第5話 探索(ミスズ)
様々な商品のホログラム広告を浮かべる看板を眺めながら、入り組んだ見通しの悪い路地を進む。その路地には廃墟になった店舗や施設が並んでいたが、店内には雑草が生い茂り、商品はスカベンジャーたちによって持ち出されていたのか、何も残されていなかった。
レイラとミスズは機械人形に使用される電子部品を調達するために、複合商業施設にやってきていたが、目的の品物を見つけだすのは難しそうだった。
「レイラ」
ミスズは小声で青年の名を呼ぶと、こちらに来るように手招きをした。
「施設の地図だな」レイラはそう言うと、壁に設置されていたホログラム投影機が表示していたフロアマップに視線を向ける。
「目的地は家電量販店ですか?」
ミスズの言葉に答えるように、フロアマップが変化して施設の一角が拡大表示される。しかし青年は頭を横に振って答える。
「その場所はスカベンジャーたちに荒らされていて、もう何も手に入らないだろうな」
ミスズはじっとフロアマップを睨んで、それから別の家電量販店を検索する。装置は彼女の声を認識して、空中に投影していた立体的な地図を変化させていくが、投影機の状態が悪いのか、時折映像が瞬いて消えることがあった。
しかしそれでも、施設の地下に存在する別の店舗の情報が表示された。どうやらそこは機械人形を専門に販売している店舗のようだ。
「地下ですか……」
ミスズは困ったように眉を八の字にして地図を見つめる。
「人擬きが潜んでいそうだな」
レイラは背中にハーネスで吊るしていたアサルトライフルを手に取ると、装填されていた弾倉を抜いて残弾の確認を行う。
「戦闘になりますね」
ミスズも予備弾倉の確認を行いながら、ハンドガンのシステムチェックを実行して、突発的な戦闘に対応できるように準備する。
天井まで吹き抜けになっている区画は、人工芝が敷設された広場になっているようだったが、今では鮮やかな赤紫色の植物が繁茂していて、フロアマップの画像情報で確認できた面影は残っていなかった。
レイラとミスズはその広場を右手に見ながら、地下に続くエスカレーターの前に立つ。手すりにはつる植物の太い茎が複雑にからみつき、踏板の隙間からは網目状に繁茂する雑草が確認できた。ミスズがちらりと上方に視線を向けると、崩壊した天井から日の光が差し込んでいるのが見えた。
「危険だな……エスカレーターを使うのは止めておこう」
レイラの言葉に同意すると、ミスズは拡張現実で表示されていた矢印を頼りに階段を探すことにした。レイラが施設の端末に接触接続することで、フロアマップをダウンロードしていたので、道に迷うことはなかったが、その地図がなかったら探索は困難なものになっていただろう。
薄暗い施設には植物だけではなく、かつて施設で暮らしていた人々が残したテントや生活用品のゴミ、それに即席のバリケードも多く残されていた。ゴミのほとんどは経年劣化で朽ちていて、触れただけで壊れてしまうようなモノだったが、それらのゴミは大量に捨てられていて、足場を見つけるのも難しくしていた。
レイラにもミスズにも確かなことは分からなかったが、この商業施設で暮らしていた共同体がいたのだろう。そして恐らくそれらの人々は鳥籠で暮らす権利を得られなかった人々だ。そういった人々が最終的にどうなったのかは分からない。
略奪者になって、鳥籠で暮らす人々を襲うようになったのかもしれないし、人擬きウィルスに感染して悲惨な最期を迎えたのかもしれない。しかしそれはとうの昔に過ぎ去ったことだった。
薄暗い通路を進み、金属製のやけに軽い防火戸を開くと、真っ暗な空間の先に地下に続く階段が見えた。レイラは着脱式のショルダーライトを使って階段を照らした。すると風に舞い上がった埃や塵が、空中に漂っている様子がハッキリと見えた。
「階段が使用された形跡はないな」
レイラは床に堆積していた埃を確認しながら言う。
『でも油断しないでくれ、地下に続く道は別の場所にもある』
ミスズはイヤホンを介して聞こえるカグヤの声にうなずくと、ショルダーライトを点灯して、ハンドガンを構えながら階段に接近する。しかし生物の気配はなく、通路に溢れていたゴミもこの場所では確認できなかった。
「とにかく注意して進もう」
レイラはそう言うと、暗闇に向かって歩を進めた。
目的の階に到着すると、ミスズはフロアに続く防火戸を開こうとして手を掛けたが、扉は重く、どうしても開くことができなかった。
「まかせてくれ」片手でハンドガンを構えたレイラが扉を押すと、ゆっくりとだが扉は開いていった。
「何かが障害になっているみたいです」
ミスズの言葉にカグヤが答える。
『ゴミが邪魔になっているのかな』
「違うみたいです……」
開いた扉の先に積まれていた無数の骨が、乾いた音を立てながら転がり落ちる。
「それは人間の骨なのか?」
