第62話 幽霊(戦闘員)


 かつては数え切れないほどの居住者がいたと思われる倒壊した築物の、ゴミと瓦礫がれきで散らかった部屋に潜んでいた数人の戦闘員は、疲れとおびえがざった表情で砲撃の音に耳をましていた。


 やがて何人かの戦闘員は、迫りくる死の恐怖と緊張感に耐えられなくなり、武器を手にして部屋を出て行く。それからしばらくの間、銃声が鳴り響くが、ほどなくしてその音も聞こえなくなる。


 このままなにもしなければ、私たちも襲撃者によって皆殺しにされてしまうだろう。戦闘の準備ができると薄暗い廊下に機関銃を並べて、襲撃者たちを迎え撃つことにした。


 廊下の先から負傷した仲間が駆けてくるのが見えると、掩護射撃を行い、仲間を窮地から救い出そうとする。けれど負傷していた仲間はフラフラと倒れ、再び起き上がろうとするが身体からだに力が入らないのか、その場で息絶えてしまう。


 銃弾の消費を気にして射撃を止めると、廊下の先にあやしく輝く一対の瞳が見えた。次の瞬間、甲高い金属音が聞こえ、それと同時に仲間の身体が破裂し、ズタズタに裂かれた部位から血液や内臓を撒き散らしながら吹き飛んでいく。


 あまりにも衝撃的な光景を見たからなのか、仲間たちは半狂乱になって出鱈目でたらめに銃弾を撃ち込む。けれど幽霊のように消えてしまった襲撃者の姿は見えない。そしてひとり、またひとりと仲間が殺されていく。


 機銃を放棄して逃げ出す仲間のあとを追って私も走り出す。おびただしい量の血痕をたどり廊下を駆ける。


 ヌメリを持った血液があまりにも黒々として見えたので、誰かが機械人形の油をこぼしたのかと思ったほどだった。やがて廊下の突き当りに倒れている数人の仲間の姿が見えてくる。しかし彼らの側には、奇妙な長剣を手にした見知らぬ男が立っていた。


 崩れた壁から差し込む日の光を浴びる長身の男は、がっしりとした体格をしていて、綺麗に編み込まれた鈍色の長髪は、後頭部でひとつにまとめて背中に垂らしている。見惚れてしまうほど精悍な顔つきの男だったが、首筋には爬虫類特有のうろこのようなものがあり、それは日の光を受けて艶々つやつやと光を反射していた。


 光沢感のある奇妙な鱗から視線を外すと、男が手にしていた長剣から滴り落ちる血液に気がついて動きを止める。


 けれど幽霊から逃げる仲間たちは、男に罵倒を浴びせながら駆けていく。すると静かにたたずんでいた男は、唐突に動き出した。血に濡れた刃を身体に引きつけ、氷上を滑るような鮮やかな足運びで仲間たちの間を縫うように移動する。


 目にもとまらぬ速さで振るわれた刃が日の光を反射したかと思うと、鋭い刃で斬られた仲間たちがバタバタと倒れていくのが見えた。危険を察知して動きを止めていた何人かの仲間は、小銃を構えて射撃を行う。次々と薬莢やっきょうが吐き出されていくが、銃弾が命中することはなかった。


 素早い身のこなしで男が姿を隠したかと思うと、甲高い金属音が聞こえ、仲間の身体が次々と破裂していった。先ほどの襲撃者が我々に追いついたのだ。おそらく旧文明の兵器を使っているのだろう。不死の導き手の信徒や、ヨコスカと呼ばれている地域からやってきた傭兵が使っているのを見たことがある。


 近くの部屋に飛び込み地面に腹這いになり、耳をつんざくような嫌な音が聞こえなくなるまで頭を抱えて丸くなる。


 と、通路の先から金属がこすれる音が聞こえる。パワードスーツを身につけた仲間たちがやってきたのだ。彼らは崩れた天井や壁の瓦礫がれきに身を隠すと、マニピュレーターアームに装着した機関銃を使って攻撃を行う。


