第16話 集落(レイダー)
幹線道路を進むと、赤茶色に錆びついた車両がバリケードの代わりに設置されているのが見えてきた。それらの車両の先には、車輪がついた飾り気のない鉄製のゲートが設置されていたが、そこに本来いなければいけない見張りや、護衛の人間はどこにもいなかった。
ゲートをゴロゴロと押し開くと、その先に無数の掘っ立て小屋が並んでいるのが見えたが、生物の気配は感じられなかった。
怪物退治の情報収集をするため、行方不明者が続出している集落にやってきたアネモネの一行だったが、目的の場所には人間は疎か、人擬きすらいなかった。
「ビー、この辺りの地図を表示できるか?」
アネモネの言葉に答えるように、ビーの偵察ドローンはカメラアイを発光させて、取得していた周辺情報で作成した簡易地図を彼女のタクティカルゴーグルに送信した。
ゴーグルを介して、網目模様の地図が拡張現実で表示されると、アネモネは見落としているモノがないか入念に確かめたが、やはりこの集落が目的の場所で間違いないようだった。
ゲート脇に設けられている警備隊の詰め所に入ると、テーブルに小銃や弾薬箱が無雑作に載せられているのが見えたが、やはり人間の姿はなかった。警戒しながら薄暗い廊下を進んで、休憩室らしき部屋に出るが、動物の毛皮が敷かれた寝台があるだけで他には何もなかった。
頭を捻りながら詰め所から出ると、仲間の女性が掘っ立て小屋から出てくるのが見えた。彼女は笑顔を見せて、それから猫なで声で言う。
「ねぇ、アネモネ。これ、すごく可愛いでしょ?」
桃花色に髪を染めた女性の手には、アニメ調のキャラクターにデフォルメされた白い蜘蛛のぬいぐるみリュックが握られていた。
「それ、どこから盗ってきたんだ?」
「拾ったんだよぉ」と、彼女はトロンとした笑みを見せる。
「それよりさ、このリュック、ハクに似てると思わない?」
「どうだろう?」
「アネモネは意地悪だなぁ」
女性は背負っていた大きなバックパックを下ろすと、地面に座り込んで、ぬいぐるみリュックに荷物を詰め直し始めた。
「あんた、本気でそれを使うつもりなの?」
呆れるアネモネに対して、女性はアンニュイな表情を見せる。
「あんたじゃないでしょ? ちゃんと名前で呼んでくれなきゃ、いや」
子供のような態度にアネモネは溜息をついたが、確かに失礼だと思った。
「ベティは、本気でそのリュックを使うの?」
「もちろん」
ケンジはアネモネとベティを放っておいて、機械人形からの襲撃を生き延びていた数人の仲間を連れて、集落に人間がいないか調べることにした。
「ビー、こっちを手伝ってくれるか」
『もちろんです!』
ビーの元気な声が聞こえると、ドローンは機体中央についたカメラアイからレーザーを照射して、周囲のスキャンを始めた。
ケンジはアサルトライフルを構えながら、道路上に不規則に並ぶ掘っ立て小屋の間を進む。銃声が轟いたのは、足元に転がる大量のゴミに注意を向けていたときだった。仲間のひとりが血煙を噴き出しながら倒れると、ケンジは近くにいた仲間の身体を引っ張って物陰に隠れた。
「狙撃手だな、おれさまに任せろぉ!」
泥酔状態の目をした仲間が物陰から顔を出すと、その頭部は弾けて、脳漿と一緒に骨片が辺りに飛び散る。
「相変わらずイカれた連中だな」
ケンジは鼻を鳴らすと、ゲート付近に残っていたアネモネの心配をする。
「ビー、アネモネたちの様子が分かるか?」
『すでに安全な場所に退避しています』と、近くに浮かんでいたドローンが言う。
「そうか……それなら、ビーは敵に姿を見られないように注意しながら移動して、狙撃手を探してきてくれ」
『了解しました。……ですが、敵は他にもいるかもしれません。注意を怠らないでください』
「わかってる」
偵察ドローンが音もなく飛んでいくと、ケンジは仲間がバカな真似をしないように、その場に待機するように指示を出した。が、ドラッグを使用して興奮状態だった仲間は指示に従わず、狙撃手が潜んでいると思われる建物に向かって出鱈目にライフルを乱射した。そして数秒もしないうちに狙撃されて息絶えた。
