第17話 海岸(レイダー)
ケンジは腰から下がグチャグチャになっていた無残な遺体の側にしゃがみ込んで、まじまじと襲撃者の顔を確認する。
「知らない連中だな」
『てっきり、お仲間の略奪者だと思っていました』
ビーの皮肉にケンジは肩をすくめて答えた。
「こいつらは傭兵だよ。レイダーギャングみたいなナリをしているけどな」
『それなら、どうして傭兵だと分かったのですか?』
ケンジが遺体から奪っていた銀色の薄いカードを見せると、ひし形のドローンはレンズをチカチカ発光させながらスキャンを行う。
『個人情報が登録されているIDカードですか?』
「そうだ。俺たちみたいに廃墟の街で生きてきた人間は、そいつを持っていない」
『だから相手が傭兵だと?』
「俺たちと違って、組合に所属している人間は専用の端末で個人情報が登録されているからな」
『組合に管理される……ですか?』
「ああ、だけど悪いことじゃない。IDカードを持っている人間は組合によって身元が保証されているから、鳥籠に簡単に入ることができる」
『行商人を襲わなくても、物資の調達が安易にできそうですね』
「そうだな」
ケンジは苦笑すると、傭兵のIDカードを懐に入れた。
『そのカードはどうするのですか?』ビーが疑問を口にする。
「IDカードは買い物にも使われるだろ?」
『そういうことですか。目的は
「エムの拠点には、IDカードから金を引き出すことができる端末があるんだ」
『IDカードはお金になるのですね。それなら、他の襲撃者もカードを所持していないか確認してきます』
「助かるよ」
ビーはレンズをチカチカ発光させると、別の遺体の側に飛んでいく。
ケンジは遺体のすぐとなりに転がっていたアサルトライフルを拾い上げると、弾倉を抜いて残弾の確認を行ったあと、ライフルを肩に提げて、ヴィードルを調べていたベティの側に向かう。
「そいつは使えそうか?」
操縦席のサイドフレームに乗って、遺体を持ち上げていたベティは、ニヤニヤしながらケンジの質問に答える。
「すこし汚れちゃってるけど、問題ないかなぁ」
遺体の側頭部は内側から破裂したように吹き飛んでいて、頭蓋骨の中身が車体に滴り落ちていた。
ケンジは車体にこびりついていた大量の血液と頭皮の一部を見ながら言った。
「ヴィードルの運転は出来るのか?」
「わたし? もちろん乗れるよぉ」
「なら、そいつにはベティが乗ってくれ」
「私が乗っちゃってもいいの!?」彼女は目を丸くする。
「射撃の才能はあるみたいだけど、体力は全然ないからな」
「そんなことないよ」
ベティは遺体を蹴り落とすと、茶色く変色した汚い布でコンソールについた血液を拭った。
「IDカードの回収は終わったぞ」アネモネがビーと一緒にやって来る。
「それなら、人擬きが血の臭いに引き寄せられて集まってくる前に、ここから移動しよう」と、ケンジは言う。「ビー、海岸の集落を偵察してきてくれないか」
『よろしいですか、アネモネさま』
ビーの問いにアネモネはうなずいた。
「ああ。見つからないように注意するんだよ」
『わかりました。では、行ってきます!』
ドローンが音もなく飛んで行くと、アネモネは足元に転がる遺体を見ながら言う。
「こいつらの死体はこのまま放置していくのか?」
「派手に暴れたからな。すぐに人擬きがやって来る」
ケンジは掘っ立て小屋に視線を向けながら言う。
「集落に死体を残していくのはマズくないか?」
「住人が消えた集落はもうダメだ」
「ここも変異体どもの住処になるのか……」
「ヴィードルも手に入れたし、持ち出せる物資は全て頂こう」
「そうだな」
アネモネはベティに声を掛けると、警備隊の詰め所から使えそうな装備を回収していった。
しばらくすると、集落の周囲にノロノロと歩く人擬きの群れが集まって来ているのが確認できた。
「姉さん、もう行けるか?」
