー服のスカートについたすなほこりを手で払う。


「姉妹たちのヴィードルは無事?」

「ああ、攻撃を受けたのはベティの車両だけだったよ。連中は先に護衛を潰すつもりだったんだろう」と、レイラは近くに止まっていた大型ヴィードルを見ながら言う。


「マジ最悪だね。わたしたちを尾行してた連中は?」

「ハクが始末してくれた。何人かはまだ息をしていたけど、もう追ってくることはない」


「やっぱり、あの奇妙な商人たちの護衛をしていた傭兵なのかな?」

 ベティは端末に保存していた画像を確認する。派手な塗装が剥げかかっていた大型ヴィードルのコンテナには、ゾウの頭部を持つ人間の姿が描かれている。


「確認する時間はなかったけど、おそらくそうだろうな」

 レイラはとなりにやってきたハクの体毛を撫でながら言う。


「見たことのない集団だったけど、どこから来たんだろう?」

「さぁな」レイラは肩をすくめる。「でも、姿を隠すことのできる旧文明の遺物を所持していたから、大規模な組織なのかもしれない」


「姿を隠す……」ベティは首をかしげる。

「レイとミスズが使ってる透明になれるコートのこと?」


「ああ。どんな遺物が使われていたのかは分からないけど、似たような技術だったのかもしれないな」


「そっか……ところで、死体から遺物は回収しなかったの」

「急いでいて回収している余裕はなかった」


勿体もったいない。わたしだったら絶対に回収してた。そうだよね、ハク!」

『ん、そだよ』


 路肩に止められた廃車をあさっていたハクが腹部を振りながら適当に答える。白蜘蛛の足元には人間のモノだと思われる無数の骨が転がっていて、雑草に潜んでいた小さな昆虫が音に驚いて逃げ出していた。


 拠点に向かっているミスズたちと通信をつなげると、得体の知れない集団の情報を共有し、それから兵器工場に向けて出発する。


 ちなみにその情報はイーサンにも提供するつもりだった。廃墟の街のあちこちに情報提供者がいるイーサンなら、あの行商人たちについて何か情報が手に入れられるかもしれない。レイラは執念深く、機会さえあれば報復したいと考えていた。


 ハクがヴィードルの屋根に乗ると、レイラたちは兵器工場に向けて移動を再開する。工場に出入りしていることは知られたくなかったので、レイラはカラスを使って周囲に略奪者の集団や、スカベンジャーたちがいないか確認しながら廃墟の街を慎重に移動した。


 〈オートドクター〉に関係する仕事で、正体不明の勢力から目をつけられてしまっている以上、目立った行動は控えたほうがいいと考えていたからだ。もっとも、すでに人擬きを信仰するカルトとことを構えていたので、レイラの考えには説得力がまるでなかった。


「そろそろ橋が見えてくるころだね」

 ベティは砂埃で汚れたフロントガラスから、土手沿いに並ぶ無数の円柱を眺める。川に沿って等間隔に設置された金属製の白い円柱は、兵器工場を防衛するための兵器だったが、それは沈黙していてレイラたちには反応しなかった。


「ねぇ、ハク。近くに敵の気配は感じる?」

 ベティの質問に、ハクの可愛らしい幼い声で答える。

『てき、いないよ』


「ほんとに?」

『ん。ほんと』


 ハクがそう答えたときだった。六メートルほどの高さがある白い円柱の周囲に、円環状のプラズマに似た発光体があらわれる。それは円柱の頂部に設置されていた球体状の赤い物体まで上がっていき、空中でピタリと静止したかと思うと、一点に集束し青白い光弾となって勢いよく発射された。


 ベティたちの位置からは、兵器が何に対して反応したかまでは分からなかったが、兵器の防衛圏内に無断で侵入した何者かが攻撃を受けた可能性があった。


「普通に敵がいたみたいだけど?」ベティは装甲の隙間から屋根に乗っていたハクに視線を向けるが、すでに白蜘蛛の姿はなかった。


「逃げられたか」彼女は苦笑いをみせる。

 レイラは肩をすくめると、ペパーミントに通信をつなげた。


 対岸に渡るために使う崩れた橋に到着してしばらくすると、川向こうから数機のドローンが飛んでくるのが見えた。小型ドローンは、機体の周囲に重力場を発生させながら飛んでくると、崩れていた橋の縁で機体を静止させ、青色の膜を発生させて崩落した路面の代りにヴィードルが移動できる床を生成していく。


