第64話 戦利品(物資)


 私利しり私欲しよくのためと思われても仕方がない武装組織に対する襲撃は、圧倒的優位な状況で進み、結果的にひとりの仲間も失うことなく敵拠点を制圧することができた。


 一方的で容赦のない攻撃で壊滅した組織は、廃墟の街で生きる人々にとって脅威になるような危険な組織だったので、多くの人間を殺したという罪悪感にさいなまれることはなかった。それよりも、たった数時間ほどの戦闘で手に入れられた戦利品を、どのように回収するのか頭を悩ませることになった。


 過激で猟奇的な側面を持つ教団にも熱狂的な信者が多数在籍していて、教祖と呼ばれていた女性は信者から得た資金を使い、驚くほど健全な組織運営を行っていた。金庫に保管されていた多数の〈IDカード〉と〈記憶装置〉によって管理されていた教団の資金は、カグヤによってすべて回収され、レイラと姉妹たちで折半されることになった。


 戦闘の中核をになった姉妹たちの砲撃部隊は、軽迫撃砲を使用していて数百発の砲弾を消費していた。作戦で使用された兵器の多くは〈ジャンクタウン〉にある旧文明の施設でも入手できるモノだったが、それらの装備を補充するためにも金は必要になる。


 姉妹たちを率いていたユイナは、今回の作戦で得られるかもしれない人擬きに関する情報と兵器だけで報酬は充分だと考え、かたくなに金を受け取ろうとしなかったが、レイラも固持して譲らなかったので、しぶしぶ略奪した資金の一部を受け取ることになった。


 姉妹たちは信頼できる仲間だったが、その組織力に依存せず、常に対等な存在でいたいとレイラは考えていた。とくに今回の作戦では、砲撃部隊以外にも姉妹たちの多くが活躍してくれた。彼女たちの働きをないがしろにするようなことはしたくなかったし、それ相応の報酬を得る権利があった。


 なにより〝金銀を用いるべき事に用いなければ、石瓦と同じである〟と、かの有名な戦国武将〈黒田官兵衛〉が残したとされる言葉のように、必要なときに資金を使わず、金ばかり溜め込んでいても意味がないのだ。


 たとえそれが危険な思想を持つ集団から入手した黒い金であっても、貴重な資金であることに変わりない。その金で仲間たちとの信頼関係が深められるのなら、使わない手はない。


 それに、敵拠点には厳しい労働を課せられた幼い子供たちがいて、行き場のない子供たちの多くが〈姉妹たちのゆりかご〉で世話をされることになった。だから資金が無駄になることはないと考えていた。


 子供たちはこの過酷な世界で生きていくために、大勢の子供たちがそうしているように、姉妹たちの鳥籠でも働くことになる。しかし少なくともそこでは、死の影におびえることもなければ、大人たちからの理不尽な暴力にさらされることもなく、人間らしい生活が送れるようになるだろう。


 子供たちのこれまでの境遇については知る由もない。しかし多くの子供が、襲撃者たちの手によって親元から引き離されたときの体験が忘れられず、心的外傷後ストレス障害のような症状を抱えていると思われた。


 獣のように振る舞い、まともに言葉すら口にできない子供がいるのは、彼らのこれまでの境遇が関係しているのかもしれない。


 レイラは子供たちの精神科医にはなれなかったが、できる限りの援助をするとユイナに約束した。彼にできることと言えば、鳥籠の医療機関に資金を提供することだけだったが、幸いなことに彼の善意を否定するような仲間はいなかった。


 また戦利品の話に戻るが、敵拠点では多数の銃火器も手に入れることができた。教団が傭兵崩れや略奪者の集まりで構成されていたからなのか、拠点の地下に設けられた武器庫には隊商から略奪したと思われる大量の弾薬や小銃、そしてボディアーマーや未開封の戦闘糧食が詰まった木箱が保管されていた。


