第65話 戦利品(苗床)


 敵拠点を制圧したあとには後始末という仕事が残っていた。敵戦闘員の遺体を放置しておくと、その死体を目当てに危険な変異体や昆虫が集まり、廃墟に新たな繁殖地が誕生してしまう可能性がある。


 ミスズは姉妹たちと協力しながら戦利品の回収を進めるかたわら、敵戦闘員を焼却処分するために遺体を一箇所に集めることになったが、それは骨の折れる仕事だった。正直、敵拠点に対する襲撃のほうがずっと簡単な仕事だった。


 野外に残された遺体の多くは砲弾を受けて手足がバラバラになっていたり、ヴィードルに圧し潰されて内臓が飛び出していたりと、目も当てられないような状態だった。それらの遺体には、人間の肉を好んで食べる昆虫が群がっていて、遺体を移動させることにも苦労することになった。


 とくに死体に群がる昆虫には注意しなければいけない。派手な警告色の細い毛に覆われたケムシのような生物は、瓦礫の間に生い茂る雑草のなかに潜んでいるが、ひとたび血液や腐肉の嗅ぎ取ると、うじゃうじゃと集まってきて肉をむさぼる。


 普段は瀕死の小動物に鋭い牙を突き立て、毒を注入し、殺してから栄養源にしている。けれど人擬きの餌になる腐肉を処理してくれる存在だったので、廃墟の街に必要な昆虫でもあるのかもしれない。


 敵戦闘員の遺体から小銃や予備弾倉を回収し終えると、レイラが所有する兵器で深い穴を掘り、その穴に遺体を放り込んでいく。昆虫が群がっていた遺体や、周辺一帯の廃墟からやってきて無力化されていた人擬きも、ひとまとめにして焼却していく。


 立ち昇る黒煙は嗅覚が鋭い変異体を遠ざけてくれるが、燃える遺体が放つ臭いは危険な変異体を引き寄せることにもなる。姉妹たちの戦闘部隊が変異体に対処している間、アネモネたちは大型ヴィードルのコンテナに戦利品を次々と運び込んでいった。


 作戦の目的でもあった〈苗床なえどこ〉の回収はレイラとハクによって行われることになった。


 地下にいる苗床を地上に移動させる際には、身体からだから生えている樹木じゅもくの根のような奇妙な器官を全て切断し、壁や床から引き剥がす必要があった。ハクのかぎづめと強力な銃弾によって触手のような器官を処理すると、反重力弾を使って天井を破壊して、地上につながる道をつくっていく。


 金属製の三脚支柱に載った電動ウインチがあればかったのだが、それらの機材は用意していなかったので、レイラはハクに頼んで、苗床の身体に糸を巻き付けると、化け物を拘束するために使用されていた鎖を利用して吊り上げ、地上まで一気に引っ張り上げることにした。


 少々強引なやり方だったが時間的猶予がなく、選択できる手段が少なかった。危険な足場を物ともしないハクが手伝ってくれなければ、さらに困難な作業になっていただろう。


 とにかく地上まで苗床を移動させると、事前に用意していた大型輸送コンテナに化け物を収容して、兵器工場まで移送することになった。苗床が生み出す赤子にも似たグロテスクな人擬きも数体確保すると、檻に入れた状態でコンテナに積み込む。苦労に見合う成果が得られることに期待していたが、どうなるのかは分からない。


 人擬きの積み込みが終わるとレイラはミスズたちと別れて、兵器工場に向かう大型ヴィードルの護衛をする任務に就いた。彼に同行するのはハクとベティ、それにヴィードルの操縦席に座るふたりの姉妹だけだ。


 ミスズたちは戦利品を回収し終えたら拠点に帰ることになるが、ユイナたちが同行することになっていたので、廃墟の街を徘徊している略奪者たちに襲撃されても問題なく対処できるだろう。


 ベティは敵拠点に向かうと、整備の途中で放棄されていた中型ヴィードルに乗り込んだ。鹵獲した車両の動作確認を行うのに都合がいいと考えたのだろう。今にも崩れそうな廃墟から錆びついたヴィードルが出てくると、ハクは興味深そうに車両に近づき、砂埃で汚れた灰色の装甲を脚で叩いた。


