#16 はじめてのおつかい

 「魔力酔い」という単語を頭に思い浮かべてからずっと、モーパッさんの額に見え続けるのりしろ

 もうこれは間違いないだろう。

 俺はモーパッさんののりしろ海苔を貼った。


「ふおおおおっ!」


 モーパッさんが急に叫んだ。


「おおおおおおおおおおおっ!」


 スクワットのスピードが突然加速する。振動で床と大気とが唸り始め、やがて立ち姿のモーパッさんと座り姿のモーパッさんの残像とが同時に見える。

 静寂は突如訪れた。


「自分の筋肉は……答えてくれたッ!」


 晴れやかな笑顔を見せたモーパッさんは俺に向かって右手を差し出す。俺も笑顔で右手を出し、固い握手で応える。


「自分は、もう迷わない。弟に誇れる自分を取り戻したッ!」


 健康的な笑顔からこぼれる真っ白い歯の輝き。

 さっきまで小さかった声のボリュームも力強いものへと変わっている。


「筋肉しか能がないしがない冒険者だがよろしく頼むぜ、ノリヲ!」


「よろしく。モーパッさん」


「冒険でパーティを組むときは呼び捨てでいい」


「わかった。モーパッ……冒険に関しては不慣れなことが多い。先輩として頼りにしています」


「まかせとけ」


 そう言って、自分の胸元をドンと叩くモーパッ。

 胸元が大きく開いたタンクトップは、階位結晶――魔石を飲んだ直後と、階位上昇時だけ光る――のあるべき場所が露わになっている。

 そこに触れれば、その人が現在どの属性魔術がどれだけの階位なのかわかるというが……場所が場所だけに気軽に「触らせて」とは言いづらい。

 というかモーパッはノーブラなので、あまり視線を向けるのも失礼な気がする。


 そういや魔力身分証は魔石を飲んでから見えるようになるのに、魔力階位は魔力身分証からは見えないのか……と思うや否や、俺の魔力身分証に海苔が浮かんだ。

 ……まさかこれ、召喚されてすぐのときに海苔を剥がしたらゲンチの言葉を理解できるようになったのと同タイプの海苔か?

 貼られているのもモーパッにではなく俺の魔力身分証だし、と剥がしてみてから自分の魔力身分証を確認する。


『ノリヲ 肉体:41/41 精神:49/49』

 『器用:9(■)』

 『筋力:10』

 『敏捷:10』

 『頑丈:12』

 『知力:11』

 『魅力:11』

 『知覚:12(+)』

 『幸運:13』

 『天啓:【秘■共感】』

 『刻印:■<地球人><オウコク宮廷>』

 『階位:白5』


 おおっ! 階位情報が増えてるじゃないか……ということは。


『モーパッ 肉体:63/63 精神:42/42』

 『器用:7』

 『筋力:21(+)』

 『敏捷:15』

 『頑丈:20』

 『知力:8』

 『魅力:14』

 『知覚:7』

 『幸運:13』

 『天啓:【筋肉収斂】』

 『刻印:<オウコク><テッラの使徒><冒険者><銀行>』

 『階位:赤5、青1、藍2』


 やっぱり藍魔術……青魔石と藍魔石はきっと色が似ているんだろうな。それで間違えたってわけか。


「モーパッは青魔石と藍魔石を間違えて飲んだのかな?」


「藍魔石? ……いや、自分が飲んだのは罠魔石だ」


「罠魔石?」


 初耳だ。


「罠魔石っていうのは、飲むと魔力酔いの症状だけ出るやつでな。実際には、飲んでも魔術の習得はできないやつだ」


 そんなもの、地球人ガイドには書いてなかったな。


「モーパッ、階位結晶に触れてもいいか?」


「かまわん」


 俺がモーパッの胸の谷間に触れた途端、ビクビクビクッと胸筋が痙攣する。


「うわっ、な、なんだ?」


「すまん。筋肉に触れられるとつい……これ、弟が小さい頃好きだったやつなんだ」


「あ……うん」


 筋肉によるブレイク・ジ・アイスを棚に上げ、確認したモーパッの魔力階位は、赤魔術が階位5、青魔術が階位1、藍魔術が階位2……やはり藍魔術は確認できる。

 なのにモーパッ自身にはわからないということは、魔力身分証で階位が隠されているように、意図的に認識にロックがかけられている状態なのだろうか。

 そもそも魔力身分証は、共通歴が作られた当初、魔王に対する七大国間での共闘・協力のために開発されたとかザブトンさんが地球人ガイドのレクチャーをしてくれたときにポロッと言っていた。

 ということは、そのシステム構築時の意図というか仕様を把握しない状態であれこれ改変するのは色々な意味でよくないだろう。


 モーパッの藍魔術についてはそれ以上触れないことにした俺は、パーティ内通知でチョウヒさんたちに事の次第を伝え、改めてモーパッを、チョウヒさんたちと同じパーティへと招待する。

 そしてモーパッに夕方までに旅の支度を整えて冒険者ギルドへ顔を出すようお願いし、俺はデッさんの家を後にした。




 職人街の喧騒は、下町の商店街の空気にどことなく似ている。

 こんな状況でなければ街ブラとかしたいところだが、今は期限のある旅の準備中だし、もしかしたら俺たちを狙う者に遭遇する恐れだってある。

 時間的なゆとりがあれば、ずっと三人で行動したいところが、幸い俺には勇者証もある。

 ということでこれから一人で買い物に行くのだ。


 職人街には、武器屋、防具屋、靴屋、鞄屋、雑貨屋等、旅の準備を整えられる店が多いため、冒険者ギルドもそう遠くない。

 まずは自分に合った武器を探すため、モーパッに教えられた武器屋へと向かう。


 軒先に商品を並べる店が減り、扱うモノをアイコン化したような看板を下げた落ち着いた路地へと出る。こっちの方は下町ではなく銀座とかそういう高級店な雰囲気。

 あっちの看板は時計屋っぽいし、こっちのは銃砲店か?

