第18話 保育園(ハク)
廃墟の街で“たからもの”を手に入れて、拠点に帰ってきた白蜘蛛のハクは、自身の糸でつくりだした寝床にいそいそと入っていった。カイコの繭にも似た寝床の周囲には、大量のガラクタが糸で吊り下げられていてジャンクヤードの様相を呈していたが、ハクの眼には宝物の山に見えていた。
習慣として寝床内の確認を済ませて、すぐに寝床から出てきたハクは、脚を器用に使って、その場から動かずにぐるりと回転して周囲を見渡していく。そしてお腹に貼り付けていた金属製の板を触肢の間に挟んで、板を何処に飾るのか考える。
考えがまとまると、廃墟の間に張り巡らせていた糸に向かって伸縮性のある細長い糸を吐き出して、そこに金属板をペタリと貼り付けた。機械人形の胴体に使われていた装甲板は錆びついていたが、つるりとした装甲表面は鏡のように周囲の光景を映していた。
ハクはそこに映り込む自分自身の姿を見て、毛並みの確認をすると、レイラがいる建物に向かうことにした。
廃墟のあちこちに張り巡らされている糸の間をトコトコ移動すると、紺色の高い壁が見えてくる。五メートルほどの高さの壁だったので、跳び越えることは難しくなかったが、ハクは入場ゲートの仕掛けをつかって拠点に入るのが好きだったので、跳び越えることはしなかった。
その防壁に隣接するように、多脚型戦闘車両『ウェンディゴ』の車庫が設けられていた。鉄骨と薄い鉄板を、ハクの糸で補強した掘っ立て小屋のような単純な構造の建物だったが、雨露をしのぐには充分な機能があった。
本当はキラキラする“たからもの”で飾り付けがしたかったけど、ウェンディゴの邪魔になるかもしれないので、飾り付けをするのを我慢していた。
車庫内に止められているウェンディゴの姿をちらりと確認したあと、ハクは防壁の入り口に向かった。白蜘蛛が門の前で止まると、防壁上部の壁が左右に開いて、内部に収納されていた球体が現れて瞬きするように上下に開いた。
すると瞳に似た赤紫色のレンズが現れて、扇状に広がる赤色のレーザーを照射しながらハクの生体情報をスキャンしていく。
生体認証が終わるのをじっと待っていると、機械的な合成音声で『ハクサマ、オカエリナサイ』と声が聞こえて、傷ひとつなかった防壁の表面に細いつなぎ目が現れて、なめらかな動作で門がゆっくり開いていった。
ハクが門を通り過ぎると、門は境目が分からないほどにピタリと閉じられた。門の仕掛けが正確に動作したことに満足すると、ハクは次の行動に移る。けれどレイラに会う前に、保育園の敷地内を散策することにした。拠点の安全性を確かめることも、ハクの大事な仕事なのだ。
公園に向かうと、人造人間のハカセが土を弄っているのが見えた。ハクはさっそくハカセが何をしているのか質問することにした。
ハカセは修道士が着るような濃藍色のローブを着ていた。遠目に見ると、普通の人間にしか見えないが、フードの奥に隠れている頭部には皮膚がなく、金属製の頭蓋骨が剥き出しの状態だった。
『はかせ』と、ハクは可愛らしい声で呼び掛ける。
「おぉ、ハクさま」
ハカセは白蜘蛛の登場に大袈裟に喜んで見せると、土を掘り返すために使っていたクワを壁に立て掛けた。
「ご機嫌いかがですか?」
『いっぱい、げんき』
「それはとても良いことです」
『はかせ、なに、してる?』
「実は、ここで作物を育てようと考えていたのですよ」
『さくもつ?』
「はい」ハカセは笑顔を見せながら言う。「おいしい野菜や果物がいつでも食べられるように、ここで育てるのですよ」
『くだもの、おいしい?』
「ええ。拠点では汚染されていない土が簡単に手に入ります。栽培に適した土壌に改良する必要はありますが、地下の施設には専用の道具や薬剤が揃っているので、すぐにおいしい果物が食べられるようになりますよ」