ケンジの言葉にアネモネは返事をして、それからベティに言った。
「人擬きの気を引くつもりはない。だから――」
「いちいち言わなくてもわかってるよぉ。銃の使用は禁止なんでしょ?」
「ああ。ここで人擬きに囲まれたら終わりだからな」
「んじゃ、わたしが先行するから、ちゃんとついてきてね」
錆びの浮いたヴィードルが急発進すると、進路上にいた人擬きを跳ね飛ばしながら集落を出て行く。
「私たちも行こう」
アネモネはサイバネティックアームを変形させて刃を出現させると、足を引き摺りながら歩いてきていた人擬きの首を切り落として、ゲートに向かって駆けていく。
人擬きはボロ切れになった戦闘服を身につけていて、物資が詰まったバックパックを背負っている個体もいたが、それらの物資を回収している余裕はなかった。次から次に襲い掛かって来る人擬きの身体を切断していく。
入場ゲートを通って幹線道路に出ると、金属製のゲートを閉めて、集落に侵入していた人擬きを閉じ込める。
「これでいくらか時間を稼げるだろう」
ケンジはそう言うと、ゲートの向こう側に手榴弾を放り投げていく。炸裂する手榴弾に反応して人擬きがゲートから離れていくのが確認できると、アネモネたちは無人の集落をあとにした。
「遅いよぉ。いつまで待たせるの」
土手沿いの通りに隠れていたベティが不貞腐れながら言う。
「私たちを置いて行ったのはベティだろ」
アネモネは溜息をつくと、ビーから受信していた映像を確認する。
「海岸の集落には人がいるみたいだな」
ケンジもスマートグラスを使って住人の様子を確認する。
退屈していたベティはヴィードルから降りると、つる植物が絡みつく堤防に跳び乗って、浜辺を歩いていた人間の集団に声を掛けた。集団はベティの登場に驚いたが、そのうちの数人が近くにやってくる。
「お前、どこから来た!」
猛暑であるにも関わらず、薄汚れたシャツを重ね着していた奇妙な男は、肌のほとんどを隠していて、顔や首の至る所にかさぶたができていた。
それを見たベティは顔をしかめて、それから言った。
「わたしはね……えっとぉ、なんだっけ?」
「怪物退治の依頼を受けた者だ」
アネモネはベティを睨みながら言う。
「依頼主はあんたたちか」
「怪物だと!」異様に大きな目と、大きな口、それに平たい顔の男が唾を飛ばしながら声を上げた。「ここに怪物なんていない!」
「いない……? つまり、あんたたちは依頼主じゃないのか?」
「我々は、怪物、違う!」痙攣するように身体を震わせていた男は、手に持っていた枯れ枝をアネモネに向かって投げた。「さっさと、どこかに行け!」
銃声が轟くと、興奮して騒ぎ立てていた男たちは驚いて静かになる。
「落ち着け」ライフルの銃口を空に向けていたケンジが言う。
「あんたたちと敵対するつもりはない。質問したいことがあるだけだ」
「よそ者に話すことなんてない。どこかに、行け! さっさと、行け!」
集団は聞く耳を持たなかった。
「ねぇ、アネモネ」ベティは集団にアサルトライフルを向けながら言う。
「めんどうだからさ、こいつら、ここでぶっ殺しちゃおうよ」
「ダメだ」
アネモネは頭を横に振ると浜辺の先に視線を向けた。彼女の視線の先には、銃火器で武装した集団が確認できた。
「戦いになったら、圧倒的に私たちが不利だ」
「へえぇ、つまんないの」ベティは銃口を下げる。
「行こう、ケンジ。こいつらは何も知らない」
「姉さん、いいのか?」
「ああ。ビー、聞こえてるか?」
『聞こえてますよ』
「撤収だ。そいつらに見つからないようにして戻ってきてくれ」
『了解しました!』
アネモネたちは魚が腐ったような臭いが漂う海岸から離れる。その間、集団はアネモネたちの動きを監視し続けていた。
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