第12話 ジャンクタウン(アネモネ)
露天商と言い争う女性の高飛車な態度を横目に見ながら、アネモネは雑踏の中を縫うように歩いていた。多くの商店が連なるジャンクタウンの大通りは、多種多様な人間で溢れていて、鳥籠に久々にやってきていたアネモネは行き交う人々の顔を興味深そうに眺めていた。
しなやかな肢体を通行人の身体に押し付けて、強気の値段交渉を行っている娼婦や、ガスマスクを装着した半裸の男性が、廃車を改造した露店で怪しげなクスリを販売している。視線を動かすたびにヘンテコな人間が目に付いた。それは見ていて飽きない光景だったが、揉めごとには注意しなければいけない。
鳥籠を管理している機関に認められて、身分を証明するIDカードさえ所持していれば、危険な思想を持つ宗教団体の信者だろうと、猟奇的で得体の知れない略奪者だろうと鳥籠に入ることができる。
その所為なのか、人々は互いに警戒して、面倒事に巻き込まれないように神経を尖らせているように見えた。実際、殺し合いに発展するような喧嘩も見かけていた。
薄暗い路地に入って別の通りに出ると、奴隷商人が編集したと思われる悪趣味な映像を垂れ流す機械人形が見えてくる。旧式で不格好な機械人形は、通行人に盗まれてしまわないように太い鎖で街灯に繋がれていた。
その通りでは、背が高く筋骨たくましい男たちの姿が多く確認できた。彼らのほとんどは欧州やアフリカに起源を持つ傭兵だった。彼らが目当てにしていたのは、華僑が経営している銃器の専門店だった。
そこで売られている武器は、金さえ払えば旧文明期の販売所でも手に入れられるモノだったが、施設に入ることが許されているのは一部の人間だけだったので、こうして武器を販売する店が繁盛している。
しかし人間が多く集まる場所では面倒事も頻繁に起きる。だからなのか、機関銃やレーザーライフルで武装した護衛があちこちに立っていて、群衆の動きに目を光らせていた。
廃墟の街で生きる人々は、旧文明の混乱期に日本に取り残された諸外国の人々と日本人の混合民族で成り立っていた。その所為なのか、ジャンクタウンは人種の坩堝の様相を呈していたが、皮膚の色や顔立ちで差別されることはなかった。この街で差別される人間がいるとすれば、それは過酷な世界で生きていく能力を持っていない弱者だけだった。
アネモネは執拗に言い寄る男娼の身体を乱暴に押し退けると、弾痕が多く残る建物の屋上にちらりと視線を向けた。そこには狙撃銃で武装した警備員の姿が確認できた。習慣的に脅威になる対象の位置を頭に入れながら、アネモネは歩き続けた。
オーラルとアナルセックスを専門にしている娼館の周りに立っていた護衛の装備を、目の端で確認していると、アネモネは見知らぬ青年に声を掛けられる。
彼女が顔をしかめると、青年は人好きのする笑みを見せた。
「隊長に会う約束があるんでしょ?」
「あんたは?」
アネモネはそう言うと、青年の動きに警戒しながら値踏みするような目を向けた。
「ノイって言います。そろそろ来るころだろうから、迎えにいって来いって言われたんです」
青年はイーサンの部隊に所属する傭兵だと言う。金髪に青い瞳を持ち、背が高く痩せているが、身体を鍛えているのかガッチリした体格だった。
装備は灰色を基調とした迷彩柄の戦闘服だったが、その下に高価そうなスキンスーツを身につけているのが分かった。それ以外にはロードベアリングベストという傭兵らしい地味な恰好をしていたが、戦闘服から露出した腕や首元に派手な刺青をしているのが見えた。
「どうして私が今日ジャンクタウンに来るって分かったの?」
アネモネの問いに、青年は首を傾げる。
「さぁ?」
「人違いだったらどうするつもりだったんだ?」
「どうもしないっすよ。それに間違えることもありませんから」
「どうして?」
「だってアネモネさんですよね」
青年はそう言うと、懐から取り出した携帯端末を操作した。するとディスプレイにアネモネの画像が表示される。つい最近に撮られた画像に見えたが、彼女には全く身に覚えがなかった。
「どこで私の情報を手に入れたんだ?」
