第54話 象徴(ペパーミント)
旧文明期以前の廃墟が連なる荒れ果てた通りに設けられた射撃訓練場では、旧式だが信頼性の高いアサルトライフルで射撃訓練を行うヤトの戦士たちの姿が見られた。
その射撃場の側に設置された詰所で、なにをするでもなく暇を持て余していたベティは、射撃訓練に勤しむ戦士たちから視線を外すと、ケンジが手にしていたタブレッド型端末を覗き込む。
「ねぇ、さっきから何を見てるの?」
ケンジはちらりと視線を上げると、彼女に端末を差し出す。
「
ベティは手慰みにしていた〈メタ・シュガー〉の吸入器をぬいぐるみリュックに放り込むと、端末を受け取って人擬きの画像を確認する。
「……苗床って、この間の化け物のことだよね」
「ああ、その化け物のことだ」と、ケンジはタバコに火をつけながら言う。
複数の角度で撮影されていた苗床の画像を確認したベティは顔をしかめる。気色悪い生物の体内でつくられている出来損ないの生物は、何度見ても嫌な気分になるものだった。
「これの何を調べてたの?」と彼女は
「そいつに似たモノを略奪者たちの拠点で見たのを覚えてるか?」
「うん?」彼女は首をかしげる。
「姉妹たちのゆりかごの依頼で、武装集団の拠点を潰しただろ」
ケンジはそう言うと、端末を操作して目的の画像を表示する。
「これって、敵の拠点で
端末のディスプレイに表示されたのは、腹部を縦に切り裂かれた状態で鉄骨に磔にされた女性の姿だった。彼女の足元には内臓が無造作に捨てられていて、代りに腹部に詰め込まれていたのは、頭部と性器を切り取られた赤子の死体だった。
「苗床に似てる……のかな?」
ベティが眉を寄せて画像を眺めていると、ビーが操作する偵察ユニットが飛んでくる。
『ペパーミントから連絡が来ましたよ。すぐに通信をつなげます?』
「つなげてくれ」と、ケンジは煙を吐き出しながら言う。
小型偵察ユニットはタバコの煙を避けるように飛ぶと、カメラアイをチカチカ発光させた。すると装甲の一部が動いて、機体内に収納されていたホログラム投影機の小さなレンズが突き出すようにあらわれる。そのレンズから光が照射されると、立体的に再現されたペパーミントの姿が等身大で投影される。
ペパーミントは、廃墟の街で暮らす人々から〈守護者〉と呼ばれる〈人造人間〉だったが、彼女の姿は――人間離れした身体能力や、ある種の完成された美しさという一部の例外を除いて、人間のそれとほとんど変わらなかった。
透き通るような肌に、絹糸のように艶のある黒髪、そして
ホログラムで再現されたペパーミントは、ビジネススーツの
それから簡単な挨拶を済ませると、彼女はなんでもないことのように言った。
『レイラの姿が見えないけど、今日は一緒じゃないの?』
「レイならジャンクタウンに行ったよ」
ベティがニコニコしながら答える。
「イーサンと大事な話があるって言って、ハクを連れて朝早くから出掛けた」
『そう』彼女は唇を尖らせる。
「レイに用事があったの?」
『ううん。それより、苗床についてだけど――』
「何か分かったのか?」
ケンジの言葉に彼女は頭を横に振った。
『残念だけど情報が少なすぎる。苗床のサンプルがあれば、ある程度の生態や性質を理解することができるかもしれないけど』
「サンプル?」
『生きた苗床、あるいは死骸の一部』
「そいつは難しいな……」
「うん。難しい」と、ベティもうなずく。
「人擬きはどこにでもいるけど、苗床は滅多に見ないんだ」
「苗床は人間が近寄ることもできないような、ひどく危険な廃墟に潜んでいるからな……」
ケンジは天井に向かって煙を吐き出すと、錆びついたバケツにタバコの灰を落とす。
『その武装集団の周辺を探ってみたら?』と、ペパーミントが言う。
「どの集団?」
『それ』
彼女はベティが手にしていた端末を指差した。すると苗床のグロテスクな姿を映した画像と、磔にされた女性の画像が空中に並んで投影される。
『これは私の勝手な憶測でしかないけど』とペパーミントは続ける。『その組織と苗床は関係があるんじゃないのかな』
ベティは手にしていた端末をテーブルに置くと、ぬいぐるみリュックから水筒を取り出して、甘い飲料水を喉に流し込む。
「どうしてそう思うの?」
『ベティが敵拠点で手に入れた端末の情報を解析してほしいって、私に頼んだことは覚えてる?』
「うん。覚えてる」
『磔にされていた女性は、彼らが
「なにかの象徴だとは思っていたけど」と、ケンジは鼻を鳴らす。
「あの連中は相当いかれていたみたいだな」
ペパーミントは肩をすくめると、磔にされた女性の画像を見ながら言う。
『お腹に詰め込まれた赤子は、宗教的な意味合いを持つモノなんだって考えていたの……たとえば生まれ変わりや、来世に対する願い、あるいは純粋に命を象徴するモノとして。カルトに傾倒したシリアルキラーが考えそうなことでしょ? でも苗床の姿を見て、単純に彼らが崇めていた生物の姿を模倣しているだけなのかもしれないって思うようになった』
「つまり、やつらが崇めていた変異体っていうのは、廃墟のどこかにいる苗床だって言いたいのか?」と、ケンジが
『ええ』彼女はうなずいた。『もちろん、これはひとつの可能性として考えられることで、ほかにも異常な化け物がいて、その姿を
「いや」ケンジは踏み潰したタバコをバケツに放り込みながら言う。
「あながち間違いでもないんじゃないのか」
「どうしてそう思うの?」と、まだ話を理解できていないベティが言う。
「奴らに捕まった人間のほとんどが殺されて、その変異体の餌にされていたって情報が残っていただろ?」
「だから?」
「苗床は通常の人擬きと違って、自由に動き回ることはできない」
ベティは不機嫌そうに頬を膨らませたあと、急に笑顔になった。
「苗床は武装集団に飼われていたんだね。でも、どうしてそんなことをするの?」
「飼っていたんじゃない、自分たちが崇める対象として……つまり神さまとして世話をしていたんだ。理由はわからないけどな」
「ふぅん」ベティは手にしたライターに灯る小さな火をぼんやり見ながら言う。
「それならさ、本当に苗床が神さまなのか調べてみようよ」
「なんのために?」と、ケンジは
「略奪者の組織を潰せば戦利品が手に入るし、そのサンプル? とかいうのを回収できるかもしれないでしょ」
「たしかに苗床の情報は欲しいけど……」
「そのサンプルがあったら、なにがわかるの?」
ベティの質問にペパーミントは腕を組んで、あれこれと考える。
『そうね……人擬きを生み出すことのできる苗床の生体情報を手に入れられたら、たとえば人擬きを無力化するだけじゃなくて、完全に殺せるようになる兵器を工場で製造できるようになるかもしれない』
「それが本当にできるのなら、やる価値はあるな」ケンジは言う。
「お姉さまとレイに相談してみようよ」ベティは急かすように言う。
「そうだな。それに協力者が必要だ」
「協力者……ユイナとユウナのこと?」
「ああ、姉妹たちもあの組織について調べていたからな、連中の足取りを追えるかもしれない」
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