第55話 不運(ケンジ)


 正体不明の変異体を信仰する武装集団の情報を手に入れると、アネモネたちは〈姉妹たちのゆりかご〉や、レイラに協力を仰ぎ、危険な組織を壊滅させるための行動に移る。


 前回の襲撃と異なり、今回は武装集団の本拠点を攻撃することになるので、ゆりかごから派遣される姉妹たちの戦闘部隊に加え、レイラとハク、それにヤトの戦士も攻撃に参加することになった。


 ちなみに姉妹たちが積極的に支援してくれるのは、今回の作戦で得られるかもしれない人擬きに関する情報を報酬として提示したからだった。もしもペパーミントが人擬きに対処できる兵器を製造できたときには、彼女たちにも兵器が提供されることになる。


 アネモネたちは現在、ユイナとユウナが指揮する部隊と合流するため、敵拠点の近くにある集合場所へと向かっていた。レイラとハクも別行動をとっていて、どこにいるのか分からなかったが、集合場所で会うことになっていたので心配はしていなかった。


 道路沿いの建物の外壁には亀裂きれつが入っていて、梅紫色のツル植物に覆われていた。その植物には得体の知れない昆虫が張り付いていて、威嚇するように鞘翅しょうしを広げる。


 高層建築物によって日の光がさえぎられ、暗くジメついた日陰をつくりだす。その薄闇のなかに、まるでほたるのように淡い光が浮かび上がるのが見えた。


 放置車両と背の高い雑草が生い茂る視界の悪い道路、その前方数十メートルのところに人影が見えると、アネモネはミスズに声を掛け、先行する偵察ユニットから受信していた映像を素早く確認する。


「姉さん、敵か?」

 ケンジは足元にタバコを捨てると、梯子式の乗降ステップを使って多脚車両に乗り込む。青いモジュール装甲に覆われた複座式のヴィードルには、すでにベティが乗っていて、いつでも戦闘に移行できるように射撃管制システムを操作していた。


「少数ですが、武装した人間の姿を確認しました」と、レイラが所有する軍用規格のヴィードルに搭乗していたミスズが情報を確認しながら言う。「パワードスーツを装着した人もいますが、大半は薄手の長袖シャツにカーゴパンツを着た軽装の集団ですね。旧式のアサルトライフルとロケットランチャーで武装しています」


「レイダーギャングにも見えるけど、行商人を護衛する傭兵の可能性もあるな」と、後席に座っていたアネモネが言う。


 ビーから受信した映像には、安価で扱いやすい携帯式無反動砲を担いだ野暮ったい男たちの姿が映し出されていた。


「この場所にとどまって、連中が通り過ぎるのを待つのか?」

 ケンジの質問にミスズはうなずく。

「でも戦闘の準備はしておきましょう」


 旧文明の鋼材を含む構造物に隠れるようにヴィードルを動かすが、ベティが操縦する青いヴィードルは道路の中央に止まったまま動こうとしない。


『ベティ、どうしたんだ?』 

 車内に聞こえるアネモネの声に反応するように、ベティは頭を振る。

「急に動かなくなった」


「なにをしたんだ?」と、後席に座っていたケンジは身を乗り出すようにしてディスプレイをのぞき込んだ。「脚部で問題が発生しているみたいだな」


「字が読めるの!?」

 ベティが驚いたように振り向くと、ケンジは鼻を鳴らす。

「そんなことより、そいつをどうにかしないとマズいことになる」


「私が確認します」

 ミスズはヴィードルのシステムに接続しながら言う。

「わかるのか?」


 アネモネの問いに彼女はうなずくと、ディスプレイに表示されたログを確認する。

「コンピュータが脚部の制御ソフトを認識できていないみたいです」


「直せるのか?」

「古いドライバが悪さをしているだけなので、とくに問題はないと思います」


 ミスズはコンソールに備えつけられたキーボードをつかって、素早くシステムの調整を行う。コンソールからは縮尺されたヴィードルのホログラムが投影されていたが、問題が発生している脚部は赤色で表示され明滅していた。


