第52話 探索(ベティ)


 正体不明の武装集団に遭遇してから数日、拠点付近の探索を行っていたアネモネたちは、今もなお電気が供給され続けている地下街の入り口を偶然見つける。危険な略奪者や組織化された武装集団に占拠されているかもしれないと考えたアネモネは、カグヤと連絡を取り現在地を伝えると、さっそく地下街の偵察任務を行うことにした。


 泥や雑草に半ば埋もれたエスカレーターを使って地下に向かい、地上の光が届かない空間に到着した。すると動体センサーによってアネモネたちの動きが検知されたのか、広大な地下空間に次々と照明が灯っていくのが見えた。


「人の気配はないが、人擬きが潜んでいる可能性はあるな」

 アネモネはケンジの言葉にうなずくと、ビーが操作する偵察ユニットに指示を出した。


「先行して周囲の偵察をしてきてくれ」

『承知しました!』


 ビーが明るい声で返事をすると、おさなく可愛らしい声がそれに続いた。

『しょうち、した!』


「待って!」ベティは慌てながら〈深淵の娘〉の脚に抱きつく。

「ハクはわたしと一緒に行動するって約束したでしょ」


 ハクはじっとベティを見つめたあと、ごしごしとしょくをこすり合わせる。


『そうだった。ちょっと、わすれてた』

 都合が悪いときだけ物忘れをしてしまうハクに溜息をつくと、ベティは白蜘蛛を連れて地下街の探索を行う。


 アネモネとケンジも警戒しながら周囲の探索を始めるが、天井が崩落していた所為せいで通路が瓦礫がれきに塞がれてしまっている場所も多く、広大な地下街のすべてを探索することは困難に思えた。


 しかし数日前に発見した重装甲戦闘服のように、誰にも知られず完全な状態で残されている兵器が存在している可能性は充分にあったので、危険を承知で探索を続ける意味はあると考えていた。


 ビーから受信する情報を確認していたベティは、拡張現実で表示される大量の広告映像にウンザリしてスマートグラスを外し、静かな店内に視線を向ける。


 砂やほこりをかぶった金属製の棚が照明の青白い光に照らされ薄闇に浮かび上がる。派手な広告によって紹介されていた数々の製品は、すでに大昔の人々に持ち去られているみたいだったが、人間が生活していた痕跡はあちこちで確認することができた。


『ベティ、みつけた』

 ハクの声に反応して彼女は薄闇に照明装置を向ける。

「なにを見つけたの?」


『ほね』

 天井から崩落していたパネルを退けたのだろう、ハクが触肢の先でトントンと叩く地面には、ボロ切れをまとった人間の骸骨が横たわっていた。その骨は両腕に薄汚れたリュックを抱えていた。


「中身は無事かな?」

 ベティはその場にしゃがみ込むと、丁寧に骨を退かしてリュックを手に取る。ファスナーが錆びついていて動かなかったので、ナイフを使って強引に開く必要があった。


「錆びたハンドガンと予備弾倉、それに戦闘糧食と……これは情報端末かな?」

 膨張して破裂した空の缶詰を退けると、タブレット型端末を手に取る。地下街に電気が供給されていたからなのか、手に取った瞬間、空間充電が始まって端末の電源が入る。


「端末は故障してないみたいだね」

『ヤバい?』と、ハクが端末のディスプレイを覗き込む。


「ううん、そこまでヤバいモノじゃないよ。でも端末はいい値段で売れるから、お手柄だよ」


『おてがら』

 ハクは腹部をカサカサ振ると、瓦礫によって圧し潰されていた棚の側に向かう。ベティは端末に保存されていた情報を確認しようとしたが、個人認証が必要だったので諦めて、ぬいぐるみリュックの中に入れる。カグヤなら操作できるだろうと考えたからだ。


 錆びたハンドガンと弾薬は売り物にならないが、レイラの拠点には〈リサイクルボックス〉という不思議なゴミ箱があり、使えないモノも資源として再利用できるようにしてくれるので、小さく折りたたんでいた合成繊維の薄い袋を取り出して、そのなかに適当に放り込んで持ち帰ることにした。


