第14話 支援(ハク)
土手に沿って生い茂る青紫色の植物を見ながら、白蜘蛛は海岸近くの廃墟を散策していた。半球状の天井が崩落したことで植物に呑み込まれていた廃墟を見つけると、さっそく建物内を探索することにした。
差し込む日の光を求めるように、つる植物が天井に向かって伸びている様子を眺めていると、人間が二人、慌てながら建物内に侵入してくる。ハクは背の高い雑草のなかに身を隠すと、予期せぬ侵入者の様子を窺うことにした。
二人の心臓は躍るように脈打ち、ひどく汗を掻いていた。それに加えて、自分たちが置かれている状況に怯えているようだった。
侵入者は人擬きの群れに襲われ、命からがら逃げてきた傭兵だったが、人間の見分けがつかないハクにとって、それは少し身形のいい略奪者でしかなかった。
ハクはレイラの言いつけどおりに、人間が危険な兵器を携帯していないか確認することにした。身長が低く息切れしている人間は、錆びついた小銃を構えていたが、それはハクにとって害のないものだった。しかし身長の高い人間が肩に担いでいた長筒には嫌な思い出があった。
ハクは人間に存在を気取られないように、気配を消して、そろりと脚を動かしながら建物の外に出ようとした。けれど運命は侵入者たちの味方をしてくれなかった。二人を追いかけてきた人擬きが奇声を上げながら建物に侵入してくると、背の低い人間は混乱して銃を出鱈目に乱射してしまう。
数発の銃弾がハクに命中してしまうと、チクリとした痛みにハクは驚いて、後方に飛び退いてしまう。雑草の中から姿を現した白蜘蛛を見てしまった二人は更に混乱して、攻撃の標的を人擬きからハクに移してしまう。そしてそれは彼らの短い人生のなかでも、最も愚かな選択のひとつだった。
傭兵のひとりがロケットランチャーを構えると、ハクは長筒に向かって糸を吐き出して、持ち手に糸を貼り付けた。傭兵はそれに気がついていたが、躊躇うことなく引き金に指を掛けた。その瞬間を待っていたハクが糸を引っ張ると、長筒の尖端は背の低い人間に向けられる。
傭兵は驚愕の表情を浮かべるが、彼にはどうすることもできなかった。砂煙を立てながら発射されたロケット弾は、背の低い人間に着弾して、騒がしい音を立てながら炸裂した。飛散する瓦礫や鉄片に雑じって、ぐちゃぐちゃになった肉片や体液が不運な傭兵に向かって降りかかる。
ロケットランチャーによる攻撃を逃れたハクは、長い脚の先についた鉤爪を使って、砂煙の中から猛進してくる人擬きの身体をスパッと切断していく。
ちらりと傭兵に視線を向けると、バラバラになった仲間の死体を見つめながら呆然としている姿が見えた。けれどそれもほんの一瞬の間だけだった。
すぐに傭兵は人擬きに捕まると、喉元を喰い千切られて息絶えた。身長の低い人間は、傭兵にとって大切な人間だったのかもしれない。ふと、そんな考えが頭によぎったが、ハクは人擬きの群れに集中することにした。
易々と人擬きの群れを無力化すると、身体を切断されてもなお、地面をずるずると這う人擬きを残して建物の外に出た。
まだ廃墟の街を散策したかったが、あまり遠くに行ってはいけないと、レイラとミスズに釘を刺されていたので、探索を切り上げて拠点に帰ろうと考えた。騒がしい銃声が聞こえてきたのは、そのときだった。
ハクは近くの建物に飛び移ると、壁面に張り付いて屋上に移動する。経年劣化で朽ちた空調設備の間を通って海岸が見渡せる場所まで移動すると、暴走している機械人形と交戦している略奪者の一団が見えた。
機械人形の数はそれほど多くはなかったが、それが旧式の警備用ドロイドだとハクには分かった。拠点の警備に使用されている機体を見かけたとき、ミスズに質問していたのだ。
四角い胴体は鉛色の厚い装甲に覆われていて、長い腕や短い足は蛇腹形状の黒いゴムチューブで保護されている。腕の先にはレーザーガンが取り付けられていて、機械人形はビープ音を鳴らしながらレーザーを連射していた。
略奪者の一団はアネモネとケンジが率いる部隊だった。怪物退治の情報を収集するため、人間が暮らす集落に立ち寄った際に、仲間のひとりが都市を警備するドロイドが格納されていた施設に勝手に侵入してしまい、警備システムを作動させてしまっていたのだ。
