第58話 罠(ベティ)


 五〇口径機関銃の重々しい発射音と、迫撃砲の炸裂音が周辺一帯の高層建築物に反響するなか、武装勢力は予期していなかった攻撃にさらされ続けることになった。ユイナが指揮する姉妹たちの部隊は迫撃砲による攻撃を断続的に続け、拠点周辺の警備を行っていた多くの戦闘員を倒壊した建築物の側に釘付けにしてくれた。


 武装勢力は予期しない攻撃に混乱し、小銃を出鱈目でたらめに乱射しては遮蔽物として利用していた瓦礫がれきや建物に身を潜めた。集団のなかには迫撃砲による攻撃を意に介さず、こちらに向かって攻撃してくる者もいた。


 迫撃砲による轟音と共に粉塵が立ち昇る混乱のなか、無傷で逃げる者もいれば、負傷してその場から動けなくなる者の姿も多く確認できた。


 ミスズとユウナが率いるヴィードル部隊が敵拠点に突入するころには、武装勢力の大半は戦意を喪失し、いかにしてこの戦闘を生き延びるのかを考えるのに必死で、反撃する余裕がないように見えた。しかし火力に優れた部隊によって優勢になったとしても、気を抜くことはできない。


 アサルトライフルを背中に吊るし、ロケットランチャーを肩にかついだ集団が建物内から出てくると、彼らはヴィードル部隊の背後に回り込もうとする動きを見せた。腰だめに小銃を構える銃を乱射する集団にミスズはすぐに反応して、躊躇ためらうことなく重機関銃による掃射を行う。


 バタバタと倒れていく戦闘員の背後から、敵勢力のヴィードルが姿を見せる。そこにレイラがやってきて、旧文明の兵器を使って敵の車両を粉砕する。レイラは一度しか引き金を引かなかったが、彼が持つ小さなハンドガンは、敵車両を破壊するのに充分すぎるほどの攻撃力をもっていた。


 敵勢力のヴィードルは、建設作業用に使用されていた車両を整備して、錆びついた鉄板等で装甲を補強した車両だったが、銃弾の衝撃で部品を撒き散らしながら走り壁に衝突して炎上した。


 レイラは敵車両を破壊すると、ヤトの戦士であるヌゥモ・ヴェイとナミを連れて敵拠点に侵入していった。武装勢力はロケットランチャーや小火器で応戦するが、もはや状況を打開するのは困難だった。奇襲を生き延びた戦闘員は拠点内の部隊と合流すると、拠点の防衛に専念することにしたようだった。


 ヴィードルに搭載していた重機関銃の殺傷力は恐るべきものだった。しかし旧文明の鋼材を含む壁は貫通できなかった。武装勢力はそれを知っているのだ。


 だからこそ彼らはわき目もふらず、蜘蛛の子を散らすように拠点内に逃げ込んだのだ。それでも迫撃砲による攻撃は続けられることになったが、敵に恐怖を与え、拠点内にとどめておくことが目的になった。


 ケンジは狙撃に適した場所を見つけると、ヴィードルから飛び降りて目的の場所に向かう。廃墟は薄暗く、人の話し声が廊下に響いていた。彼は声が聞こえる部屋に向かって歩いていく。


 すると小銃を持った三人組と鉢合わせになってしまう。先頭にいた男は立ち止まると、こちらにじっと視線を向ける。薄暗い所為せいで仲間なのか判断できなかったのだろう。


 ケンジはすかさず腰のホルスターからハンドガンを抜くと、戦闘員の顔を目がけて発砲した。男が前のめりに倒れると、彼の後方に立っていた二人がライフルを構えるのが見えた。


 ケンジは躊躇ためらうことなく引き金を引き、射線から逃れるように柱の陰に身を隠す。ひとりは仕留めたが、もうひとりは足をりながら逃げていく。


 仲間を呼ばれたら厄介なことになる。酔っ払いのような足取りでフラフラと逃げていく男の背中に銃弾を撃ち込み射殺すると、建物上階に向かう。


 所定の位置につくとケンジはライフルを構える。すると射撃統制装置と接続されたスマートグラスを介して、拡張現実で戦術データが風景に重なるように表示される。


 ケンジは敵拠点周辺に集まってきていた人擬きの姿を確認しながら小声で言った。

「狙撃位置についた」


『了解』アネモネの声がイヤホンから聞こえる。

『私たちは予定通り、このまま拠点内の制圧を開始する』


「わかった。掩護えんごは任せてくれ」

 通信を終えると、ケンジはボルトハンドルを操作して薬室に弾薬を送り込む。


 狙撃された人擬きの頭部が破裂するように吹き飛ぶのが見えると、ベティは建物の陰にヴィードルを移動させる。


「さてと……」

 彼女はライフルの弾倉を抜いて残弾を確かめると、ぬいぐるみリュックを手に取った。

「ビー、あとのことはお願いね」


『了解です!』

 ベティがコクピットから出て乗降ステップに足をかけると、偵察ユニットが飛んでくるのが見えた。ひし形の飛行物体は、そのままコクピット内に入り込んでコンソールに向かってフラットケーブルを伸ばした。


