#23 距離感を見極めろ

「パーティーを組んでいないから状態異常かどうかはわからない。そもそもまだゲンチの言葉が通じないっぽいから召喚されたばかりだと思うが、魔力身分証がなくともパーティを組めるのか?」


 そこまで言って、マリーの警戒心を助長するだけかもと言葉を付け足す。


「リビトの喋っていたのは地球の、それも俺と同郷の言葉だ」


「ノリヲの、地球での顔見知りなのか?」


 孤高姫の鎧を着込んだマリーは顔の上半分が隠れ、その向こうの表情まではわからない。


「そうではない……だが、孤高姫の反応を見てると、俺の知らない判断材料なり情報なりを持っているようにも感じる」


 元々は俺たちがコウに狙われているという情報をもとに、彼女がコウへの報復を考えていることから着いてきたのだ。

 戦力的には助かるが、コウを見事返り討ちにした今、何かを隠していそうなことへの不信感や、彼女の積極性からくるチョウヒさんとのパートナーシップにおける不安感は、一緒に行動することへのマイナス要因となり得る。


「すまないが、事情がある」


 そのとき、マリーの額には海苔が浮かんだ。

 これを剥がせば隠していることをさらけ出してくれるとは思うが、二人きりならともかくその情報を他の皆も聞かせて良いものかどうかは判断に迷う。

 例えば仕事上の守秘義務が何かあるとしたら、俺の手でコンプラ違反させてしまうことになるし……となると。


「わかった。では、孤高姫が本来の目的を果たした今、貴女とはここで別れよう。地球人を召喚した者が皆、召喚者としての義務を全うしているわけではないという状況は耳に入っている。俺たちは……俺は、同郷の、しかも子供を見殺しにするような真似はできないんだ」


 渡り廊下の奥、宿屋のあった方向から火の手が上がっているのが見える。

 モーパッも急いだいた方が言っていたのだ。こんなところで議論している場合じゃない。半ば一方的に決断を伝えて通用口へと移動する。うずくまっているリビトを抱えあげると、目を閉じておくように伝えた。

 コウの死体の横を通り抜け、唇を噛んで立ち尽くすマリーの横も抜け、チョウヒさんたちのところへと戻る。

 こっちのパーティは全員、ニッさんに乗り込んでいる。

 リビトに目を開き鞍梯子を登るように指示したあと、マリーの状況を確認する。


「孤高姫のモノミユは無事なのか?」


「大丈夫だっ」


 俺を見上げるマリーの、不自然に感情を抑えた声……ゲンチでは成人が十六歳とはいえ、まだ十九歳のマリーに対して、おっさんの俺が取る対応としては大人げなさ過ぎたか。

 一方的に断定的な表現を使用して話を打ち切ったのがフェアじゃないとは判っている。

 うつむくマリーの姿に罪悪感が刺激される。

 俺たちがここを去ってもずっとそこで立ち尽くすつもり……ではさすがにないだろうが。


「孤高姫、現状、街の中は危険だ。とりあえず街を離れるまでは一緒に行動してくれるとありがたいのだが、もう少し力を借りてもいいか?」


「わ、わかった! モノミユっ! おいでっ!」


 わかりやすく明るくなった声。

 ニッさんの隣の空き恐竜房の寝藁の陰から、タレポが一頭飛び出してきて、孤高姫は素早くそれにまたがる。

 少しホッとする。

 リビトには俺の前に座ってもらい、俺が使っている毛布の中に一緒にくるまってもらうと、背中からはチョウヒさんがぎゅっとしがみついてくる。さらにその後ろでは、モーパッが周囲を伺っている。

 こちらも出発準備完了だ。

 ニッさんが静かに走り出した直後、パーティ内通知が届いた。


『ありがとうノリヲ、パーティーを切らないでくれて』


 ささやくように小さな、マリーの声。

 根は良い子っぽいんだよな。なんとか平和的な関係を維持したい――だが、今はそんなことを考えている暇はない。恐竜厩舎を出て目の当たりにした惨状が、さっき宿の表通りで見たのとは比べ物にならないほどだから。