白蜘蛛は大きな眼を地面に向けると、掘り返されていた土を見つめた。
『ハク、てつだう』
ハカセは真剣に考えているフリをしてから言った。
「大変な仕事ですけど、それでもやりますか?」
『ん、やる』と、ハクは力強く答える。
「では、畑を耕すのを手伝ってもらいましょう」
『ハク、とくい。まかせて』
白蜘蛛は長い脚を使って凄まじい速度で土を掘り返していった。しばらくすると、ハカセが綺麗に整えていた場所もグチャグチャに掘り返されて、周囲には大量の土が飛び散ることになってしまう。
『たいへん、だった』
満足そうに息をつくと、ハクはハカセと別れて保育園の母屋に向かった。
廃墟になっていた建物はひっそりとしていて、生物の気配が感じられなかったが、カラスが近くに潜んでいることをハクは知っていた。
ガラスのない大きな掃き出し窓から建物内に侵入すると、そろりと脚を動かしながら遊戯室に向かう。すると日の光が差し込む場所で、日向ぼっこしているカラスの姿が見えた。
ハクはカラスに気づかれないように、ゆっくりと近づいていくが、そこでミスズに見つかってしまう。
「ハク、そこで何をしているのですか?」
ミスズは首をかしげて、それから目を大きく見開いた。
「その姿、どうしたのですか!?」
ミスズの言葉にハクはハッとして、急いで逃げようとするが、ミスズに脚を掴まれると逃げるのを諦める。力の加減を誤って、ミスズを傷つけることを恐れたのだ。
『ちょっと、あそんだ』
ハクは言い訳をしたが、略奪者や人擬きの返り血で体毛がひどく汚れていたのは知っていた。
「怪我はしていないのですね?」
『けが、ない』
ミスズは安心してホッと息をついた。
「良かったです……でも、汚れたままだと悪い病気になるかもしれないです。綺麗にするので一緒に来てください」
ハクはミスズの琥珀色の瞳をじっと見つめて、それから溜息をついた。
『ん……いっしょ、いく』
ミスズと一緒に建物を出て行くとき、カラスが飛んできてハクの背中に止まった。
「カラスさんも一緒に来るのですか?」
ミスズが訊ねると、カラスは首をかしげてミスズを見つめた。
職員のための駐車場として使われていた場所には、レイラが旧文明の建築機械を使って造った簡易的なシャワー設備が用意されていた。
金属製のフレームで造られたハク専用のシャワールームは、壁と呼べるモノがなく、天井のフレームには無数のシャワーヘッドが設置されていて、床にはグレーチングと呼ばれる鋼材を格子状に組んだ排水用の溝があった。
「綺麗な水を出しますので、準備してくださいね」と、ミスズは言う。
ハクがしぶしぶシャワールームに入って待機していると、温かい水が噴射されて白蜘蛛の体毛を洗っていく。ハクの体毛は撥水性に優れていたが、勢いよく噴き出す水であっという間に返り血や泥が洗い流されて綺麗になっていく。
最初は嫌がっていたが、徐々に楽しくなって水をバシャバシャと叩いて遊んでいると急にシャワーが止まって、シャワールームの四方に設置されていた送風機から勢いよく風が吹いて、ハクの体毛に残った水滴を瞬く間に飛ばしていった。
ハクは送風機が嫌いだったので、途端に楽しくなくなるが、ミスズとカラスに見つめられていたので我慢することにした。
すっかり綺麗になって、フサフサの体毛が真っ白になるとハクは機嫌が良くなる。
『おわった?』
「はい。いい子にしてくれていたので、ちゃんと終わりましたよ」
笑顔を見せたミスズに撫でられると、ハクは嬉しくなってベシベシと床を叩いた。それからハクは次に何をしようかと考えていたが、レイラの気配を感じると真直ぐレイラの元に向かった。
今日はたくさん遊んだので、話したいことがいっぱいあったのだ。
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