レイラは通路の先を照らしながら足元に転がっていた大量の骨に視線を向ける。そこには人間の頭蓋骨も落ちていたが、野生動物の骨も大量に残されていることが確認できた。
『施設に迷い込んで、ここまでなんとか逃げてきたけど、力尽きたって感じだね』
「なにから逃げてきたんだ?」
『骨が傷だらけだから、やっぱり人擬きなんじゃないの? レイダーは骨をかじったりしないでしょ』
レイラは溜息をつくと、暗い通路を照らしながら進んだ。
足元に転がる骨片を砕きながら進み、目的の家電量販店が近づいてくると、視線の先に拡張現実で警告が表示される。付近にある全ての端末が警告を受信するように設定されていたのだろう。ミスズはタクティカルゴーグルに表示された警告に驚くが、すぐに情報を確認する。
「えっと……自動攻撃型タレットが起動しているみたいですね」
『店舗の警備システムだね』カグヤが続ける。
『でもどうして商業施設に軍用のオートタレットが設置されていたんだろう?』
「原因はあれだな」
レイラがライトで店舗内を照らすと、軍用規格の機械人形がズラリと並んでいる様子が見えた。
『機械人形の見本市でもやっていたのかな?』
「そうなのかもしれないな……それより、俺たちを攻撃対象から除外することはできるか?」
『生体情報を登録すれば、簡単にできるよ。何処かに店舗を管理する端末があるから、それに接続する必要はあるけど』
ミスズは通路の先にライトを向けて、天井に設置されていた自動攻撃型タレットの姿を確認する。
「オートタレットは二基あります」
『端末に接続するまでは、オートタレットの攻撃範囲を視覚化することはできないから、無闇に近づかないでね』
「わかりました」
ミスズがカグヤに返事をしたときだった。通路の向こうから男性のものにも、女性の声にも聞こえる叫び声が反響してきた。
「人擬きです!」
ミスズは素早くハンドガンを構える。すると通路の向こうからボロ布を身にまとった数体の人擬きが現れて、ゴミや天井から落下していた瓦礫に躓きながら、こちらに猛進してくる。
レイラとミスズは人擬きを殺すことのできる旧文明期の兵器を使い、的確に銃弾を急所に命中させながら人擬きを処理していく。けれど人擬きの叫びは別の個体を呼び寄せ、通路は新たに出現した人擬きで埋め尽くされていく。
すると自動攻撃型タレットが起動する電子音が聞こえて、続けざまにレーザーが発射されて人擬きの肉体を焼き切っていく。どうやら天井に設置されていた自動攻撃型タレットはレーザータレットだったようだ。光学兵器だったからこそ、弾薬が尽きることなく、現在まで稼働し続けられたのだろう。
レーザーの赤い光によって薄暗い通路が照らし出されるたびに、手足を切断されて無力化された人擬きが地面に転がる。が、レーザーの照射は始まったとき同様に、短い電子音のあとに動きを止めてしまう。高出力のレーザーが発射される際に発生する熱によって、装置が故障してしまわないように冷却する必要があるのだろう。
そしてそれはレイラたちにとって思わぬ好機をつくりだした。レイラは持ち前の身体能力を生かして店内に駆け込むと、自動攻撃型タレットを制御するための端末を探す。その間、ミスズは店舗の入り口に陣取って迫りくる人擬きに銃弾を撃ち込んでいく。
敵の数が多く対処しきれなくなると、素早くアサルトライフルに持ち替えてフルオートで弾丸を浴びせる。
『接続できたよ!』
カグヤの言葉のあと、急速冷却を行っていたレーザータレットが起動して人擬きに向かって高出力のレーザーを発射する。そのままレイラが戦闘に加わると、人擬きの数は一気に減り、戦闘の終わりが近づいてきた。
レイラは銃口を下げると、地面に横たわる人擬きの死骸に視線を向けた。
「終わったのか?」
「まだ油断はできませんが、人擬きの気配は感じられません」
ミスズは通路の先を照らしながら言う。
「それなら人擬きが集まってくる前に、目的の電子部品を探そう」
自動攻撃型タレットに守られた店舗は、しかしすでにスカベンジャーたちに荒らされた後で、目的の電子部品を見つけることはできなかった。
「裏口がありました……」と、ミスズは肩を落とした。
どうやらスカベンジャーは店の裏口を使うことで、脅威になる人擬きや警備システムを回避していたらしい。
『今回は仕方ないね……ところで、機械人形はどんな感じ?』
カグヤの言葉に、ずらりと並んだ機械人形を確認していたレイラは頭を振る。
「こいつは店舗に展示されるための、中身のないただの模型だったよ」
『だから完全な形で残っていたんだね……』
レイラたちはガッカリしながら店舗の裏口をつかって上階に戻ると、どこかに遊びに行っていた白蜘蛛と合流して、施設をあとにした。
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