アネモネとケンジはすぐに対処しようとしたが、クラックと呼ばれる高純度のコカインを使用していた略奪者は、彼女たちの忠告を無視して、起動しようとしていた機械人形に射撃を行ってしまう。そしてそれがキッカケになって、更に多くの機械人形が起動してしまう。
データベースに登録されていない人間は、都市の脅威として排除される運命にあった。長い眠りから目覚めた警備用ドロイドは、施設に侵入していた略奪者の頭部にレーザーを撃ち込んで両目を焼くと、痛みに叫んでいた略奪者の頭部を掴み、頭蓋骨が砕けるまで何度も壁に叩きつけた。
機械人形に捕まって頭部を潰された略奪者は、アネモネと面識のない人間だった。怪物退治の仕事で初めて一緒に行動するようになった。だから仲間意識はもっていなかったし、男性が殺されても何も感じなかった。彼はアネモネにとって意味のない存在だった。けれど機械人形を無力化できる機会を見過ごす訳にはいかなかった。
アネモネはケンジの制止を振りきって駆け出すと、サイバネティックアームを変形させて、機械人形の装甲の間に刃を突き刺した。主要なケーブルと回路基板を破壊された機械人形は動きを止める。
しかしすぐに別の機体がやってきて、アネモネを捕まえようとする。そこに無数の銃弾が飛んできて機械人形の腕を破壊する。
ケンジの掩護射撃によって脱出する隙ができると、アネモネは接近してくる機械人形に銃弾を撃ち込みながら仲間のもとに戻り、安全ピンを抜いた手榴弾を施設入り口に向かって次々と放り投げる。
爆風によって砂煙が巻き上げられると、警備用ドロイドの格納施設入り口は崩れる。しかしすぐに瓦礫を押し退ける機械人形たちの姿が見えてくる。
「逃げるぞ!」
ケンジの言葉に反応するように略奪者の一団は走り出したが、逃げ遅れた数人の仲間が機械人形の一斉射撃で犠牲になる。
錆ついた放置車両の間を駆けていくアネモネたちの姿を、ハクがじっと眺めていると、ひし形の小型ドローンが何処からともなく現れる。ハクが脚を伸ばして機体を捕まえようとすると、ドローンはひょいと避けて、短いビープ音を鳴らした。
『なぁに?』
ハクは人間が首を傾げる様子をマネして、身体を斜めにかたむけた。
『突然のご無礼をお許しください。私はビー』
ドローンから女性の声が聞こえると、ハクは興奮して地面をベシベシと叩いた。
『私の主が助けを必要としています』
『たすけ?』
ハクの質問に、しかしドローンは答えられなかった。
『残念ながら私が操作するユニットには、〈深淵の娘〉の思念を受信するための装置は取り付けられていません。ですが、もしも私の言葉が理解できているのなら、アネモネさまを救っていただけませんか?』
ハクにじっと見つめられると、ビーは間違った相手に話しかけているのではないかと不安になった。しかし深淵の娘に似た変異体だったら、とっくに攻撃されていたので、引き続き交渉することにした。
『私の主は軍に所属していません。しかし軍の規定では、深淵の娘には軍のユニットを支援する許可が与えられています。お願いします、私を支援してください』
『たたかい、とくい』
ハクはそう言うと、道路に向かって飛び降りた。
目の前に白蜘蛛が現れた瞬間、略奪者たちは恐怖のあまり身体が硬直してしまう。深淵の娘の気配に圧倒されてしまったのだろう。アネモネも覚悟を決める。が、白蜘蛛の標的は機械人形だった。
ハクは機械人形に向かって糸を吐き出して装甲を溶かすと、近くにいた機械人形を蹴り飛ばした。まるで空のバケツを蹴ったみたいに、警備用ドロイドが吹っ飛んでいくのを見てケンジは言葉を失くした。
あっという間に機械人形を殲滅した白蜘蛛がアネモネに近づくと、ケンジは震える手でなんとかハンドガンを構えた。しかしビーから報告を受けていたアネモネは、すぐに銃口を下げさせた。
「もしかして……レイラが使役しているクモなのか?」
メタ・シュガーの製造拠点を襲撃した人物についての情報を頭に入れていたアネモネは、震える声でそう訊ねた。返事を期待していた訳ではなかった。しかし白蜘蛛は答えてくれた。
『クモ、ちがう』
「子供の声……?」
頭の中で声が聞こえると、アネモネはひどく驚いた。
『ハクだよ』
白蜘蛛が触肢を近づけると、アネモネは握手するようにハクの触肢を握った。体毛に包まれた白蜘蛛の触肢は、想像していたよりもずっと柔らかくて、フサフサしていた。
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