第8話 警告(ハク)


 いつものように廃墟の街で散策していた白蜘蛛のハクは、レイダーギャングと呼ばれる略奪者の集団と、守護者と呼ばれる謎の生命体が戦闘している場面に遭遇した。好奇心旺盛なハクは気配を消すと、戦場になっている区画に近づいて、戦闘の行方を見守ることにした。


 しかし略奪者の集団は抵抗もできずに次々に殺されていく。結果的に人造人間を退けることができたみたいだったが、被害は甚大だった。


 負傷した人造人間が撤退すると、ハクは略奪者たちの拠点を離れて、人造人間を追いかけながら廃墟の街を移動した。人造人間は負傷しているようだったが、どのような仕組みなのか、損傷していた箇所は移動している間に完全に修復されていた。


 人間に似た気配を持った生命体だったが、やはりあれは機械人形なのかもしれない。ハクはそう思いながら人造人間を追いかけていたが、鬱蒼とした竹藪のなかに入っていくとハクは動きを止めてしまう。


『ちょっと、せまい』

 ハクは幼さを残す可愛らしい声でつぶやくと、竹藪の先をじっと見つめた。すると風に吹かれて葉が擦れる音や、竹を打ったような乾いた音が聞こえてきた。


『ん……しかたない』

 諦めて来た道を引き返そうとすると、ハクは自分がいた場所に驚く。人造人間を追いかけるのに夢中になるあまり、旧文明期以前の建物が多く残る旧市街地に来ていたことに気づいていなかったのだ。


『どこ?』

 ハクは疑問を浮かべるが、この場所なら“たからもの”が見つかるかもしれない。そう思うと探索したくなって心が落ちつかなくなる。


 人造人間に対する興味を完全に失くしたハクは、倒壊した建物の残骸が転がる地区をトコトコと散策する。残念なことに旧市街地にも歩く死体のような姿をした人擬きがいて、白蜘蛛の姿を見つけると、瓦礫の中から這い出してきて容赦なく襲いかかってくる。


 人擬きの相手をするのは面倒だったので、接近される前に強酸性の糸の塊を吐き出して、人擬きを撃退することにした。


 ハクが吐き出した糸の塊が直撃すると、人擬きの頭部は蒸気を立てながら溶けていく。多くの場合、その攻撃で事足りるが、無力化されず、ハクに突進してくる個体もいた。そんなときは鋭い鉤爪のついた脚を振って人擬きの身体を切断していく。


 人擬きの臭い返り血で体毛を汚してしまうと、ミスズに怒られてしまうので、あまりやりたくない攻撃方法だったが仕方ない。ハクは人擬きを適当に相手すると、壁が崩落して鉄骨が剥き出しになっていた集合住宅に跳びついて離脱する。


 建物の上階まで移動すると、奇妙な植物に侵食された旧市街地に視線を向ける。風や鳥のフンと共に運ばれた種子が芽を出し、藤紫色の植物と錆びついた鉄骨の赤茶色が廃墟に非現実的な風景をつくりだしていた。


 ハクには見慣れた景観だったが、ここまで植物が繁茂できるのは、旧市街地の建物に旧文明期の建材が使用されていないからなのかもしれない。高層建築物が並ぶ通りで植物を見つけるのは難しかった。


 後ろ脚を使って腹部についた汚れを擦り落としていると、日の光を反射する何かが薄暗い路地の先に転がっているのが見えた。さっそくハクは建物の壁面を移動しながら路地に向かうことにした。


 薄暗い路地には人間の遺体と共に、彼らの装備が大量に放置されていた。ハクには仲間以外の人間の区別がつかなかったが、どうやらそれは傭兵組合に所属した人間の死体だったようだ。それらの遺体は人擬きやネズミに食い荒らされていて酷い状態だったが、装備の状態は良かった。


 ハクはバックパックや銃器を一箇所に集めると、それらを糸でぐるぐる巻きにしていく。残念ながら日の光を反射していたのは“たからもの”になりそうなガラクタではなく、狙撃銃に装着された照準器だったようだ。


