第2話 SSに乗れない

 丘の下、基地付近の荒野で行われるヒューマン隊の乗る全長8メートルのSS《シリウス》同士の訓練。 

 駆動音を鳴り響かせまるで人間のように滑らかに動き、ぶつかり合う鉄と鉄、拳と拳。

 それによって美しく飛び散る火花。

 そして相手を見据えて赤く光る単眼。


 見てるだけで胸が激しく高鳴る。 

 銃やナイフと同じ人を殺す兵器である筈なのに。


 この気持ちが人として間違っている事は分かっている……今さら人としてなんて口が裂けても言えないが。

 しかしこれは幼少の頃から色褪せる事のない思いであり夢、そして自分が自分であると言えるただ一つの証明。


 シリウスが好きな自分こそが人間アカリであると。

 

「お前、本当にSSが好きなんだな」

「え?」


 訓練の様子を見ていた俺に横に立っている爺さんが突然笑いながらそんな事を言った。


「なんだよ急に?ていうか、俺がSSが好きなのはよく知ってる事だろう?」

「だから本当にって言っただろうが」


 確かにそうは言ったが、だからなんだというのだろう?

 今の俺は何か可笑しかったのだろうか?


「がははは!キャット隊の化け猫も世界を滅ぼす化け物の前では肩なしって事さ!後ろを見てみろよ!」

 

 爺さんに促されるまま後ろを振り返るとそこには大の字で伸びたキャット隊の面々がいた。


 はて?あいつら一体いつ来たのだろう?


 首を傾げている俺を見て何故か爺さんはニヤニヤと笑った。


「なんだよ爺さん?」

「いやな、訓練が始まってる事も知らず楽しそうにSSを見てるもんだからよ。面白くてな」

「……え?訓練始まってたの?」

「おうともよ!付け加えるなら今さっき終わった!」


 おっとと、まさか始まっていたどころか終わっていたとは、なんたる失態。


「それは……確かに、側から見てたら可笑しいな」

「だろう!がははは!」

「ーーがははは!じゃないわよ!耄碌ジジィ」

「「お?」」


 爺さんと声がはもり横を振り向くとそこにはツナギを着た短い髪の女が仁王立ちしていた。

 そいつは俺の顔馴染みであり爺さんにとってはもっと馴染みのある女ーー。


「誰が耄碌ジジィだ!仕事はどうしたアルマ!こんな所で油を売りやがって!」

「可愛い孫娘にむかってとサボってるみたいな言い方やめてくれる?ヒューマン隊のクズどもの訓練が終わるまで手持ち無沙汰だから暇潰しに来たのよ」


 こいつの名はアルマ・カルス。

 パトリック爺さんの実の孫娘で若くしてバード隊の副隊長をしている。

 そして唯一アニマルハート内で付き合いが長い同年代の俺の友人だ。


「よ、お前も来たのかアルマ」

「おはようアカリ。えぇ、あのクズどもが終わるのなんて待ってたら暇で暇で妊娠しそうでね」

「は、ははは……」


 アルマはメカニックとしての腕は申し分ないのだがその性格は隠し事の出来ない正直者……なんて可愛いものではなく自分の思った事をなんでもやる破天荒な性格。

 良くも悪くも爺さん似だ。


「おいおい、メカニックであるバード隊の副隊長がヒューマン隊の奴等の事をクズなんて言ったらまずいだろう?」

「ふん、影で何を言おうと相手に聞こえなければ無実よ」

「でも、もし聞かれたらあいつらに何されるか分からないぞ?心骨しんこつ休みの時に相手させられる可能性もゼロじゃないんだ」


 心配でそう言うと横に居る爺さんは複雑そうな顔をしながら頷く。

 しかし当の本人はそんな俺達の心配を鼻で笑って一蹴する。


「ふん、そうなった時はそうなった時よ」

「お前な……」

「はぁ、儂が言えた事じゃないが、もうちょっと自分を大事にしろ。嫁入り前なんだから」

「そういう台詞は心骨休みを初めて経験する前に言ってほしかったわね」

「あ、はい……ごもっともで」


 痛いところを突かれた爺さんは俺の横で項垂れてしまう。


 しかしアルマの不満は本当にもっとまだ。

 俺も心骨休みの日を初めて迎えた時は困ったものだし。


「そんな話よりよ。もうキャット隊の訓練終わったみたいだし朝ご飯行かない?私お腹減っちゃって」

「あー、うん、2人も来て対人訓練も終わったみたいだしそうするか」

「よし!じゃあ、下に車停めてるからそれに乗ってとっとと行くわよ!あ、倒れてる2人はお爺ちゃんの車でお願いね」

「ちょっ、待てアルマ!こっちの車はまだ修理が途中でーー」


 爺さんの声は残念ながらアルマには届かなかった。何故なら言いたい事を言うとさっさと俺の手を引いてその場から走り出していたからだ。


 ほんと、破天荒な奴だ。


〜〜〜〜〜


 基地に向かって荒野を走る車。

 それ乗っている俺とアルマだが俺は少し疑問を感じていた。


 なんでわざわざ遠回りをしているんだろうか?真っ直ぐに帰れば数十分で帰れる筈なのに、ドライブでもしたいんだろうか。


「ねぇ」

「んー?」

「まだSSに乗ること諦めてないの?」


 また、唐突な質問だな。そんな事を改めて聞いてくるなんて。


「諦めてないけど、それがどうしたんだよ?」

「……SSに乗るには相性が必要。血液型なのか性格なのか、はたまた非科学的な何かのか分からないけど乗って動かせない以上はどの機体で試しても結果は同じ」

「……」


 アルマの声は酷く悲しそうだった。

 まるで憐れむようで。


「こんな話嫌ってほど分かってるでしょうけど、あんたはSSに乗る事は出来ない」


 本当にどうしたんだろう。

 こんな話をわざわざアルマがするなんて、いつもは俺が落ち込むから言いすらしないのに。


「……どうして急にそんな話を?」

「友達が叶わない夢に向かって走るあまり早まった事をしてほしくないから忠告よ」

「意味が分からないぞ?」


 アルマの言葉の意図が何一つ分からない。

 しかしその言葉が俺を心配しての事だということは理解できる。

 何を心配してかは本当に分からないが。


 すると俺が顔を顰めていると運転中のアルマは俺の方を向いた。


「今日の夜にある仕事、出来る事ならあんたには参加してほしくない」

「また唐突だな。一応理由を聞いてもいいか?」


 理由を問うとアルマは真剣な顔で言った。


「勘よ」


 そんな会話をした後、基地に帰って来た俺とアルマは食堂に向かう。

 しかしその道中で俺はふと思った。


 そういえばアルマの奴、今夜の仕事に参加しないでほしいて言ってたけど、どうしてあいつが仕事があるなんて知ってるんだ?

 仕事のあるなしや内容はその日に毎朝社長の口から語られる筈なのに。


 不思議だなと思いながら食堂に足を踏み入れると丁度社長がアニマルハートの隊員達に仕事の事について話し始めていた。


 今夜コンテナを積んだトラックを襲撃し積み荷を奪うという野盗のような仕事の話を。

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