第11話 機械人形(ハク)


 レイラとミスズに同行して廃墟の街を探索していた白蜘蛛のハクは、多脚型戦闘車両〈ウェンディゴ〉の車体に乗って、ぼんやりと荒廃した街並みを眺めていた。すると風に乗って、何かが焼けて焦げたような臭いがハクのもとに届いた。


 誰かがドラム缶に入れたゴミを燃やしているのかもしれない。廃墟の街では見慣れた光景だったが、気になってしまって居ても立っても居られなくなったハクは、つる植物に覆われた建物に跳び移って臭いの発生源を追うことにした。


 レイラたちと別れてしまうことになるが、レイラの気配はいつでも探せるので、とくに気にすることはなかった。


 経年劣化がほとんど見られない旧文明期のアスファルトには、砕けたガラスや細かい金属片が散らばり、日の光を受けてキラキラ輝いているのが見えた。その大量のガラスを避けるように、ハクは道路に放置されていた廃車を足場に使って街を移動していた。


 赤茶色の錆が浮いた車両に跳び乗ると、白蜘蛛の体重を支えられなかった屋根が凹み、雑草が生い茂っていた車内から昆虫やネズミが驚きながら飛び出すのが見えた。その様子が面白かったのか、ハクは車の屋根を叩いて遊び始めた。


 けれど大きなムカデが脚に絡みついているのが見えると、ハクは脚を乱暴に振ってムカデを何処かに飛ばして、すぐに別の車両に跳び移った。


 今度の車両には複数の弾痕があり、車内には人間の骨が大量に残されていた。しゃれこうべが行儀よく並び、口を大きく開いたまま空を見つめていた。眼窩からは菜の花に似た桃色の植物が顔を出していて、ハクはしばらく風に揺れる花をじっと見つめていたが、やがて本来の目的を思い出して近くの建物に跳び移る。


 集合住宅の壁面を伝って建物屋上に向かい、眼下の廃墟に視線を向けた。すると放置された車両を積み重ねて作った塔のような構造物が、道路に沿っていくつも並んでいるのが見えた。それらは即席の吊り橋でつながっていて、地上を徘徊していた人擬きに襲われることなく、安全に移動できるように整備されているようだった。


 吊り橋を使って辿り着ける廃墟の上階には、錆びついたドラム缶が並んでいて、適当なゴミが燃やされているのが確認できた。そのドラム缶の周囲には、粗末な武器を手にした複数の人間が集まっていた。


 ゴミでひどく散らかった空間には、ネズミを捕獲するための箱型の罠が置かれていて、その中に猫ほどの大きさのドブネズミが数匹入っているのが見えた。食用に捕まえたものなのかもしれない。


 集団は恐らく、略奪者と呼ばれる野蛮な人間の集まりなのだろう。と、ハクは予想したが、それはある意味では間違っていなかった。彼らはレイダーギャングから安物のドラッグを手に入れるため、廃墟の街で行商人を襲っているような連中で、ギャングにも所属していない最底辺の中毒者の集まりだった。


 ハクが中毒者たちの溜まり場を眺めていると、集団の一部が慌てて何処かに駆けていくのが見えた。溜まり場にはクスリ漬けの中毒者が数人残っていて、そのうちのひとりは身体を痙攣させて嘔吐していたが、誰も気に留めていなかった。


 騒がしい銃声が聞こえると、ハクもすぐに集団を追いかけることにした。


 片側三車線の道路が見える場所まで移動すると、機械が動き出すときのような金属的な重い響きを持った音が聞こえて、鉄屑や瓦礫に埋まっていた大型の機械人形が道路に姿を現すのが見えた。


 瓦礫から這い出した機械人形の無骨な四角い胴体には、装甲戦闘車両に搭載されるような多連装の小型ロケットランチャーや、重機関銃が取り付けられていたが、脚部は完全に失われていて、機械人形はマニピュレーターアームを使って地面を這うように移動していた。


