#25 ちょっと困るアピール

 魔力身分証を確認するが、うちのパーティもマリーも状態異常にはかかっていない。でも貴族さんたちはそういうこと、だよね?

 魔法省役人でもあるキンコウタイ家のご主人が自らを指しているので、<属性回復>をかけようと近づくと、マリーが俺の手をつかんだ。


「魔王の状態異常は解除に<属性回復>が二回分必要となる。この人数をノリヲとチョウヒに数人加わっても全員回復させるには精神値が到底足りない」


「だけど」


「だから」


 マリーが食い気味に俺の言葉を遮った。つないだ手を大きく振りながら。


「魔力階位4で使用できる<属性合体>は本来、同属性の魔術に対して属性エネルギーを増強するためと、主術者の消費精神値の肩代わり用の精神点譲渡とに使われる。しかし、魔力階位2の<無属性生成>を併用することで、同じ属性じゃなくとも<属性合体>の精神値肩代わり効果なら発動できるのだ」


「……なるほど。白魔術師を使えない人も白魔術の<属性回復>の発動に協力できるってことか」


「そう。一緒にするの」


 引っかかる部分がないとは言わないが、大筋は合意だ。


「わかった」


「チョウヒ、自分も<属性合体>を使える。こっちも同じことをやろう」


 モーパッが迅速に動いてくれて、俺と手をつなぐマリーを見つめていたチョウヒさんの視線が周囲へと向く。

 キンコウタイ家のご主人を回復すると、家族よりも護衛から先に回復するように頼まれる。


「奥方や子供より? まさか、護衛の皆さんも白魔術が使える?」


「だよ。中貴族の護衛ならだいたい小貴族。白魔術使いと藍魔術使いを半々が一般的」


 マリーと一緒に<属性回復>を何度か発動すると、治したばかりの護衛が次々と治療する側に回り、結果的に精神値を使い切らずに全員の回復を終えることができた。


「魔王の影響力が広がっているのか、それとも移動しているのか、とにかくこの場所は危険だ。早く遠ざからなくては」


 終わりきっていない夕食の片付けを切り上げ、全員で出発の準備を行う。

 そのわずか数分後にはもう、ニッさんもモノミユも、キンコウタイ家の恐竜車も、シャインロクジュウ家の馬車二台も、その場を後にした。


 この街道はフシミから次の農業拠点マンゾクまで一本道だ。

 状況をマンゾクまで可能な限り早く伝えるという名目で、俺たちは彼らに合わせず飛ばし気味に街道を急ぐ。

 でも実際には、彼らを巻き込まないため。リビトが「魔王の影」である確率が高まったからだ。


『ノリヲ、まず最初にやることは魔石を持つ魔獣を見つけて狩ること。そしてその魔石をリビトに飲ませて。このままではリビトをマンゾクに入壁させるわけにはいかない』


 パーティ内通知で訴えかけてきたメリーの言い分は正しい。

 ただ無用な語弊が生じないよう皆に提案するときは言葉を選んだ。


「リビトに魔力身分証がないと、今みたいなとき状態異常にかかっているかどうかもわからない。とりあえずリビトに魔石を飲ませてパーティに追加するのをマンゾク到着前にやっちゃいたいんだけど、どうかな?」


「この辺りで狩りをしても魔物を探している間に追いつかれる可能性も高い。それに魔物は拠点に近い場所にはあまり近寄りたがらない。このまま明日の昼まで移動を強行して、ニッやモノミユを休ませている間に魔物を狩ろう。この先に、自分が昔よく使っていた狩り場がある」


 モーパッの判断をマリーへパーティー内通知で伝えると、採用された。

 その後、ダットとマリーには申し訳ないが、俺とチョウヒさんとモーパッは、全然揺れないニッさんの背中で交代で仮眠を取った……が、俺は眠れなかった。


 リビトのこと。魔王の影のこと。それだけじゃない。今まで得た情報だけでは腑に落ちないことが気になりすぎて。

 最初、リビトが状態異常『色欲』にかかっていないことは、第二次性徴もまだ来ていなさげな子供だからだと思っていた。しかし、キンコウタイ家やシャインロクジュウ家の子供たちはダットやリビトよりも年下だったにも関わらず、状態異常が発症していたらしい。互いの陰部をしきりに触ろうとしていた……じゃあなぜリビトは、いや、それだけじゃない。ダットもチョウヒさんもモーパッも、それからマリーも今回は発症していない。