 それらの物資は姉妹たちの大型ヴィードルを使って回収することになった。


 しかしその多くが旧式の装備だったので、姉妹たちは一部の弾薬や砲弾を除いて、銃火器のほとんどをレイラたちに譲ってくれることになった。


 回収された銃火器は拠点に運ばれ、備蓄品や物資を管理している〈ジュリ〉の手で組織にとって必要なモノと、そうではないモノとで仕分けされたあと、多くの品がジャンクタウンで売られることになった。


 ジュリは旧文明の施設で販売されている商品と、銃火器の大凡おおよその相場が記載されているリストをペパーミントから入手していたので、大量の戦利品に混乱することなく作業を進めることができた。


 それらの装備を自分たちで使用するという選択肢もあったが、高品質で高機能なスキンスーツとボディアーマーをペパーミントから提供されていたので、ヤトの戦士やアネモネたちが旧式の装備を必要とすることはなかった。


 それと同時に、多くの情報端末も回収することができた。端末は初期化され、すべて売り物として処理されることになった。もっともこれらの端末には貴重な情報が保存されている可能性があったので、初期化する前に情報を精査する必要があった。


 イーサンと姉妹たちから入手していた情報で、武装組織と〈不死の導き手〉の間につながりがあることは分かっていたので、今回の作戦で入手した端末から教団に関する何かしらの情報が得られるとレイラは考えていた。そこで端末に保存されていた情報は抜き出され、別の端末に保存されることになった。


 その作業を担当したのはジュリだったが、情報端末には旧文明期の複雑怪奇で驚異的なOSが使用されていて、生体認証によって保存された情報を――その難解なシステムにハッキングして情報を抜き出し複製することは至難の業だった。


 しかしペパーミントが用意してくれた装置と、カグヤとウミの手伝いがあったので、それほど苦労することなく膨大な量のテキストや映像を完全な状態で抜き出すことに成功した。そこで得られた情報は、イーサンや姉妹たちとも共有されることになった。情報の解析が進めば、教団の動向を知る助けになるだろう。


 そのほかにも教祖が移動のために使用していたと思われる戦闘車両も、一台だけだが入手することができた。


 旧文明期以前の軍で使用されていたジープ系の高機動車に、ヴィードルの脚を無理やり組み込んだような不格好な車両だったが、オートドクターに関係する仕事でヴィードルを失っていたベティにとって、それは嬉しい発見だった。


 複座型の中型車両は錆びついた鉄板や、本来は歩兵が装備するボディアーマーなどで装甲が補強されていて、いかにも略奪者たちが使っているような無骨な車両だった。ベティはその威圧的な外見をとても気に入り、レイラに確認を取ったあと、鹵獲ろかくみずからの手で改良することにした。


 レイラやアネモネが使用している軍用規格の車両には及ばないが、戦闘のための改良を施せば、激しい戦闘にも耐えられるとペパーミントは考えていた。


 そしてハクとベティが敵拠点の地下で見つけた偵察ユニットも、今回の作戦において最も価値のある戦利品のひとつになった。ドローンの性能については、ペパーミントが管理する兵器工場に直接持っていき調べる必要があったが、おおむね問題なく動作する状態にあるようだった。


 数十機の偵察ユニットは、他の戦利品同様、アネモネたちにも権利があった。そのため偵察ユニットは、レイラとアネモネが平等に分けて所有することになった。けれど旧文明の機体を使用するには、データベースとの接続が必要になる。


 アネモネたちが使用するときには、ビーの能力を利用することになっていたが、その能力にも限界があり、すべての偵察ユニットを運用することは難しかった。そこでアネモネたちが保有する機体は、しばらくの間レイラの拠点を警備するために使用されることになった。


 カグヤとウミの能力があれば、問題なくすべての機体を同時に動かすことができるからだ。


 レイラとアネモネの協力関係がいつまで続くのかは誰にも分からなかったが、そのことを気にしている人間はひとりもいなかった。いくつかの戦闘を共に経験したことで、深い絆が生まれていたからなのかもしれないが、それは決して悪いことではなかった。

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