第61話 混乱(ケンジ)


 ハクとベティが偵察ユニットを確保しているころ、戦術ネットワークを介して作戦に参加していたペパーミントは、敵戦闘員の通信を傍受しながら戦闘の支援を続けていた。


 拠点内にいる戦闘員たちの通信をチェックしたところでは、どうやら武装勢力側の指揮命令系統は壊滅状態にあり、混乱を極めているようだった。


『武装勢力は私たちが大軍勢で攻めてきているって勘違いしてるみたい』と、ペパーミントは言う。『一部の戦闘員は完全にパニックになっていて、私たちが人擬きや変異体すら武器として使っているって指揮官に報告してる』


「イカれた連中の考えそうなことだ」

 ケンジは引き金を引きながら言う。狙撃銃から発射された弾丸は、拠点を囲むように散乱する瓦礫がれきを乗り越えようとしていた人擬きの頭部に命中して血煙を立てる。


「このまま一気に敵拠点を叩けると思うか?」

 ペパーミントはしばらく考えたあと、ケンジの質問に答えた。


『まだ油断することはできないけど、どの部隊も着実に成果をあげている。とくに姉妹たちの迫撃砲が戦術的に有効で、想定していたよりも効果を発揮しているみたい』


「連中の戦意を削ぐには充分すぎる攻撃だったか」

『ええ……待って、人擬きの侵入を確認した』


 人擬きの位置情報を受信すると、ケンジは銃身を動かし射撃統制装置を使って目標に照準を合わせる。そして表示されたターゲットマークにレティクルを重ねて引き金を引いた。


『ダウン、標的の無力化を確認』ペパーミントは敵拠点上空を飛んでいた複数の偵察ドローンから受信する情報を精査しながら言う。『戦闘音で集まってきた人擬きも、ほとんど処理できたみたい』


 ペパーミントの支援に感謝して通信を終えると、ケンジは弾倉を交換しながら考える。自分たちには勢いがあるのを感じていた。そして戦闘にはある種のリズムが存在し、武装勢力がこの流れを変えることが困難で、いずれ拠点を放棄して後退を余儀なくされることも分かっていた。


 けれどペパーミントが言ったように、ここで油断するわけにはいかなかった。敵は戦略的に動いているようには見えず、場当たり的な行動が多く見られた。実際、彼らは拠点で襲撃を受けている仲間の掩護に向かわず、廃墟に立てこもりながらビーが操縦するヴィードルに向かって機関銃を出鱈目でたらめに撃ち込んでいた。


 ケンジは銃座についていた戦闘員に照準を合わせると、彼の頭部を吹き飛ばし、それから横転したヴィードルの陰に隠れていた女性に照準を合わせる。


 ロケットランチャーをかついでいた女性は、ケンジが潜んでいた廃墟に攻撃しようとしていた。銃弾は彼女に致命傷を与えたが、わずかな差で撃ち込まれたロケット弾は廃墟に着弾し、コンクリートの破片を撒き散らした。


 紙一重のところでロケット弾の直撃を逃れたケンジは、すぐに周囲の状況を確認して、彼のことを狙っている敵がいないか探した。


「敵はいないみたいだな……。ビー、ベティは大丈夫か?」

 ケンジが質問すると、イヤホンから妙に生真面目きまじめな女性の声が聞こえる。


『ハクさまと一緒に行動していたので、問題ないかと』

「ハクはレイラと一緒にいるはずだろ?」


『いいえ、ベティと一緒に行動しています。彼女は旧文明の遺物を見つけたとかで、嬉しそうにアネモネさまに自慢していましたよ』


 ケンジは眉を寄せると、敵拠点の反対側に面した幹線道路が見える場所までかがんだ状態で移動する。そして単眼鏡を取り出して監視を始めた。


「遺物を見つけた? ベティは姉さんの支援をする予定だっただろ」

『予定を変更したみたいです』

 ケンジは溜息をつくと、視線の先に映る人影に注意を向けた。


「どうやらイーサンの情報は間違っていなかったようだな」

 六百メートルほど離れた距離にいる集団は、廃墟の街で行商人やスカベンジャーたちを襲って捕まえていた武装勢力の実動部隊だった。その部隊が人間狩りに出ている間を狙って、我々は敵拠点を襲撃したとういうわけだ。