 それが突然、通常の状態で表示されるようになる。ヴィードルのメインコンピュータが脚部のデバイスを認識したのだ。


『もう大丈夫だと思います。脚を動かしてみてください』

 ミスズの声が聞こえると、ベティは足元のペダルを踏みこむ。

「おぉ、こいつ動くぞ!」


 ヴィードルが動くのを確認したベティは、さっそく建物の陰に車両を隠そうとしたが、運悪く排水溝から這い出てきていた人擬きの腕を踏みつけてしまう。その瞬間、人擬きは耳が痛くなるような甲高い悲鳴をあげる。それは建物に反響して、周辺一帯に響き渡る。


 わずらわしい警告音が鳴り響くと、ケンジはすぐに防弾キャノピーを閉じて攻撃に備える。次の瞬間には、ヴィードルが生成するシールドの膜に銃弾が命中して青い波紋を立てる。


「やっぱり敵だったんだ!」

 前方から煙の尾を引いて飛んでくるロケット弾を避けると、ベティは人擬きの頭部を踏み潰し、敵を攻撃できる位置まで車両を移動させる。


「ツイてないな」

 ケンジは舌打ちすると、集団に向かって制圧射撃を行う。その間にミスズとアネモネが搭乗するヴィードルは集団の側面に向かって移動する。


 ビーが指定した場所まで向かうと、ケンジたちを攻撃している集団の姿がハッキリと確認できるようになった。


 アネモネが操縦桿を握るのに合わせて攻撃システムが立ちあがり、全天周囲モニターに標的の姿が拡大表示される。彼女は躊躇ためらうことなく重機関銃による攻撃を開始した。


 油断して遮蔽物の陰にとどまっていた集団は、側面から銃弾を受けると、身体を破壊され――言葉そのままに手足が吹き飛び、バラバラになり血煙が立ち上がる。近くに潜んでいた襲撃者はヴィードルの存在に気がつくと、すぐにロケットランチャーを構え、ミスズたちに向かってロケット弾を発射する。


 しかしあわてていたのか、襲撃者は後方確認をおこたってしまう。後方噴射による爆風を受けた襲撃者の仲間は吹き飛び、内臓やら肉片を撒き散らしながら死んでいった。


 ミスズは車両前方にシールドを集中させ攻撃を防いでみせると、爆発の衝撃によって巻き上がる白煙から姿をあらわし、襲撃者たちを容赦なく蹂躙じゅうりんしていく。


 そこにパワードスーツの襲撃者があらわれ、アームに装着した機関銃による攻撃を始める。ベルト給弾式の機関銃からは数百発の弾丸が撃ち出され、ミスズは攻撃をけることだけで手一杯になってしまう。


 ベティはミスズを掩護しようとしてパワードスーツに重機関銃の照準を合わせる。

「待ってくれ。あいつはこれで仕留める」

 ケンジは狙撃銃を手に取ると、素早く周囲の安全を確認し、キャノピーを開いて直接射撃を行った。


 攻撃のために立ち止まっていたことが襲撃者の不運だった。銃弾は装甲とフレームの隙間を通過して見事命中した。鎖骨を砕かれ致命傷を負った襲撃者の動きが止まると、煩わしかった機関銃の発射音も聞こえなくなる。


「もういいぞ、好きにやってくれ」

 キャノピーが閉じて全天周囲モニターに周囲の景色が表示されると、ベティは襲撃者たちに攻撃を続けながらケンジにたずねた。


「どうしてわざわざ狙撃なんてしたの?」

「拠点で旧文明の重装甲戦闘服を整備してるだろ?」


「うん……?」ベティは首をかしげる。「あぁ、ハクが見つけたパワードスーツのことか。そう言えば、ウミと一緒に夜遅くまで整備してたね」


「ああ」

「それがどうしたの?」


「あれを万全な状態で動かすために、どうしても手に入れたい部品があったんだ」

「で?」

「あのパワードスーツを無傷で入手できれば、その部品を確保できるかもしれないだろ?」


 話を理解したベティは、別のパワードスーツに照準を合わせる。

「なら、あいつも攻撃しちゃダメ?」


 フレームが剥き出しのパワードスーツには装甲がなく、代りに錆びた金属板が溶接されていた。適切な整備が行われていないのか動きも不自然だった。


「いや、あれは破壊していいぞ」

「了解!」

 ベティはペダルを踏みこむと、襲撃者たちに向かって突撃した。

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