 レイラたちはその光景を何度か見ていたので、今さら驚くようなことはしなかったが、姉妹たちはドローンの動きを興味深そうに眺めていた。


 彼女たちの大型ヴィードルが動き出すと、何処どこからともなくハクがやってきて、障壁としても機能する不思議な膜の上を通って橋を渡る。


 旧文明の驚異的な技術によって通行可能になった橋を渡ると、無数のドローンが生成していた力場は跡形もなく消えた。そして仕事を終えたドローンは、姉妹たちに挨拶をするかのようにビープ音を鳴らしたあと、兵器工場に帰っていった。


 人擬きや変異体からの襲撃を警戒する必要がなくなると、ベティは操縦席の側面を覆っていたボディアーマーを強引に動かして通りの様子を確認する。


 旧文明期以前の建物が残る地域だったが、その多くが崩れていて、瓦礫がれきの山には雑草が生い茂っていた。道路には放置された軍用トラックの車列があって、それは防壁に囲まれた区画まで続いていた。


 旧文明の鋼材を含んだ紺色のツルリとした防壁には、梅紫色のツル植物が絡みつき、なんらかの兵器をもちいて破壊されていた壁の一部が周囲の車両を圧し潰しているのが見えた。


 ハクは大量の木箱が積まれていたトラックの荷台に飛び乗ると、雑草を掻き分けてちた木箱の中身をあさるが、ナメクジにも似た奇妙な生物がウヨウヨと姿を見せるだけだった。


 しょんぼりするハクの横を通って防壁に設けられた門を通過する。入場ゲートとしての機能はすでに失われていて、生体認証されることなく通り抜けることができた。


 入場ゲートを越えた先に広がる景色も、やはり今までと代り映えのしないモノだった。無残に破壊された建物や廃墟ばかりが目につく。工場の敷地内にあるほとんどの建物は、まるで無差別爆撃を受けたかのように破壊されていて瓦礫の山になっていた。


 旧文明期の特殊な建材が使用された建物も倒壊していることが確認できたので、経年劣化によって荒廃したのではなく、なんらかの攻撃によって意図的に破壊されていると推測できた。


 不気味なほど静まり返っている廃墟の通りを進むと、兵器工場を囲む防壁が見えてくる。防壁の周囲には、巡回警備を行う自律型の偵察ユニットや、戦闘用機械人形の姿が確認できた。入場ゲート付近はさらに厳重な警備が敷かれていて、無人の多脚型戦車が我々を威嚇するように砲身をゆっくり動かしている様子が見られた。


「攻撃されることがないって分かっていても、なんだか緊張するね」

 ベティが小声で言う。

「……そうだな」レイラは戦闘車両の動きを注意深く眺めながらうなずいた。


 入場ゲートに続く道路は整備されていて、廃墟の街で見かける廃車やゴミの類は見られない。代りに多く見かけるのは、工場を警備する機械人形やドローンだった。


 そのドローンの数機がヴィードルに向かって飛んでくると、レーザーを照射してレイラたちの生体認証を行う。そしてひと通りの確認が終わると、ドローンはビープ音を鳴らして工場に戻っていく。


 安全が確認できると、上下可動式のバリケードが地中に収納され、ゲートを塞いでいたシールドの膜が消える。レイラたちがゲードを通過して工場の敷地に入ると、すぐに力場が生成されて、半透明のシールドでゲートが閉鎖される。


「レイ、あれはなに?」ベティが前方を睨みながら言う。

「輸送コンテナを回収するための車両だと思う」


 大型ヴィードルに接近する多脚の車両には、コンテナを吊り上げるための巨大なクレーンがついていて、大型トラックほどの大きさがある姉妹たちのヴィードルよりも、さらに大きな車両だった。


「わたしたちも作業を手伝いに行こうよ」

 ベティはそう言うと、さっさとヴィードルから降りてハクのもとに向かった。

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