第2話 商人(ジュリ)
「ミスズもレイがどこに行ったのか知らないの?」
利発そうな少女が部屋に入ってくるなり、短く切り揃えられた茶色い髪を揺らしながら訊ねた。
「今日はハクと一緒に廃墟の探索をするって、朝早くから出掛けましたよ」
ミスズの言葉に少女は顔をしかめると、不満そうに腕を組んでみせた。少女の子供っぽくて、可愛らしい仕草を見ていたミスズは目の端でこっそり笑う。
「ジュリはレイラに用事があったのですか?」
ミスズにジュリと呼ばれた少女は、廃墟の街で生きる人々によって築かれた『ジャンクタウン』と呼ばれる街で暮らしていた。そこで孤児として苦しい生活を続けながらも、自分自身の力だけを頼りに露店を出し、商人として生きてきた逞しい子でもあった。けれど不運な出来事が重なり、街に寄生するチンピラに因縁をつけられて襲われてしまう。
絶体絶命の状況に追い込まれたジュリは、偶然にその場に居合わせたレイラに救われて、それ以来、彼の拠点で保護してもらっていた。何よりも大切だった露店を失ってしまったが、レイラとの出会いは、失うよりもずっと多くのモノを得られる機会になった。
そのジュリは腕を組んだまま、ふくれっつらで拠点の天井を見つめていたが、家政婦ドロイドがやってくると、無骨な機械人形のもとに歩いていった。
「なぁ、ウミ」と、ジュリは言う。「レイに倉庫の整理を頼まれていたんだけど、暇だったら作業を手伝ってくれないか?」
短いビープ音が聞こえると、ウミが送信したテキストメッセージがジュリの携帯端末に届く。
〈お手伝いしましょう。ですが、子供だけで銃器を扱うのはとても危険なことです。万が一に備えて、ミスズ様にも同行してもらいましょう〉
ジュリは端末のディスプレイから視線を外すと、ミスズに声を掛けてもいいのか考えた。やがて意を決してミスズにも作業を手伝ってもらえないか頼むことにした。
「いいですよ」と、ミスズは笑顔で答える。
琥珀色の眸に真直ぐ見つめられると、ジュリはドキッとして落ち着かなくなる。心がざわざわしたのは、ミスズの綺麗な顔立ちに見惚れたからだけじゃないのだろう。ジャンクタウンで生活していたときには、頼れるのは自分自身だけだった。
誰かに何かを頼んだら、それ相応の見返りを求められたし、多くの場合、煙たがられて無視された。だからミスズとウミの優しさに戸惑っていたのかもしれない。
ジュリは気を取り直すと、ミスズの手を取って部屋を出た。レイラに頼まれていた作業は、倉庫に保管されていた大量の装備品の仕分けをすることだった。ジュリの商人としての経験を頼りに、貴重なものと、そうでないものを分ける。
レイラはスカベンジャーとして廃墟の街でジャンク品を集める傍ら、無法者の略奪者たちを撃退して、多くの装備を手に入れていた。だから作業場として使われている倉庫には、略奪者たちから奪った大量の小銃や弾薬、それに装備品が保管されていた。
ジュリはその大量の物資を整理しながら、ジャンクタウンの商人に売却するモノも確保する予定だった。
倉庫には銃器の整備ができるように、部屋の中央に作業台が置かれていて、種類別に整頓された武器や装備が壁側に並んでいた。ジュリは部屋の様子を確認しながら、家政婦ドロイドを操るウミがやってくるのを待っていた。
頭部にディスプレイがついた家政婦ドロイドは、短く太い胴体に、蛇腹形状のチューブに保護された短い足を持つ旧式の小型機械人形だった。だから歩く速度がとてつもなく遅かったのだ。
けれど機械人形に対する偏見や差別意識を持たないジュリは、それを少しも不満に思うことなく、ウミのことを待ってあげていた。となりでジュリの様子を見ていたミスズは、少女の優しい心遣いに思わず笑顔を浮かべた。
部屋に入ると、ジュリは気持ちを切り替えるために、深呼吸してみせた。