「隊長はなんでも知ってるんですよ」
青年は肩をすくめると、アネモネに背中を見せて歩き出した。
「仲間がいるって聞いてたんですけど、今日はひとりなんすか?」
アネモネは何かを考える顔つきで目を細めて、それから言った。
「ジャンクタウンの警備隊は優秀だって聞いていたから、鳥籠の外で待機してもらっているんだ。面倒事を起こしたくなかったからな……わかるだろ?」
「あぁ……」ノイは納得しながらうなずく。
「確かに揉めごとは避けた方がいいっすね。ジャンクタウンには傭兵組合の事務所もありますし」
「それで、ノイの隊長はどこにいるんだ?」
「大きな仕事を片付けたばかりなんで、今日も酒場でダラダラしてますね」
廃材を利用して建てられた掘っ立て小屋や、低い建物が並ぶ通りに旧文明期のしっかりした建築物が立っているのが見えてくる。有名な武器商人や鳥籠を支配するような富裕層のためのホテルとして利用されているようだったが、廃墟の街で生きてきたアネモネには縁のない場所だった。
従業員に丁寧な挨拶を受けながらラウンジを抜けて酒場へと足を向ける。テーブルが並ぶ薄暗い部屋にさっと視線を走らせると、揃いの戦闘服を着た集団が見えた。イーサンの傭兵団に所属している人間なのだろう。
イーサンが率いている傭兵団に対してアネモネが関心を持ったのは、部隊に多くの女性が所属しているからだった。レイダーギャングの世界では男女の混成部隊なんて当たり前のことだったが、傭兵組合に所属している傭兵の多くは男性だったので、珍しい光景に思えた。
「アネモネさん、こっちです」
ノイの言葉に反応して酒場の奥にあるカウンターに向かう。そこには彫が深い見栄えのいい顔をした男性が座っていた。よれよれの背広を着てタバコを吸っている姿は、携帯端末で確認していたイーサンの情報と一致していた。
イーサンはちょっとした有名人で、名の知れたレイダーギャングにも恐れられているような人間だった。もちろんアネモネもイーサンの噂を何度も聞いていたが、その目で見たのは初めてだった。
「仕事の話をしに来たんだろ?」イーサンはグラスに液体を注ぎながら言う。
「ここに座れ」
狼のような鋭い眼光に睨まれたアネモネは、ここまで案内してくれたノイに感謝したあと、おずおずとスツールに腰掛けた。
「仕事の詳細は、その端末で確認してくれ」
アネモネはカード型の端末にちらりと視線を向けたあと、カウンターの向こうに立っている綺麗な女性を見ながら訊ねた。
「仕事の内容を訊いても?」
イーサンは琥珀色の液体を喉の奥に流し込むと、アネモネのことをじっと見つめた。心のずっと深い場所を覗かれているような気がして、アネモネは居心地が悪くなった。
「海岸沿いの集落で暮らす人々が行方不明になる事件が起きている」
「仕事は怪物退治って聞いていたけど……」アネモネは眉を寄せる。
「行方不明になった人間を探す必要はない。人間を攫っている怪物を見つけ出して殺して欲しいだけだ」
「本当に怪物の仕業なのか?」アネモネは疑問を口にした。
「怪物ならその場で人間を襲って終わりだと思うけど」
「怪物に仲間が攫われている現場を目撃した人間がいる。彼らの言葉が正しければ、怪物は存在する」
「それが嘘だったら?」
イーサンは天井に向かってタバコの煙を吐き出す。
「何か気になることがあるのか?」
「相手が怪物じゃなくても、ちゃんと報酬は貰えるのか?」
「安心しろ。どんな形であれ、問題を解決してくれたらキッチリ報酬は支払われる」
「そうか……」
アネモネはホッと息をついてから端末を手に取る。
「それから」と、イーサンは言う。
「こいつはあんたの身元を保証するIDカードだ。仕事の報告をするためにジャンクタウンに来るときには、そのIDカードを使って入場ゲートを通ってくれ」
アネモネが偽造したIDカードを使っていることを、どうしてイーサンが知っているのか気になったが、彼女は何も聞かず素直にIDカードを受け取ることにした。
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