第56話 食料(ベティ)
ヴィードルの機動性と圧倒的な攻撃力を活かした戦闘で襲撃者を殲滅したあと、マニピュレーターアームを使って目的のパワードスーツを運び廃墟に隠した。ベティは他の物資も回収しようと考えていたが、戦闘音や血の臭いを嗅ぎ付けた変異体が集まってくる前に、素早くその場から移動する必要があったので諦めるしかなかった。
ケンジがヴィードルの後席に座り、各種電子装置を装着したカービンライフルの簡単な整備を行っていると、ヴィードルを巧みに操縦していたベティが口を開く。
「せっかく手に入れたのに、あんな場所に放っておいて
「パワードスーツのことなら問題ないだろう」彼は手を動かしながら言う。「カグヤに頼んで生体認証で動くようにシステムを変更してもらったから、レイダーたちに見つかっても奪われる心配はない。それに無機物だから変異体に破壊されることもない」
「でもさ、錆びた
大型犬ほどの体長を持つ毛むくじゃらの生物の姿を思い浮かべると、ケンジは顔をしかめる。
「あのあたりには生息してないから大丈夫だろう」
ケンジはそう言うと、アサルトベストの脇にカラビナで固定していたユーティリティポーチから情報端末を取り出して現在地を確認する。
「あれを回収するときは、ウミに手伝ってもらうの?」
「ああ。大型ヴィードルの〈ウェンディゴ〉なら余裕で回収できるだろう」
「ウミも今回の作戦に参加してくれたら良かったのにね」
「そうだな」ケンジは端末をしまいながら言う。
「けど、ヤトの戦士たちだけに拠点の警備を任せるわけにはいかないからな」
「そう言えばさ、今回の作戦にはヤトの戦士も参加するんだよね」
「ふたりだけだけどな」ケンジは動体センサーから得られる情報を確認したあと、さきほどの戦闘で狙撃に使用したライフルを手に取る。
「ふたり?」
「レイラの話を聞いていなかったのか?」
「だってハクが遊びたいって――」
ベティの言い訳を聞いてケンジは溜息をつく。
「重要なことを話しているときくらい、遊んでないで真面目に話を聞くようにしてくれ。それにハクは子供みたいなものだ。一緒にいるお前がそんな調子だと、悪い影響を与えることになる」
「わかってるよ」と、彼女は不貞腐れる。
「やれやれ」
ケンジはライフルに装着された照準補助機能を備えた照準器の電源を入れて、問題なく動作するのか確認する。
弾道計測器に可変倍率器、それにレーザー測距計の機能を含んだ小銃用射撃統制装置は、レイラたちと兵器工場に向かったさいに襲撃してきた傭兵たちから手に入れたライフルに装着されていたモノだった。
しかしカグヤを相棒とするレイラには必要のないモノだったのか、仕事の報酬としてライフルも追加してくれていた。
アネモネたちは旧文明の貴重な遺物でもある対物ライフルを所持していたが、今回の作戦で相手するのは恐ろしい変異体や守護者と呼ばれる人造人間でもなかったので、通常の狙撃用ライフルを使用することにした。
対物ライフルは非常に強力な兵器だったが、専用の弾薬が不足していて、それを入手することも困難だったので使用することを
ケンジは座席後方にある専用の収納空間にライフルを立て掛けながら言う。
「作戦に参加するのは、ヌゥモとナミだ」
「ヤトの戦士たちのなかでも、特別優秀な二人を連れていくんだね」
「この世界には慣れていないみたいだが、戦闘能力に限っていえば非のうちどころがないからな」
「わたしより射撃が正確だしね」
「ベティは訓練をサボっているからだ」
彼女は肩をすくめると、全天周囲モニターに表示された警告に反応してコンソールを操作する。
「人擬きの群れだな」
モニターを確認したケンジは言う。
「姉さん、どうするんだ?」
拡大表示された映像には、道路上に放置された車列の間に
『待ってくれ、すぐに確認する』と、コクピット内のスピーカーからアネモネの声が聞こえる。彼女はミスズと相談したあと、あらたな移動経路を送ってきてくれた。
『戦闘は避ける。攻撃せずにそのままついてきてくれ』
「りょうかい」ベティは間延びした声で返事をすると、簡易地図に表示される矢印を頼りにヴィードルを進める。「人擬きを見つけた場所は記録しておく?」
『いや、人擬きのことはもうカグヤに伝えてあるから大丈夫だ』
「わかった」
昆虫型の変異体が多く徘徊する区画まで移動すると、枯れたツル植物に覆われた旧文明期以前の廃墟が見えてくる。個人病院として使われていたのか、しっかりした造りの建物で、壁には大きな亀裂が確認できたが経年劣化ですぐに倒壊してしまうような気配はなかった。
その建物の周囲には〈姉妹たちのゆりかご〉から派遣された部隊が展開していて、これから行われる大規模な攻撃の準備を行っていることが確認できた。
姉妹たちを指揮しているユイナとユウナの姿を見つけると、ミスズたちは簡単な挨拶を済ませ、さっそく攻撃について話し合うことになった。
ベティはしばらく我慢して話を聞いていたが、しだいに眠くなって、とうとう話し合いの場から抜け出してしまう。廃墟は静まり返っていて不気味だったが、すでに姉妹たちによって対処されていたのか、人擬きの姿は確認できなかった。
建物の屋上に向かうと、偵察ドローンを使って敵拠点を監視していた姉妹たちと情報を共有して、端末に送られてきた映像を確認する。
武装集団は倒壊した旧文明期の建物を利用していて、拠点の周囲には壁のように大小さまざまな
「想像していたより、ずっと兵隊の数が多いでしょ?」
姉妹のひとりがベティに言う。
「うん。どこにでもいる普通のレイダーギャングだと思ってたけど、お金や食べ物には不自由してないみたいだね」
拠点周辺を警備している戦闘員だけでも二十人を軽く超えている。拠点内には、その倍の数の戦闘員が控えているのだろう。そう考えると、それだけの数の人間を満足させられるだけの食料や物資を確保できるだけの組織力があることが分かる。
「謎の宗教団体みたいだし、やっぱり信者からお金を巻き上げてるのかな?」
ベティの冗談めいた言葉に姉妹のひとりはクスクスと笑う。
「あの集団が食料に困らないのは、あれがあるからだよ」
映像が切り替わると、金属製の檻に入れられた無数の変異体の姿が見えた。その赤子のような醜い化け物には見覚えがあった。
「……もしかして人擬きを食べてるの?」
ベティが眉を寄せると、姉妹は別の映像を見せてくれた。
「数日前から監視を続けてるけど、彼らは喜んであれを口にしてたよ」
映像には小型の変異体が檻から出され、広場で肉を焼いていた男性のもとに連れていかれる様子が確認できた。
人擬きの返り血なのか、赤黒い体液でエプロンを濡らした不潔な男性は、小型の――それでも人間の原形をとどめている赤子のような人擬きをまな板に載せると、手にした肉切り包丁で手際よく解体し、切断した手足や臓器を鍋に放り込んでいくのが確認できた。
これから自分たちが攻撃することになる組織が、どれほど狂った集団なのか理解すると、ベティは空を仰いで大きな溜息をついた。鍋のなかでは切断された手足がぴくぴくと動き続けていた。
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