「誤って暴発しないように、ミスズの姉ちゃんはライフルに弾丸が装填されていないか確認してくれ。その間、俺は装備品の状態を確かめるよ」
「まかせてください」
ミスズは笑顔で答えると、ウミと一緒に金属製のガンラックに収納されていた小銃の点検を始める。ちなみにジュリが拠点で一緒に生活するようになってからは、ガンラックは施錠されていて、武器を取り出すには生体認証を使った人物確認が必要になっていた。
ミスズたちが作業している横で、ジュリは売り物になるようなものを探すが、銃弾を受けてボロボロになった防弾ベストや、完全に使い物にならない携帯端末が保管されていることに気がついた。レイラにもハクのような収集癖があるのだろうか? ジュリはそんなことを考えながら、使えないものをリサイクルボックスに次々と放り込んでいく。
ジュリは状態がいいタクティカルゴーグルを手に取ると、装着してインターフェースを起動した。するとウミからテキストメッセージを受信した。
〈使えそうなものは見つかりましたか?〉
「ううん」と、ジュリは頭を振る。「ここにはガラクタしかないよ」
〈それなら、リサイクルボックスを使いましょう。あの装置で入手した素材を使って、いくつか装備を製造しましょう〉
「そんなことが出来るの?」ジュリは目を大きくして驚く。
〈設計図があるので、簡単な装備ならすぐに製造できますよ。もちろん、高価な装備品は製造できませんが〉
「どうやってそんなことができるんだ?」
〈専用のソフトウェアを使って装置の操作を行います。選択された装備品は、となりの部屋に設置されているプリンターに出力されます〉
「それも旧文明期の遺物なの?」
ジュリの質問に答えるようにウミがビープ音を鳴らすと、ジュリはうなずいた。
「それなら、必要のない装備はどんどん資源に変えていくね」
「そろそろ休憩にしましょうか?」
しばらくしてミスズがそう言うと、ジュリは頭を横に振った。
「まだ平気だよ」
「無理はしないでね」
「分かってる。でも俺は居候の身だから、自分に与えられた仕事をしっかりやらないといけないんだ。レイラとミスズの姉ちゃんに甘えてばかりいられないからな」
「ジュリは偉いですね」ミスズはライフルの整備を続けながら言う。
「普通だよ。しっかりしてなければ、この世界では生きていけないからな。それに、俺はレイラの専属の商人だからな」
「専属ですか?」
「そう。俺は銃を持って戦うことはできないけど、こうやってレイラたちの手伝いをすることができる」
全ての作業が終わると、整備された旧式のアサルトライフルを多く確保できた。けれど高額で売却できそうな装備品や携帯端末は、数台しか見つけられなかった。
「……これくらいかな」ジュリは腰に手を当てて満足そうに言うと、となりに立っていたウミに訊ねた。「ねぇ、ウミ。装備品の設計図は何処で入手できるの?」
〈ジャンクタウンにある旧文明期の販売所で入手できますよ。それなりの値段がしますが〉
視線の先に表示されたメッセージを読んだあと、ジュリは首をかしげる。
「俺は商人だったんだけど、そんなものが売られているなんて、全然知らなかったよ」
〈設計図の項目を出現させるには、〈データベース〉に関する高い接続権限が必要になります〉
「レイラとカグヤだから購入できるのか……」
〈そういうことです〉
家政婦ドロイドはビープ音を鳴らすと、銃器が収められた木箱を持ち上げる。
〈それでは、プリンターを確認しに行きましょう。そこで装置を操作する方法を教えます〉
「わかった」ジュリはうなずくと、ミスズの手を取って部屋を出た。
ジュリにできる仕事はまだ少ないが、命の恩人でもあるレイラに報いるため、彼女はこれからも多くを学ぶつもりだった。
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