ケンジは溜息をつくと、安物のスマートグラスに受信した情報を確認する。どうやら建物上階に潜んでいる狙撃手はひとりで、観測手もいないようだった。狙撃手から死角になる経路を素早く確認すると、その道を使って狙撃手に近づくように仲間に指示を出す。
敵の増援が姿を見せたのは、仲間たちが動き出したときだった。バリケードの代りに設置されていた廃車の間を急角度で曲がり、速度を上げながら接近してくる古いピックアップトラックが見えた。荷台には機関銃が搭載されていて、襲撃者たちはこちらに向かって出鱈目に弾丸を撃ち込み始める。
車両がアネモネとベティの側を通ったとき、彼女たちは運転席に向かって至近距離で一斉射撃を行った。トラックのフロントガラスが飛び散って、無数の銃弾を受けた運転手が絶命すると、車両は建物に勢いよく衝突してボンネットが跳ね上がる。
衝突の衝撃で荷台から放り出された襲撃者たちは、よろめきながら立ち上がって、すぐに逃げ出そうとするが、ベティに背中を射抜かれて死んだ。
アネモネたちが弾倉を装填していると、今度は武装した多脚型車両がバリケードの向こう側から姿を見せた。操縦席が剥き出しのヴィードルは、道路脇に隠れていたアネモネたちにとって格好の攻撃目標になるはずだった。
「ヴィードルだ!」
仲間のひとりが道路に飛び出して射撃を始めると、ヴィードルは急停止して、重機関銃による制圧射撃を始めた。物陰から出られなくなったアネモネたちは攻撃の機会を失い、バカな真似をした仲間は銃弾で身体をズタズタにされて死んでいく。
「ベティの仲間には間抜けしかいないのか?」
アネモネがうんざりしながら言うと、ベティは不思議そうに首をかしげる。
「そんなにひどいかなぁ?」
「ひどいなんてモノじゃない」
アサルトライフルを投げ捨てると、背中に吊るしていた対物ライフルの残弾を確認する。
「それでやっつけるの?」
「そうだ。でも奴の注意を引く囮が必要だ」
「……もしかして、私が囮になるの?」
「いや、あいつらが囮になってくれる」
ベティが物陰から顔を出すと、ケンジと一緒にいた仲間たちがヴィードルの攻撃に怯えて、一目散に逃げ出している様子が見えた。遮蔽物のない場所で、重機関銃を搭載したヴィードルの前に出たらどうなるのか、それは火を見るより明らかだったが、恐怖は彼らから冷静さを奪っていた。
アネモネがヴィードルの操縦者の頭を撃ち抜いたとき、ほとんどの仲間は地面に転がっていて、すでに息をしていなかった。
「アネモネの言うことは正しかったよぉ。あいつらはひどかった」
ベティの言葉にアネモネは肩をすくめて、ビーから受信している映像を確認する。
薄暗い建物に潜んでいた狙撃手の首を撫でるように、ケンジのナイフが動くのが見えると、狙撃手は大量の血液を流して、糸が切れた人形のように動かなくなった。
『こっちはもう大丈夫だ』
ケンジの声が聞こえた。
『そっちはどうだ?」
「こっちも片付いたよ」
『それで、今回は何人生き残れたんだ?』
アネモネは周囲を見渡して、それから言った。
「ここには私とベティしかいない」
『最悪な状況だな』ケンジは溜息をついた。
まだ標的の怪物に遭遇してもいないのに、仲間のほとんどが死んだ。それは確かに最悪な状況だった。
『死体を適当に片付けたら、海岸に向かうぞ』
「海岸に何かあるのか?」
『ここから集落が見える』
ビーの視点が動くと、海岸沿いに鉄屑の残骸でつくられた集落が見えた。浜辺に流れ着いた廃材や、巨大な装甲パネルで建てられたと思われる掘っ立て小屋が並んでいたが、危険な変異体が徘徊する浜辺に暮らす物好きな人間なんているのだろうか?
「奇妙だな……」と、アネモネは率直な感想を口にする。
『ああ。それに消えた住人のことも気になる。が、俺たちの仕事は怪物退治だ。さっさとその怪物につながる手掛かりを見つけよう』
「わかった。すぐに合流しよう」
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