第16話 激化1
ポラリスのコクピットの中で予定の時刻になった事を確認する。
さてさて、もう時間がやって来た。
逃げ出す前に最後の確認だ。
思い残した事はないだろうか?
ーーない!
SSは此処じゃなくても乗れる可能性はあるし最後にアルマとパトリック爺さんに別れを言えて8時に基地が襲われる事を伝えられたから此処から逃げ出す事に無事成功してる。
あ、そういえば一つだけある。心残り。
この騒ぎの原因である謎のSSがあるというコンテナ、あれを開けていない……いかんいかん今は忘れると決めた筈だろう?忘れろ忘れろ忘れろ……。
よし忘れた。
さて、本当にそろそろだ。
考えごとはもうこの辺りにしよう。
俺の作戦は戦闘が始まった騒ぎに乗じて今乗っているポラリスのスラスターを全開して一気に基地から離れた場所へと逃げる至ってシンプルな作戦、しかし敵に見つかればポラリスではひとたまりもないし気を引き締めなくては……。
「かぐや、機体の調子はどうだ?」
ポラリス接続してかぐやに問いを投げる。
すると相変わらず抑揚のない声で返事をしてくれた。
「いい調子です。しかしスラスターの摩耗具合から全快で飛ばせるのは後2回が限度ですね」
「そうか……え?後2回が限度なの?」
「はい」
「まじかぁ」
わりとショックなお知らせだ。
まさかそこまでスラスターの摩耗が酷かったとは此処から上手く逃げられたら腕や足にコクピット周りばかりじゃなくスラスターもちゃんと整備してみよう。
「よし、機体の状態を聞けたところでだ……周囲の反応、アニマルハートおよび敵勢力はどういう配置で展開してる?」
「マップを出して説明しましょう。まずアニマルハートの方は……馬鹿ですね。SS3機にノーマル兵装を装備させて基地の正面に身を隠さず展開してます」
「あほだな」
昨晩の事をもう忘れてしまったのかアニマルハートにあるSSでは敵わないと重々承知しているだろうに。
「……いや、待てよ。まさかこれも何かの作戦か?」
「それは考えづらいと思います。貴方に聞いたアニマルハートの戦力と社長の知能の低さを考えるとですが」
全く知らないところで知らない奴に社長がすんごい馬鹿にされてるよ。まぁ、社長の事はそんなに好きじゃないからいいんだけど。
しかしかぐやの言う通り今の状況が考えなしのものとはどうにも思い切れない。
「かぐや、今回も連中のやり口は昼に聞いた通りと思ってて大丈夫なのか?」
「えぇ、マップの表示を見る限り部隊は足を止めています。コンテナの解放の確認をし開いていないなら甘い言葉で私を差し出させてから殲滅するつもりでしょう」
「まるで敵国に捕まったお姫様だな」
「あんなのが王子様なんて冗談が過ぎます。忌々しい」
冗談で言ったつもりだけどかぐやさんわりと本気で嫌そうだな。これ以上言ったらへそ曲げられそうな気がするしこの辺りにしとくか。
しかし社長達はどうするつもりだ?
かぐやは俺が持ってるから差し出しようもない。そして一番怪しい俺に端末の事を聞かないあたり持ってるとも思っていないだろうし。
そんな状況であの金の亡者がやる事といえば……。
「状況が動きました」
「!」
かぐやの声にはっとなりモニターに映ったマップを凝視する。
「動いたって、これは……かぐや、俺が仕掛けといた監視カメラの映像をモニターに出してくれ。昼間に仕掛けた正面のやつ」
「了解です」
画面が切り替わるの待つこと数秒後、映し出された映像を見る。
「……狂ってる」
そんな俺の言葉に続いてかぐやは不愉快そうに同意を示す。
「愚か過ぎますね」
モニターに映るのは二組の影……。
一つは敵勢力からのかぐやを回収するための歩兵達。そしてもう一つはアニマルハートの兵……キャット隊の2人だ。
かぐやはないのに何故敵もこっちも生身の歩兵を出す?そんな答えは簡単だ。
騙し討ちをするつもりだ。
「バカが!それに何の意味がある?歩兵を数人削れたとしても状況は何一つとして変わらない!むしろ火に油を注ぐのと変わらないんだぞ!?」
「……私が入ってると嘘をついて別の何かが入った物を敵に渡す。おそらく爆弾でしょうね」
そんな事は分かっている。
実に人の命を毛程にも思っていないあの社長やヒューマン隊の隊長がやりそうな手だ。
でもだからといって俺にはどうする事も出来ない。ここで柄にもない正義感に駆られて出ていけば此処から逃げ出す事が叶わなくなる。
ーーだから!
ポラリスのコクピットハッチを開き俺は飛び出す。
「……かぐや、エンジンを切らずにこのままで待機しといてくれ。此処ならしばらくは攻撃がこない筈だから」
「はぁ、因みに聞きますがどっちへ行くつもりですか?」
俺のやる事はある程度分かった上での質問、本当優秀なAIだ。
「どうしようもないクズ達の方」
「わかりました。では、お早いお帰りを……お気をつけて」
言葉に返信として軽くポラリスを叩くと走り出す。
手に安全装置を解除した銃を握りしめて。
急げ急げ、きっとまだ2階の社長室に居る。
逃げ出す前に鞄いっぱいに現金を詰め込んでる筈だろうから。
基地内に入り階段を駆け上がる最中外から爆発音が聞こえその振動で壁や階段が揺れるが足を止めない。ただ思うのみだ。
「……逝ったか」
また無駄に人の命が消えた。
人の勝手な都合でけつを拭くような役割を押し付けて……あぁ、なんて胸糞の悪い。さぞや無念だったろう。
奥歯を噛み締めると段々と走るスピードを上げる。
「お前らだけを無駄に死なせはしない。他の誰でもない同僚だったよしみだ。手向けにクズもそっちに送ってやる」
これが自分の命惜しさに同僚を置いて逃げ出す俺が出来る唯一のことだ。
社長室の扉の前にたどり着くとノックなしで扉を蹴り破ると中ではパンパンに膨らんだ鞄を両手に持ち呆気にとられた顔で俺を見る社長とヒューマン隊の隊長に銃を向ける。
こいつらとはもう話をする価値もない。
ただその身で報いを受け止めるだけでいいのだから。
2人が何かを口にしようとした瞬間俺は引き金を引いた。
銃声が2回社長室で鳴り響いたその数秒後、薄汚い死者しかいない社長室は敵からの攻撃で基地の何処よりも早く真っ先に吹き飛んだ。
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