 瓦礫を引っ繰り返しながらジャンク品を探すハクのあとを追って、ベティは薄暗い通路を歩いた。周囲にはゴミが散乱していて、猫ほどの大きさのドブネズミが数匹徘徊しているのが確認できた。


 ベティはライフルのストックを肩にあてると、いつでも射撃を行えるように準備したが、ネズミはハクのことを怖がっているのが、彼女たちに近づくことはなかった。


 通路の先にも幾つかの店舗があるのが見えたが、商品はなく、代わりに最低限の生活を可能にする家具や故障した家電が置かれていた。ハクは汚れたソファーをまたいで、壁際に設置されていた木製のコンテナボックスを開いて中身を確認するが、どうやら何も入っていなかったようだ。


『なにもない』

 しょんぼりするハクを撫でたあと、ベティはテーブルに載っていたライフルを手に取る。狙撃用のライフルだったが、状態が悪くボルトハンドルを引くことすらできなかった。


『おたから?』

 ハクの言葉にベティは頭を振る。

「ううん。使い物にならないし、大きくて嵩張かさばるから持って帰ることもできない」


『ごみ?』

「うん。これはゴミだね」


 略奪者や武装集団が好んで使用する対戦車用の安価なロケットランチャーも幾つか確認できたが、使いモノにならないと判断して放置することにした。


『ベティ、ビーが人擬きの反応を複数捉えた。注意して行動してくれ』

 ケンジの声がイヤホンを介して聞こえると、彼女はスマートグラスを装着して、偵察ユニットから受信する周辺情報を確認する。たしかに数体の人擬きが瓦礫の下に潜んでいるようだった。


「了解、すぐにそっちに戻る――」

 ベティはそこまで言うと動きを止め、視線の先にちらりと見えた光の反射の正体を確かめるため、照明で煌々こうこうと照らされた飲食店のなかに入っていった。


『問題か?』

 ケンジの問いに頭を振る。

「ヤバいモノを見つけたかも」


『変異体か?』

「ううん、でも貴重なモノだと思う」


 店内にテーブルはなく、綿と化学繊維の混紡こんぼう素材でつくられた色とりどりのテントが並んでいた。ベティは慎重にテントの間を歩いて目的の場所に向かう。


『ベティ、こっち』ハクが地面をトントンと叩く。


 従業員専用通路につながる出入口を塞ぐように、金属板でつくられた簡易的なバリケードが設置されていた。しかし金属板を固定していた木製の枠が腐り、無数の板が地面に落ちた状態で埃をかぶっているのが確認できた。


 ベティはその大きな金属板を軽々と持ち上げると、コンコンと叩いて音を確かめる。ハクも触肢を使って金属板の表面を撫でて埃を払うと、錆びひとつないツルリとした板を覗き込む。


「ハク、これはヤバいモノだと思う」

『ん、ヤバい』


 ハクは大きな金属板をバリケードから無理やり引き剥がすと、板の表面に映り込む自分自身の姿をじっと見つめる。


「旧文明の鋼材か」

 ケンジの声が聞こえて振り返ると、アネモネと一緒に来ていたケンジが金属板を拾い上げるのが見えた。


「貴重なモノを見つけたって言ったでしょ」ベティが得意げに言う。

「たしかにこいつは貴重だ。ジャンクタウンに持って行けば、結構な値段で取引できるだろうな」


「売っちゃうの?」

「いや、レイラが拠点の警備を強化するために鋼材を必要としていたから、こいつは拠点に持っていこうと思う」

「タダであげちゃうの?」


「レイラたちの世話になりっぱなしだからな」と、アネモネが言う。

「たまには、私たちも役に立たないと割に合わない」


「そうかな……?」

 ベティは眉を八の字にして、首をかしげた。

「そうだよ。いつもおいしいモノをタダで食べさせてもらってるだろ」


「それに」と、ケンジが続ける。「人擬きや変異体に襲われる心配をせずに、快適なベッドで寝ることもできる」

「たしかに世話になってるかも」


 ベティが納得すると、アネモネはビーに鋼材をスキャンさせ、本当に旧文明の鋼材なのか確かめたあと、カグヤと連絡を取って、どうやって金属板を回収するか相談することにした。

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