『接続完了。アネモネさまの支援に向かいます』


 走り去っていくヴィードルを見届けたあと、ベティはぬいぐるみリュックからタクティカルゴーグルを取り出し、しっかりと装着してレンズに戦術データを表示する。


 ヘルメットやゴーグルを装着するのはきらいだった。拡張現実に対応したコンタクトレンズが使えれば良かったのだが、戦場の粉塵ふんじんには細かい鉄屑やガラス、それにコンクリート片が含まれていて角膜を傷つける危険性があった。だからゴーグルは必需品だった。


「でもかわいくないな……」

 ベティが不満そうに頬を膨らませると、ハクの可愛らしい声が頭のなかで響いた。

『どこいく、ベティ』


 建物の外壁に張り付いていたハクがゆっくり近づいてくるのが見えると、ベティは思わず笑みを浮かべた。


「これから秘密をあばきに行くんだよ」

『ひみつ?』


「そう、イカれた連中が何をたくらんでいるのか確かめにいくんだよ。ハクも一緒にくる?」


『いく!』

 ハクは腹部を震わせると、地面をベシベシ叩いた。

「なら決まり。一緒に行こう」


 作戦の間、ハクはレイラと一緒に行動する予定になっていたが、人間離れした身体能力を持つレイラとヤトの戦士が組んでいるのだから、ハクがいなくても戦力に関して心配する必要はないだろうと彼女は考えた。


 ベティは砲弾の炸裂音と破片が振る音を聞きながら、ずっと気になっていた場所に向かう。しばらく無言で歩いているとユイナから連絡が来る。戦闘部隊から離れていくベティとハクの反応を確認して、心配になって連絡してきたようだ。敵拠点の上空には無数の偵察ドローンが飛んでいるので、すぐに情報が得られるのだろう。


「ハクが一緒だから心配しなくても大丈夫」

 ベティはそう言うと、ライフルのストックを肩にあて、広場の中心に銃口を向けた。しかし敵拠点を監視していたときに見かけた料理人の姿はなかった。


「敵が潜んでるかもしれない、ここからは慎重に移動しよう」

 ベティの言葉に白蜘蛛は腹部を振って反応する。

『ん。てき、さがす』


 ハクはそう言うと、ベティの側を離れて広場の中心に向かう。ひとり置いていかれたベティは、自分の背丈よりもずっと高い瓦礫がれきが散らばる広場を注意深く歩いた。敵拠点を囲むように建つ高層建築物に戦闘員が潜んでいないことは分かっていたが、迫撃砲による攻撃から逃げてきた集団が隠れているかもしれない。


 ボロ布の薄汚れたテントを見つけると、ベティは音を立てないように近付いた。大きなテントには数人の子供が隠れていた。


 男女の区別もできないほど痩せ細った幼い子供たちだ。ベティは子供たちに銃口を向けたまま、彼らが武器を所持していないか素早く確認する。それが終わると、引き金から指を外した。


「クリア、この子たちは武器を所持してない」

『くりあ。てき、ない』大鍋のなかを確認していたハクが片脚をあげながら言う。

 ベティはうなずくと、倒壊した建物に近づく。


 建物の壁際に並べられていたテーブルやイスの側に、薄汚れた不潔な男が立っているのが見えた。男はベティの姿を見つけると、驚いたように動きを止める。が、次の瞬間にはテーブルに載っていた小銃を手に取ろうとする。


 ベティはすぐに反応して引き金に指をかけるが、射撃の必要はなかった。男が銃を取ろうとして伸ばした腕は、音もなく接近したハクの鉤爪によってストンと切断された。


 男はなにが起きているのか必死に理解しようとしていたが、結局なにが起きたのか理解できないまま死ぬことになった。ハクが脚を振ると、男の頭部がドスンと地面に落ちた。


「助かったよ、ハク」

 ベティは息を吐き出しながら言う。

「ちょっと油断した」


『ヤバい?』

「うん。かなりヤバかったね」


 ベティは肩をすくめると、上空のカラスから受信していた俯瞰映像で周辺一帯の安全を確認し、壁際に置かれた金属製の檻に近づく。その檻の中では無数の化け物がうごめいていた。


 しゃがみ込んで檻の中にいる生物の姿を観察しようとしていたときだった。建物内から空気をつんざくような破裂音がして、ガラスのない窓から勢いよく砂煙が噴き出すのが見えた。敵の攻撃を警戒して身構えたが、砂まみれになったハクが建物から出てくるとベティは銃口を下げた。


『ばくはつ、ヤバかった』ハクは幼い子供特有の無邪気な声で笑った。

 どうやら侵入者を撃退するための罠にかかってしまったようだ。ベティはハクが怪我をしていないか確認し、無傷だと分かると大きな溜息をついた。

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