 いや、問題は二つに分けるべきか。魔王の出現場所と、魔王の状態異常被害が出る範囲との関係性を結局聞きそびれている以上、リビトのことはいったん棚上げする。


 今回かからなかった人たち。

 マリーはフシミで既に一回、状態異常『色欲』にかかった。なので、何らかの耐性がついて今回はかからなかった……と仮定する。

 チョウヒさんたちは精神の減り方を見た限り、<属性回復>を使った形跡がなかった。

 なので、宿屋ではかかっていなかったか、もしくは、かかったことにすぐに気づいたチョウヒさんが三人の状態異常を回復した後で精神値を回復したか。

 さっきマリーに聞いた限りでは、後者は考えにくい。

 ゲンチでは、ゲームやマンガの異世界モノに当たり前に登場する「ポーション」というものがない。肉体の回復は精神値を消費して<属性回復>で治すしかない。さらに上級の魔術では肉体の欠損も一部ならば治せるというが、それに対し精神の回復手段は、時間経過による自然回復以外にはない。

 先程のように<属性合体>で術者の精神消費を他の人が肩代わりするか、さもなくば精神値を他者に譲渡できる魔法具を使うか……ただ、モーパッやダットの精神値も減ってなかったんだよな。

 となると、やはりかからなかったことになる。

 チョウヒさんとダットとモーパッの共通点は、前回の魔王出現時に身内を亡くしているということ。それが何らかの理由で、今回の無事につながっている可能性は……。


「ノリヲ、起きて」


 ん? チョウヒさん?

 眠れなかった……と思っていたが、寝てしまっていたか。

 見るとニッさんが停まり、ダットともども休んでいる。ニッさんがの傍らではマリーとモノミユも。

 辺りは緑が随分と減り、一面赤茶けた風景。そこそこ深い峡谷の底近く。見上げた空は幾重にも横筋の入った地層の崖の向こうでより遠さを感じる。

 グランドキャニオンという単語が頭に浮かぶほど。

 そんな崖に囲まれた空間に、俺たち以外に二頭立ての馬車二台と、タレポ四匹の……衛兵部隊?


「どうしてここに衛兵の皆さんが?」


「マンゾクからフシミに向かう途中の街道警備隊と遭ったのね。今、モーパッが事情説明しているとこ」


 俺にしがみついて寝ているリビトの手を外すと、リビトが目を覚ます。あどけない顔のリビト、浮かべた笑顔には少し疲労と不安が混ざっている。

 この子が魔王の影かもしれない。もしそれが本当だったとしたら……どうするべきかはちゃんと考えておかないといけないだろう。

 リビトの頭を撫でてから毛布をまるっと渡し、チョウヒさんと共に地上へと降りる。

 衛兵と情報交換していたモーパッが戻ってきた。

 衛兵の皆さんは街道をフシミの方へと出発する。


「ノリヲ、リビトに降りてくるよう伝えてくれ。この近くに、自分が赤魔術の階位を上げるためによく使っていた狩り場がある」


 モーパッがやけに嬉しそうだ。


「ノリヲ……無理しないでね。怪我がないのが一番だからね」


 チョウヒさんがリビトのようにしがみついてくる。


「ああ。気をつける」


 頭を撫でようとした俺の右手をチョウヒさんは両手で握りしめ自らの頬へと当て、俺をじっと見つめる。

 ちゃんと守らないとな、この子を……一番に。


「……だよ」


 小さな声で、何かを言った?

