第7話 襲撃者(レイダー)


 廃墟の街に銃声が響き渡る。排出される大量の薬莢は略奪者たちの足元に転がり、重機関銃の射撃音で酷い耳鳴りがした。けれど撃ち出された弾丸は標的の手前で静止し、次の瞬間には目に見えない強力な磁界によって弾道が逸らされていく。


 標的から十メートルも離れていないにも拘わらず、略奪者たちの攻撃は襲撃者を傷つけることができなかった。


「だから守護者を相手にするなって言ったんだ!」

 仲間のひとりがヒステリックに叫ぶと、銃座についていた女性が怒鳴る。

「だったらどうすれば良かったんだ!」


「撤退だ! この拠点を放棄して、撤退することが正しい選択だったんだ!」

「そんなことはどうでもいいんだよ!」別の男が叫ぶ。「射撃に集中しろ!」


「集中も何も――」

 そこまで言うと、銃座についていた女性の頭部が破裂して血煙が立つ。

「クソ!」


 略奪者のひとりは顔に付着した女性の頭皮を頬から剥がすと、拠点に攻めてきている人造人間に背中を見せながら廃墟に駆けこむ。薄暗い建物のなかには、太いケーブルで端末につながれた無数の機械人形が並んでいる。略奪者は机に載っていた端末を震える手で操作すると、停止させていた機械人形を起動する。


「おい!」と、空色の鮮やかな頭髪を持った女性が慌てながら廃墟に入ってくる。「ダメだ! そいつに触るな!」


 けれど略奪者の男は女性の言葉を無視して機械人形を起動してしまう。そして異変はすぐに起きた。旧式の警備用ドロイドは起動するなり、目の前にいた男性に向かって腕を伸ばし、彼の首を絞めあげる。


 男性は蛇腹形状のゴムチューブに保護された機械人形の腕から必死に逃れようとするが、その力は凄まじく、人間の腕力ではどうすることもできなかった。


「だから触るなって言ったんだ!」女性は声を荒げる。

 抵抗していた男性の首が折れて、人形のように身体から力が抜けていくのを見ながら、女性は機械人形の四角い胴体に銃弾を叩き込む。


 警備用ドロイドは略奪者たちの手によって、金属板で装甲が補強されていたが、その仕事は酷く雑で内部機構が剥き出しになっていたので破壊するのは簡単だった。


 機械人形がバチバチと電光を放ちながら停止すると、金で装飾が施された白地のサイバネティックアームを持つ女性は、他の機械人形にも銃弾を撃ち込んで次々と破壊していく。警備用ドロイドはまだ起動していなかったが、守護者とも呼ばれる人造人間たちが機械に指示を出せることを知っていた。


 だから先ほどの機体のように敵対され、攻撃されないためにも、破壊することが彼女にできる最善の選択だった。


 外で騒がしく鳴り響いていた重機関銃の特徴的な発射音が聞こえなくなると、彼女はそれを不審に思い、ガラスのない窓枠から外の様子を確認した。


「最悪だな……」

 仲間たちが血溜まりに横たわっていて、その死体のすぐ側にボロ布をまとった人造人間が立っているのが見えた。


 旧文明期の軽くて硬い特殊な金属で覆われた身体は、まるで人間の骨格を模して造られているように見えたが、いくつかの部分で人間のそれとは大きく異なっている。


 たとえば、女性にじっと視線を向けている人造人間は、人間の頭蓋骨に酷似した金属製の頭部を持っていたが、腕には見慣れない旧文明の兵器が組み込まれていて、骸骨のような姿をした守護者は、それを自由に変形させることができるようだった。


「おい! ぼうっと突っ立ってないで、さっさと応戦しろ!」

 仲間の声が聞こえた直後、ロケット弾が煙の尾を引きながら守護者に向かって飛んでいくのが見えた。けれど守護者は慌てることなく、自身に向かって真直ぐ飛んでくるロケット弾を見つめていた。


 着弾と共に騒がしい音が響き渡り、爆風によって砂煙が立ち昇る。が、守護者にはまるで効果がないのか、無傷の人造人間が煙の向こうから歩いてくる姿が見えた。


「やっぱりダメか……」

 女性はアサルトライフルを構えると、人造人間にフルオートで射撃を行い、弾薬が底を突くとライフルを捨てて走り出した。


「どこに行くんだ!」

 仲間の怒鳴り声に答えるように、彼女も声を荒げながら返事をした。

「奴を殺す武器が必要なんだよ!」


 廃墟の薄暗い階段を駆けて上階に向かうと、快楽や幸福感を得るための注射器を握りしめたまま床で眠っていた仲間たちの姿が見えた。


「こんなときにクスリをやる余裕があるなら、あいつを殺す手伝くらいしろよ」

 女性は舌打ちすると容赦なく彼らの身体を踏み越えて、武器庫として使用していた部屋に入る。


「クソ、ここにはゴミしかないのか……」

 空の注射器を踏み潰しながら部屋の奥に向かうと、錆びの浮いたガンラックに立て掛けられていたパイプライフルや、旧式のアサルトライフルを床に乱暴に落としていく。と、棚の奥に無骨なアンチマテリアルライフルが立て掛けられているのが見えた。