 死屍累々という言葉がこれほどまでに当てはまる光景があるだろうか。

 慌ててリビトの頭を毛布の中に隠す。


「コウだよ。あいつがやったんだ。状態異常で我を失っている連中を片っ端から虐殺して回ってた」


 モーパッが吐き捨てるように言う。


「あいつは殺すほどに剣の一振りで刎ねられる首の数が増えていった。殺人で力が増える、大方そういう天啓だったのだろうよ」


 チョウヒさんがコウの天啓を『死亡吸引』って言ってたっけ。

 天啓はあくまでも、それを持つ本人がどのように解釈するかで結果として発動できる能力は変わってくる……なんて考察も後回しだ。今はとにかく早くここを……ん?

 ニッさんが動いていないことに気付く。

 全く揺れないおかげで、いつ走るのをやめたのかすぐには気付けなかった。


「リビト、この毛布にくるまったままこの鞍手すりにしっかりつかまっているんだ」


「はい」


 背中にしがみつくチョウヒさんにもいったん手を放してもらい、俺たち乗客席とは少しだけ離れた運転席に居るダットのもとへ、手すりを乗り越えて近づく。

 ダットはニッさんの背中に突っ伏して震えていた……そうだよな。ダットだってまだまだ子供だ。こんな凄惨な現場で耐えろと言ったらそれは虐待だ。


「ダット、目を閉じたままで、ニッサンに進めとか曲がれとか指示を出せるか?」


 運転席のすぐ後ろ、座席にはなってない場所にしゃがんだ俺にダットは身をよじってしがみつき、静かに肯く。

 ダットの頭を撫でると、少しだけ震えが収まった。

 一番近くに見える門に向かうよう、間接的に指示を出す。




 農業拠点フシミの南門手前に俺たちが着いたとき、この拠点から脱出しようとする人々でそこはごった返していた。

 つっかえて先へ進めない間に収集できた情報によると、拠点の中心部の方はあらかた状態異常にやられているようだが、中心部から離れた壁近くに居た人たちには無事な人も少なくなく、それらがこの拠点に二つしかない門へと押しかけているとのこと。

 また、この期に及んで貴族たちが先に出られるよう誘導されているらしく、そのせいですぐ近くに見える南門をやけに遠く感じる。


『ノリヲ。宮廷ギルドの証を見せれば、優先的に通れるはず』


 マリーからまたパーティー内通知を受け取り、松明で人の流れを押し留めている衛兵たちにその旨を伝えると、確かに他の庶民よりは先に門の外へ出ることができた。

 ただそこから先、農地エリアを貫く門通りも、フシミの最外壁の南門も、そこから先の外街道も凄まじく混んでいるのは変わらず、俺たちが休憩できる場所を見つけられるまでに一時間ほど街道を進まざるを得なかった。




 農業拠点は、本来の拠点としての役割以外にも要害における関所的な役割も併せ持つ。

 なので南門から出た俺たちは、反対側の王都サクヤへ即座には向かえない。

 食料もちゃんと買い出しして準備したわけでもないので、長旅もできれば避けたい……となると、当初の予定通りまずはここから三日の農業拠点マンゾクを目指すのが最善策だと感じる。

 それにリビトの問題もある。本来ならばフシミの地球人ギルドへ預けるのが最良なのだが、今は機能していないと見て間違いない。

 それらのことを皆で話し合い、とりあえずはマンゾクを目指すことにした。

 俺はそこで王都へ連絡し、俺が本来『魔法封印文書』を届けるべきである地方都市ヒトコトへと至るのか、それとも王都サクヤへ戻るのか指示を仰ぐ。

 チョウヒさんに割り当てられた探索地域も、恐らくはトラネキサム様が裏で手を回して俺の目的地付近になるよう手配しているっぽいし、俺が連絡取ったあとで、冒険者ギルドで確認してもらえばいいだろう。