「連中、狩りは成功しなかったみたいだな」

 上空のカラスから受信した俯瞰映像を確認したケンジは、そこに一般人が含まれていないことに気がついた。


『それに戦力の損耗が確認できます』ビーが一言付け加える。

 情報によると狩りは数日かけて行われる。彼らの足取りは重く負傷者の姿も確認できた。


「変異体に襲われたのかもしれないな……いずれにしろ、あの部隊を潰す絶好の機会だ。ビー、すぐに迎えに来てくれ」

『了解』


 ケンジが空になった弾倉を拾い集めてバックパックに放り込んでいると、敵拠点から轟音が聞こえ、建物の一部が崩壊するのが見えた。


「レイラだな」

 驚くことなく冷静に言ったケンジに、どうして分かったのかとビーが質問する。

「こんな出鱈目なことができるのは奴だけだ」


『……それもそうですね』と、しばらく考えたあとでビーは同意した。


 青い装甲を持つ軍用ヴィードルがやってくると、ケンジはコクピットに乗り込んで目標をモニターに表示して状況を確認する。


「連中は拠点が襲われていることは知っているんだよな?」

『はい。通信の傍受は可能でも、通信を遮断する術は私たちにはないので、救援要請は受け取っているはずです』


「連中が慌てているようには見えないな」

『それだけ消耗しているのかもしれません』

「それなら、さっさと片付けよう」


 ヴィードルを走らせ集団の側面から接近する。どこで手に入れたのか、武装集団は錆びついた装甲に覆われた大型ヴィードルで周囲を固めていた。襲撃に警戒しているのだろう。


「ビー、敵戦闘車両を先に叩く」

『了解、攻撃を開始します』


 モジュール装甲が変形して収納されていたロケットポットが出現すると、標的に向かって無数の超小型ロケット弾を発射した。煙の尾を引きながら飛翔するロケット弾は、標的に次々と命中し廃墟の街に炸裂音をとどろかせた。


 現場近くに到着すると、戦闘員が廃墟に逃げ込んでいるのが見えた。けれど全員が無事だったというわけではなかった。爆発した車両の近くにいた戦闘員が火だるまになって、こちらに向かってフラフラと歩いてくるのが見えると、ケンジは容赦なく銃弾を撃ち込んで殺した。


 すると廃墟から無数の銃弾が飛んでくる。そのほとんどはヴィードルが生成するシールドで無力化できたが、敵は強力な兵器を所持しているかもしれないので安心することはできない。


「ビー、敵の位置を教えてくれ!」

 コンソールに接続されていた偵察ユニットはチカチカとカメラアイを発光させる。


『動体センサーとカラスから受信する情報をもとに敵の位置を割り出します。それまで持ち堪えてください』

「言われなくても――」


 ケンジはたくみにヴィードルを操り飛び交う銃弾を避けると、ロケットランチャーをかついでいた戦闘員を優先的に殺していった。


 黒煙を噴き出し燃え上がるヴィードルの向こうからロケット弾が飛んでくるのが見えると、ヴィードルの脚先に重力場を生成して建物に張り付いて攻撃をけて、その勢いのまま戦闘員に飛びかかり圧し潰すようにして殺す。


『準備ができました。これより攻撃を開始します』

 ビーの言葉のあと、無数の小型ロケットが発射される。別々の方向に飛んでいったロケット弾は廃墟に吸い込まれるようにして視界から消え、次の瞬間には草木を揺らすほどの炸裂音が轟いた。


 ケンジは安全な場所まで移動すると、全天周囲モニターに表示される索敵情報を確認しながら言う。


「終わったのか?」

『はい。敵の殲滅を確認しました』


 ケンジはキャノピーを開くと、チェストリグから潰れたタバコの箱を取り出す。

『なにをしているのですか?』

 ビーの嫌味たらしい質問にケンジは肩をすくめて、それからタバコを口に咥えた。


「見れば分かるだろ、一服するんだよ」

『アネモネさまの掩護はしないのですか?』


「敵の増援は始末した。あとは姉さんたちに任せても大丈夫だろう」

 ケンジはそう言うと、空に向かってタバコの煙を吐き出した。

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