 上方にちらりと視線を向けると、道路に面した建築物の壁面に穴がポッカリと開いているのが見えた。どうやら建物から落下していた古い機械人形を見つけた中毒者の集団が、不用意に機械を操作して、攻撃システムを起動させたようだった。


 壊れた機械人形は明らかに危険な状態だったが、それを知らないハクは、これから何が起きるのか楽しみにしながら機械人形の動きを見つめていた。


 武装した集団が喚きながら大型機械人形に接近すると、データベースに登録されていない人間の集団を『敵』だと認識したシステムによって攻撃が開始される。


 重機関銃の特徴的な射撃音が周囲の建物に反響すると、動き出した機械人形を見物しようと吊り橋に集まっていた集団の身体がズタズタに破壊されて、肉片と体液が飛び散る。


 攻撃を逃れた数人の中毒者たちは吊り橋から飛び降りて、近くの瓦礫や物陰に隠れながらすぐに応戦したが、彼らが所持していた旧式のライフルから撃ち出される弾丸は、機械人形が持つ鉛色の厚い装甲に傷ひとつ付けられなかった。


 しかし中毒者たちが隠れると、機械人形は中毒者たちのことを簡単に見失ってしまう。重要なセンサーが故障していたのかもしれない。それを好機と捉えた中毒者たちの一部は、溜まり場の近くに隠していたピックアップトラックに乗り込むと、荷台に搭載していた重機関銃を使った攻撃を開始した。


 予想していなかった反撃を受けた機械人形はすぐに応戦して、トラックを破壊しようとするが、機関銃の弾薬が底を突いたのか、すぐに反撃できなくなってしまう。その間も弾丸を浴びせられた機械人形は腕を破壊されて、とうとう地面に倒れて身動きが取れなくなってしまう。


 中毒者たちはトラックを止めると、皆で集まって歓声をあげていたが、それがいけなかった。機械人形は背中に搭載していた多連装の小型ロケット弾を発射して、中毒者たちをトラックごと皆殺しにした。


 凄まじい炸裂音のあと、機械人形も動きを止めてしまうが、それを見ていたハクは興奮に腹部を震わせていた。戦いがすぐに終わってしまったことは残念だったが、激しい戦闘が見られたことにハクは満足していた。


 中毒者たちの溜まり場に引き返すと、戦闘音に引き寄せられた人擬きが集まっているのが見えた。本来は人擬きが近寄れない場所だったが、戦闘で吊り橋が破壊された所為が、いくつかの箇所から建物に侵入することができるようになっていた。


 そうとは知らず呑気に覚醒剤を使っていたガスマスクの男は、人擬きに組みつかれると、生きながら臓物を喰われて死んでいった。現実と幻覚の区別ができないような状況で死ねたのは、ある意味では幸運だったのかもしれない。


 廃車を積み上げた構造物がロケット弾の衝撃波を受けて、倒壊しそうになっているのを見つけたハクは、糸を使って吊り橋を補強すると、その構造物に乗って周囲を見渡した。まるでミスズと一緒に見たゾンビ映画のように、大量の人擬きが集まってきているのを確認したハクは、その場を離れることにした。


 廃墟の街には今も多くの機械人形が残されている。多くの場合、それは故障していて動かないが、稀に起動して人間や人擬きに襲い掛かることがあった。今回の出来事は、廃墟の街を遊び場としているハクに多くの教訓を与えることになるはずだったが、人間の骸骨を象った巨大な彫像を見つけると、ハクの関心は移ってしまう。


 道路の中央に立つ十五メートルほどの高さの彫像は、背中に天使の翼を持ち、手には杖が握られていた。ハクは緑青に覆われた彫像の肩まで登ると、廃墟の街を見渡す。高層建築物が立ち並ぶ区画に視線を向けると、黒い煙の柱が確認できた。人間と機械人形が争っているのかもしれない。


 ハクは立ち昇る煙を見つめたあと、街の散策を再開することにした。

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