『こわれてる?』

 ベティは操縦席をぐるりと見まわしたあと、ハクの質問に答える。

「たぶん大丈夫、ボロボロだけど動く。ハクも乗って」


『ん』

 ハクは不安定な屋根に乗ると、トントンと車体を叩いた。それを合図にベティはヴィードルをゆっくり進めた。


 ベティのとなりに座っていたレイラは、腕を伸ばしてフロントガラスの汚れを拭き取る。けれど車体のあちこちに隙間があり、車内はほこりっぽく息が詰まるほど砂埃が舞っている。


 軍用規格の車両ではないので、全天周囲モニターのような便利なモノはなく視界が狭い。レイラは剥き出しのフレームに吊るされていたボディアーマーを横にずらして、車外の様子を確認する。


 先行する姉妹たちの大型ヴィードルに異常はなく、輸送コンテナに収容されている苗床にも問題は起きていないように見えた。


「カグヤ、コンテナ内の映像を見せてくれるか?」

『きっと驚くよ』


 カグヤの言葉のあと、監視カメラの映像がレイラの網膜に投射される。そこには植物の根のように気色悪い器官を――まるで腸のようなモノを四方八方に伸ばしている苗床の姿を見ることができた。


『環境に順応して、そこで生きていけるように身体を変異させているのかも』

 彼女の言葉にレイラはうなずいたが、あっという間に身体を変化させ、血肉を生み出すことのできる化け物の存在に恐怖を覚えずにはいられない。結局のところ、レイラは自分たちが今まで相手にしてきた化け物がどのような存在なのかも知らないのだ。


 レイラが溜息をついて視線をあげると、車両後部の銃座からハクのフサフサの体毛が見えた。機嫌がいいのか、ハクは腹部を揺らしながらお気に入りの音楽を口ずさんでいる。レイラは舌足らずなハクの言葉遣いが好きだった。


「ねぇ、レイ?」ベティが困ったような口調で言う。

「姉妹たちが行商人らしき集団を見つけたみたいなんだけど、どうしよう?」


 レイラは上空のカラスから受信している映像を確認する。たしかに護衛付きの行商人のように見えたが、彼らは瓦礫に横たわる奇妙な死骸の周囲に集まっていて、その生物の身体を解体しているように見えた。


 ひび割れたディスプレイで生物の姿を確認したベティが言う。

「デカいね。あれも虫なのかな?」


 サイにも似た奇妙な生物の姿を見ながらレイラは顔をしかめた。

「甲虫みたいに外骨格に覆われているけど……昆虫にしては大き過ぎないか?」


「たしかに」ベティは深くうなずいた。

「怪獣映画に出てくる化け物みたい」


 濃い松葉色の外骨格を持つ生物は八メートルほどの体長を持ち、光沢感のないからぎ取っていた人間が幼い子供のように見えるほどだった。


 ベティはディスプレイに付着していた汚れを乱暴に拭き取ると、大きなつるはしを使って生物の殻を剥がしていた男性を指差す。


「奇妙な連中だね。この辺りで見たことのない奴らだよ」

 草色の布で顔を覆った男たちは浅黒い肌を持ち、彼らの大型ヴィードルは黄色と緑色の派手な塗装が施され、荷物を積み込むコンテナには片方の牙が折れたゾウの頭部を持った人間の姿が描かれていた。


『もしかしてガネーシャの絵なのかな?』

 カグヤの言葉にベティが首をかしげる。

「がねーしゃ?」


『遠い国の神さまだよ。それより、あの得体の知れない集団に近づくのは危険だと思う。別の経路を探すから、すぐにここから離れよう』


 重武装の護衛を見ながらレイラはカグヤの言葉に同意した。

「……そうだな。今はハクも一緒だし、あっちには武器を持った傭兵がたくさんいる。面倒事に巻き込まれる前に別の道を探そう」


 先行する姉妹たちが兵器工場に向けて動き出すと、ベティもあとを追うようにヴィードルを動かした。

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