 リビトは可愛そうだがマンゾクの地球人ギルドへ連れてゆくのが一番だということになった。

 方向性が決まったところで、日本語でリビトにも説明してやる。不安そうにしていたが、地球人がたくさん居る話をしたら少しだけ緊張が解けたようだった。


 話し合いが落ち着いた頃合いを見てマリーが俺たちの所へやってきた……とはいえ恐らく聞こえるくらいの距離には居たのだとは思うが。


「ノリヲ、改めて私を雇わないか?」


「残念ながら孤高姫を雇えるほどの資金はないんだ」


「少し二人きりで交渉させてくれるか?」


 その申し出を受けたのはマリーとそれなりの信頼関係ができていると思ったからだ。

 しかし、皆と距離が離れた深夜の森の中で、マリーはあろうことか俺を脅してきた。


 さっき宿屋のマリーの部屋で、状態異常『色欲』になった彼女を助ける際、貴族の嫁入り前娘の肌に触れ、とても口には出せないようなことをした……これは俺の服に彼女の体液が付着したことを指しているっぽい。

 緊急時、それもマリーを助けたという状況があったとしても、マリーが訴え出ればおそらく俺は責任を取らされる――刑か婚約か――つまりチョウヒさんの婚約者ではいられなくなると。

 チョウヒさんのゴクシ家と、マリーのニヤカー家は、前回の魔王討伐に参加しただけあって中貴族の中でも同等に格上ではあるのだが、チョウヒさんの父君が魔王討伐で亡くなられた際、中貴族存続の条件として出された婿取りを当時のチョウヒさんが拒んだため、現在は小貴族扱いになっているらしく、そういう状況で二つの家と婚約した場合は、格上が優先されるのだという。


「あともう一つ。これは、私も父より非公式に聞いた話だから絶対に漏らさないで欲しいことなのだけど……ノリヲに信用してもらいたいから話しておく」


 重そうな前置きの後、語られたその内容に俺は驚愕する――「魔王の影」という表現が出てきたから。

 まさか、海苔だらけの女神ナトゥーラに探せと言われた「魔王の影」という単語にこんなところで出遭うとは。






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 海苔を貼れる法則性がまだイマイチつかみきれていない。もっと試行錯誤をしなくては。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した白魔術師。

 今日からチョウヒと呼び捨てにするよう言われてしまった。まだ言い慣れないが、慣れていかないとな。


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 あんな壮絶な光景を、本当はリビト同様に見せたくはなかった。ごめんな。


・ニッ

 ゴルゴサウルス。体長は十メートルくらいありそう。ヘッドライトの効果がある眉毛型の魔法具を装備している。

 ニッさんの「揺れ」ののりしろを探して海苔を貼ったら全く揺れなくなった。


・コウ

 ドバッグ家の三男坊だった性犯罪者。ダットの弱みにつけ込み卑猥な行為を繰り返していたソバカス小太り男。

 逮捕されたあと貴族身分を失くし、復讐者として俺たちの目の前に現れたが、モーパッとマリーの手により死亡した。


・モーパッ

 真チョウヒ様ファンクラブ副会長デッの姉。感嘆するほどの筋肉を持ちながら小顔で美人。二十五歳らしい。

 三年前までは赤いあぎとの二つ名を持つ冒険者として活躍していた。とっても頼もしい。


孤高姫ここうひめ

 本名マリーローラン・ニヤカーを隠して冒険者をしている。公衆の面前でコウに恥をかかされた被害者。十九歳。

 もう少し距離を取りたいのだが、彼女の持つ情報はもっと引き出したくはある。


・モノミユ

 タレポという種類の鳥で、人が騎乗できる。ダチョウのようなフォルムで空は飛べないが、走ると早い。

 体の大きさはダチョウより二回りくらい大きい。砂漠が多い地域では移動手段として馬より優れているらしい。


梨人リビト

 農業拠点フシミにおいて、魔王の状態異常『色欲』により宿周辺が地獄の惨状となった中、全裸で泣いていた美少年。

 日本人。召喚されて間もないようで、ゲンチの言葉も話せない感じ。マリーの警戒の理由はこれから引き出したい。


・ナトゥーラ

 最高のプロポーションの全裸に、卑猥な感じに六枚の海苔を貼り付けた、原初の女神。

 海苔は現在、犯罪者みたいに両目を隠すのに一枚、チョーカーみたいに細長く首に一枚、両乳首部分にそれぞれ一枚ずつ、へそ部分に一枚、股間に一枚。

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