 けれどそれらの装備品を拠点に持ち帰ったら、きっとレイラは喜んでくれる。そのことを知っていたハクは機嫌が良くなって、お気に入りの歌を口ずさむ。


 ふと視線を動かすと、薄暗い路地の奥に地下に続く入り口があることに気がついた。気密ハッチは開放された状態だったが、その入り口からは傭兵たちの血痕がこちらに向かって点々と伸びていることが確認できた。


 傭兵たちを負傷させた何かが、地下にあるのだろう。しかしその入り口を見つけた瞬間、ハクは触肢に挟んでいた装備品を地面に落として、急いでハッチを確認しに行く。


『これは、たいへんだ』

 ハクは謎の使命感に目覚めると、地下の探索を行うことにした。幸いなことに、地下に続く通路はハクが通れるだけの道幅があった。


 哀れな傭兵の一団は地下施設の探索を行い、そこで命を落とすことになった。しかしそれを少しも気に留めていないハクは、お気に入りの歌を口ずさみながら地下に向かう。


 僅かな傾斜がある通路を白蜘蛛は進んでいく。天井や壁は白く塗られていて、床にはリノリウムに似た柔らかな床材が敷かれていた。その浅緑色の床には傭兵たちが残した血痕や、泥が付着した靴跡があちこちに残されていたが、外に比べれば清潔な状態が保たれていた。傭兵たちに侵入されるまで、気密ハッチは閉鎖されていたのだろう。


 照明が灯された通路を少し進むと、ホログラムで投影された警告表示が空中に浮かんでいるのが見えた。それは私有地への立ち入りを禁止するための警告だったが、文字が読めなかったハクは警告表示をじっと見つめたあと、探索を再開する。


 傭兵たちも警告を無視したのだろう。通路を塞ぐように警告が投影されていた場所までやってくると、天井に設置されていた自動攻撃型タレットが起動しているのが見えた。


 今も警備システムは侵入者を探していて、タレットの銃身をゆっくりと動かしていた。けれど個人が所有できる動体センサーではハクの姿を捉えることができないのか、オートタレットは沈黙したままだった。


 そうとは知らず、ハクは悠々と通路の先に向かう。そこには無数の金属製の棚が並んでいるのが確認できた。それらの棚には大小様々なスチールボックスが、隙間ができないほど大量に収められていた。物資を探索していた人間が見たら大喜びしそうな光景だったが、ハクの興味を惹いたのは部屋の隅に置かれた装置だった。


 チカチカと発光する押しボタンスイッチが大量に並ぶ装置には、力尽きた思われる傭兵の死体が寄り掛かるようにして残されていた。大量出血による出血性ショックで息絶えた傭兵を退かすと、色とりどりに発光する押しボタンを眺める。


『……これは、すごい』

 パッチリした眼で押しボタンをじっと見つめたあと、興奮しているのを誤魔化すように、装置にそっと触肢をのせた。


『ぼたん、しってる』

 ハクは得意げにそう言うと、拠点で働く家政婦ドロイドのマネをして、触肢を使って押しボタンスイッチを適当にカタカタと押していく。


〈不正な操作を確認しました。システム管理者に通報後、施設の一時的な閉鎖が行われます〉


 合成音声による無機質で機械的な音声のあと、騒がしい警報が鳴りだした。


 ハクは飛び上がるほど驚くと、そそくさとその場を後にする。通路の照明は落とされていて、真っ赤な回転灯が通路を照らしているだけだった。天井に設置された自動攻撃型タレットは侵入者を見つけようと、慌ただしく左右に首を振っていたが、相変わらず白蜘蛛の存在を検知することはできなかった。


 ハクが路地に戻ると、いくらもしないうちに気密ハッチは閉鎖されてしまう。


『ちょっと、びっくりした……』

 恥ずかしそうにつぶやくと、ハクは触肢をゴシゴシと擦り合わせた。


 貴重な物資と共に防災備蓄倉庫は閉鎖されてしまったが、新鮮な感覚で探検ができたことにハクは満足していた。それから白蜘蛛は糸でぐるぐる巻きにしていた装備品を拾い上げると、別の場所に向かうことにした。

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