 激しい銃撃が続くなか、私は床に落としていた小銃を拾いあげて廊下に出る。仲間たちの機関銃からはすでに数百発の銃弾が撃ち込まれていたが、襲撃者は幽霊のように消えていて、すでに廊下にはいなかった。


 突然、仲間のひとりが叫んだ。その声に驚いて、外に続く崩れた壁に視線を向けると、襲撃者たちのヴィードルが見えた。と、間を置かずに錆びひとつない装甲を覆われた戦闘車両から銃弾が撃ち込まれる。


 私はとっさに地面に腹這いになって銃弾をやりすごしたが、仲間たちは銃弾を受けてパワードスーツを破壊され、装甲を貫通した弾丸によってグシャグシャにされていく。恐怖で頭が真っ白になりながらも顔をあげると、ロケットランチャーが壁に立てかけてあるのが見えた。


 匍匐ほふくしながら壁際までいくと、ロケット弾が装填されていた筒の状態を確認する。そして銃撃が止まるのを待った。


 いつまでも続くと思えるような一瞬がって、騒がしい銃声が聞こえなくなると、恐怖に震えながらロケットランチャーをかつぎ、車両に向かって即座にロケット弾を発射した。


 そしてランチャーを捨て、発射の衝撃で立ち昇った砂煙のなかに身を隠すようにして逃走する。攻撃の結果は確認していないが距離もそれなりに近かったので、問題なく敵車両を破壊することができただろう。


 息を切らせながら薄暗い廊下を走ると、地下に続く階段の側で戦闘準備を行っていた部隊の姿が見えてくる。間違いない、教祖さまを護衛する戦闘部隊だ。仲間の顔が見える距離まで近づいたときだった。破裂音と共に仲間の頭部が血煙に変わる。


 奴だ、幽霊が来たんだ。驚きと恐怖に足が絡まり、その場にドサリと倒れ込んでしまう。が、すぐに立ち上がって走り出す。仲間たちを肉塊に変えていく甲高い金属音は今も響いていたが、危険を顧みず走るしか生き残る術はないだろう。


 仲間だったモノを踏みつけながら、なんとか地下に続く階段までたどり着いたときだった。


 耳が痛くなるような甲高い金属音が聞こえたかと思うと、機関銃を使って襲撃者を攻撃していた仲間たちの身体が――まるで重力に逆らうように、ふわりと空中に浮かび上がるのが見えた。彼らは状況が理解できていないのか、困惑した表情で周囲に視線を向けていた。


 そして再び甲高い金属音が聞こえる。その瞬間、発光する球体に向かって周囲の瓦礫や仲間たちが吸い寄せられていくのが見えた。


 崩壊する天井や壁に巻き込まれないように階段を駆け下りる。振り返ると通路が完全に塞がっているのが確認できた。けれど今は都合がかった。これであの幽霊から逃げられる。襲撃者たちのことを、あの幽霊のことを指揮官に報告しなければいけない、そう思って駆け出すと、廊下の先に青い髪の女性が立っているのが見えた。


 身体の線がハッキリと出るスキンスーツにカーゴパンツという格好の女性は、白地に金の装飾が施された義手を装着していた。教祖さまの部隊に所属している戦闘員なのかとも考えたが、青い髪の人間なんて忘れるはずがない。あの女も襲撃者のひとりだ。


 立ち止まってアサルトライフルを構える。女性はすでに突進してきていたが、その手に武器は握られていない。私の勝ちだ。そう思って引き金に指をかけたときだった。女性の義手から飛び出した刃が胸に突き刺さるのが見えた。


 油断した、これは仕込み刃だ。鋭い刃が引き抜かれると、無様ぶざまに後退り、そしてライフルを取り落としてしまう。と、足の力が抜けて前のめりに倒れてしまう。立ち上がろうとして手を動かすが、すでに手足の感覚はなく、背中にしびれを感じる。胸も苦しくなり、ひどい吐き気に襲われる。


 頭を動かすと、離れていく青い髪の女性が見えた。助けを求めようと口を動かすが、声が出なかった。そうか、私はここで死ぬんだ……。

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