「カルトの連中から奪った対物ライフルか……これなら奴を殺せるかもしれない」

 女性は旧文明期に製造されたと思われる兵器を手に取ると、ライフル機関部から伸びるフラットケーブルを自身のサイバネティックアームに接続する。


 すると義眼を介して視界に表示されていたインターフェースに、兵器の使用に関する注意事項が表示されるが、女性はそれを消して、兵器の使用権限に関する項目を表示した。


「たしか権限は……」女性はつぶやきながら、教団の信者を拷問したときに入手していた情報を入力していく。「これで大丈夫なはずだ」


 女性には網膜に表示される注意事項のほとんどが読めなかったが、赤く表示されていた文字が青に変わるのを確認して引き金を引いた。


「ロックが解除されたみたいだ」女性はホッと息をつくと、兵器と一緒に保管されていた弾倉をライフルに装填する。


「そんなモノ持って、どこに行くつもりなんだ?」

 声に驚いて素早く振り向くと、薬物で意識が朦朧としていた仲間が、扉に寄りかかるようにして立っているのが見えた。彼女は安心して、それから言った。

「こいつを使って、これから守護者を殺しにいくんだよ」


 女性がニヤリと笑って部屋を出て行こうとすると、男性は彼女の手首を掴んだ。

「それなら、こいつを使ってくれ」そう言って男は女性に角筒状の容器に入った注射器を手渡す。「俺の取って置きだ」


 女性は断ろうとしたが、階下から激しい銃声が聞こえると素直に受け取った。

「ありがとう」


 男性はうなずくと、立っていられなくなったのかフラフラと床に倒れた。それを見て女性は溜息をついたが、気を取り直して首筋に注射器を打ち込む。


 首筋の血管に冷たい液体が流れ込むと、全ての感覚が相互に刺激し合い侵犯していくのが感じられた。視覚や嗅覚、そして聴覚や味覚まで混ざり合い変化していくのが分かった。


 階下から響いてくる銃声は赤錆色に輝き、部屋に漂うカビ臭い空気からは塩辛い味がした。タンクトップから見える自身の胸元を伝う汗は、極彩色に輝いて甘い粉を散布していた。


「目が覚めたよ」女性はそう言うと、部屋を出ていった。

 感覚が研ぎ澄まされて、壁や配管のなかで昆虫がカサカサと這う小さな音さえも、まるで耳元で聞くように鮮明に響いてきた。と、廊下の先で炎が広がり、壁や床を焦がしていくのが見えた。炎を身にまとっていたのは人造人間だった。


 女性にはその炎が本物なのか、それとも薬物によって見せられている幻覚なのかも分からなかった。けれど彼女が直面している問題の前では、それは些細な出来事に思えた。女性はその場で片膝をつくと、対物ライフルを構えて人造人間の胸部に照準を合わせた。


「教えてくれ」

 彼女はそう言うと、下唇を舐めた。

「こいつはどんな味がする?」


 放たれた弾丸は周囲に植物の葉を撒き散らしながら進み、人造人間の胸部に食い込む。すると人造人間の眼や鼻、口から真っ赤な粘液が噴き出した。それは大気に触れると、真っ白な液体に変化して蒸発し、紺碧色に発光する蝶々に変わる。


 しかしそれが見えたのは一瞬だけだった。銃弾を受けた人造人間は後方に跳ね飛ばされるように吹き飛んで、凄まじい勢いで壁を破壊しながら建物の外に落下していった。


 女性はというと、射撃の反動で廊下の端まで転がっていた。

「やれやれ……」そう言って顔をあげると、心配そうに彼女を見つめる仲間の顔が見えた。「守護者は倒せたのか?」


 女性の問いに仲間の男性は肩をすくめた。

「どこかに消えちまったよ」


「それは良かった」

 女性は男の口から流れ落ちる砂の滝を見ながら身体を起こした。


「仲間の大半が死んだけどな……」

「相手は守護者だったんだ。生きているのが奇跡みたいなものだよ」


「それもそうだな」

 男の声は空中で凍り付いて、ゴロゴロと床に転がった。


 女性はその廊下を見渡して、対物ライフルを探しながら男に訊ねた。

「あれは何処から来たんだ?」


「さあな」男はそう言うとタバコに火をつける。

「あれは相手が人間だろうと、人擬きのように容赦なく殺すタイプの守護者だ」


「汚染地帯に出没する狂った守護者たちか……」

「そうだ」


 人造人間が消えていった壁の先にふと視線を向けると、白髪の小さな女の子が赤い眸でこちらをじっと見つめている姿が見えた。しかし瞬きのあと、それは白い大蜘蛛に変わる。


「これも幻覚だな」

 女性が溜息をつくと、白蜘蛛の姿も見えなくなった。

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