 膝を少しかがめて、耳を近づけた、そのときだった。チョウヒさんが突如両手を伸ばし、俺の首へと回す。勢いよく歯がぶつかる……キス。


「約束だよ」


 さっきよりも大きな声。そして同時にパーティー内通知が来る。多分そうだろうと思ったが再生する。


『約束だよ』


 チョウヒさんの声がじわりと胸にしみる。もしこんな状況じゃなく、しかも二人きりだったりしたら、俺の方からキスをやり直していたかもしれない。でも今はぐっと堪えて。


「できるだけ早く戻ってくる」




 歯に残る感触を確かめながら岩の隙間を歩くこと二十分。

 にわかに広い場所に出る。

 地面の感じが変わる。砂利の多い赤茶けた地面なのは変わらないのだが、この広い場所にはところどころ、座った人間くらいの大きさの草むらがある。

 モーパッは背負っていたリビトを持ち上げると、そのまま俺に背負わせた。


「ここらへんは岩トカゲの縄張りだ。奴らは小さいが、弱っている生き物に対して集団で襲いかかる。血の匂いに敏感なんだ。たかられると焦るかもしれないが、慌てず頑丈に加護を入れて、一匹ずつ確実に引き剥がして地面に叩きつけて思い切り踏み潰せ。仲間の血だろうが反応する」


「わ、わかった」


 とは答えたものの、頭で認識した情報に対して体が追いつきそうにない。


「腹が特に赤い奴がいたら、そいつから優先的に踏み潰せ。赤魔石を持っている確率が高いんだ……それと」


「うん」


 生返事をしながら辺りの地面へ警戒の目を向ける。


「下ばかり見るな。ここいらにはプテラノドンが出る」


 今、プテラノドンって言った?


「プテラノドン?」


「ああ、翼竜だ。空から襲ってくる。力は強くないが、リビトくらいの大きさだとギリギリ持っていかれる可能性もある。それに奴らはどちらかというと、脅して転ばそうとしてくることの方が多い。それですりむいて怪我でもしようものなら、岩トカゲが大量に群がってくる。しばらく岩トカゲが食い散らかして重さが減ったらそこを連れ去るんだ」


 嫌な感じに利用し合っているな。


「ほら、言ったそばから来たぞ、空の方。転びそうになったら自分にしがみついてくれ」


 うわ、本当に来てる。まだ遠いが、けっこうな群れなのがイヤ過ぎる。


「ノリヲさん、すみません」


 突如、背中のリビトが情けない声を出す。


「どうした?」


「……トイレ、行きたくなっちゃいました」






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 異様なモテラッシュを素直に喜べず、ハラハラしている。目下、リビトのことが特に気がかり。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した白魔術師。

 今はチョウヒさんを最優先に考えたい。キスされてしまった。歯がぶつかる激しいやつだったけど。


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 フシミの街であの惨状を見て以来、すっかり怖がりになった……というか、休憩のたびに俺にしがみつきに来る。


・ニッ

 ゴルゴサウルス。体長は十メートルくらいありそう。ヘッドライトの効果がある眉毛型の魔法具を装備している。

 ニッさんの「揺れ」ののりしろを探して海苔を貼ったら全く揺れなくなった。眠れるくらい。


・モーパッ

 真チョウヒ様ファンクラブ副会長デッの姉。感嘆するほどの筋肉を持ちながら小顔で美人。二十五歳らしい。

 三年前までは赤いあぎとの二つ名を持つ冒険者として活躍していた。とっても頼もしい。


孤高姫ここうひめ

 本名マリーローラン・ニヤカーを隠して冒険者をしている。公衆の面前でコウに恥をかかされた被害者。十九歳。

 もう少し距離を取りたいのだが、彼女の持つ情報はもっと引き出したくはある。


・モノミユ

 タレポという種類の鳥で、人が騎乗できる。ダチョウのようなフォルムで空は飛べないが、走ると早い。

 体の大きさはダチョウより二回りくらい大きい。砂漠が多い地域では移動手段として馬より優れているらしい。


梨人リビト

 農業拠点フシミにおいて、魔王の状態異常『色欲』により宿周辺が地獄の惨状となった中、全裸で泣いていた美少年。

 日本人。召喚されて間もないようで、ゲンチの言葉も話せない感じ。とりあえず第一目標は魔力身分証の入手。


・キンコウタイ家の皆さん

 魔法省役人で中貴族でもあるご主人。奥方、お子さんが三人、メイド二人に御者一人、護衛が二人。護衛の人たちも小貴族であるらしい。


・シャインロクジュウ家の皆さん。

 銀行ギルドのフシミ支店長であり、中貴族でもあるご主人。奥方と、奥方の弟君、お子さんは四人でメイド三人に家庭教師一人、護衛が御者も兼ねていてトータル四人で馬車二台。

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