 看板が赤枠ということは、購入に資格が必要ということらしい。

 ゲンチには剣と魔法のみならず銃も存在する。ただし、所持には国の許可が必要となるが、俺は当然持ってない……モーパッから聞いたのはあそこかな?


『サンカイドウ武具店』


 ドキドキしながら、店の扉を開ける。

 店の中は思ったよりも広く、剣だけじゃなく弓とか盾とか……武器とは思えないものまで所狭しと並べられている。

 にこやかなおっさんが店の奥から出てきて店の主人だと名乗ったので、モーパッの紹介であることを告げる。


「アイツ生きていたのか! しかも冒険者復帰だとッ!」


「そ、そのようです」


「いいねぇ!」


 さらに機嫌がよくなった主人に、オススメ武器を尋ねてみる。


「兄ちゃんよ。兄ちゃんにとって武器ってのはなんだ?」


 考えたこともなかった……が、仮にも人を傷つけられる道具を所持するのだ。向き合わざるを得ないだろう。

 俺にとっての武器……戦いたくて戦うわけじゃない俺の、でもチョウヒさんやダットのことを考えると、持つことから逃れてはならないもの……あたりかな。


「身を守るためのもの、だと今は思えます」


「なるほど。兄ちゃんはそういうタイプか。じゃあこれだな」


 主人に渡されたのは小さな盾と、柄が長めの短剣。


「この盾は精神を2点消費すると三分間、加護1相当の防御力が増える。物理にも魔法にも有効だし、面白いところはこの盾で触れたモノにもその防御力を与えられるところなんだ。例えばな……」


 主人が盾でカーテンに触れてから俺を手招きする。

 触れてみるとカーテンが固くなっている。


「同一素材っていう条件もあるけどな。それからこの剣は、精神を消費すると剣先が伸びるんだ。1点で小剣、2点で長剣、3点ならば手投げ槍くらいの長さにはなる。攻撃力は変わらないがね、リーチが伸びるだけで戦いやすくなることはよくあるもんだ」


 値段を聞いた所、旅の支度金としてトラネキサム様にいただいた分でまかなえたので早速購入して装備する。

 短剣の鞘を取り付けられる革製の腰ベルトと、盾を固定できる籠手、それから装備したままでも手持ちの武器に精神点を送ることができる革手袋というのも合わせて購入した。




 武具点を出たとき、ちょうど十二時の鐘が鳴った。

 いったんチョウヒさん宅に戻ろうかと貴族街へつながる道を探していると声をかけられた。


「元気だったか?」


 ベレー帽のような潰れた帽子を目深に被り、膝上くらいまでの丈がある麻っぽい白い長袖シャツを腰紐で留め、カーキ色のズボンは膝から下、ロングブーツにオール・イン。

 俺が訝しげに見ていると、サングラスを外して笑顔を見せ……もしかして。


「グラさんですか?」


「そうなんだよ。今日はオフでね。一人かい? お昼はどうするんだ? 美味しい店が近くにあるんだが一緒にどうだい?」


 私服だったので一瞬誰だかわからなかったが、この声、間違いなく治安本局の牢屋で衛兵をしていたグラさんだ。

 でも正直、ラッカさんとイチャイチャしてたときの野太いあえぎ声が耳に残っていて、ちょっと気まずい。


「いえ、またの機会で」


「そう言わずにさ! 君には世話になったんだから、ご馳走させてくれよ!」


 手をつかまれ、強引に路地裏へと連れて行かれる。

 シチュエーションとしては、初日にチョウヒ様ファンクラブの筋肉神輿に拉致されたときと似ていたなと、後で気付いた。

 でもグラさんが衛兵だってことと、自分が宮廷ギルドに参加しオウコク王国の一員となったこと、いざというときに役立つ勇者証を身に着けていること、そして何より、パンケーキが焼けるような甘い粉モン系のいい匂いがしたこと……そんなことが重なって、俺はちょっと気を抜いていたんだと思う。




 皆さん、ふんどし一丁でベッドに縛り付けられ、屈強な男たちに見下されたことはありますか?

 俺はない……でした。


「ま、待ってください、グラさん……これって」


「ラッカがな……アンタの名前ばかり口にするんだよ。妬けちまうじゃないか」


「いや、俺は女性にしか興味ないんです! 本当です!」


「言い訳は俺にしても無駄だぜ」


 グラさんや屈強な男たちは揃って部屋を出てゆく……そして入れ替わりに入ってきたのは……扇子で顔を隠し、バカみたいにエロいドレスを着た……女?

 全く意味がわからない。






● 主な登場人物


・俺(羽賀志ハガシ 典王ノリヲ

 ほぼ一日ぶりの食事を取ろうとしていたところを異世界に全裸召喚された社畜。二十八歳。

 チョウヒさんとダットを守るために勇者証を借り受け、宮廷ギルドに加入することになった。頑張るぞ。


・チョウヒ・ゴクシ

 かつて中貴族だったゴクシ家のご令嬢……だった黒髪ロングの美少女。十八歳。俺を召喚した白魔術師。

 本日の日没までに冒険者ギルドへ再出発の報告をしにいかなければならない。


・ダット

 ゴルゴサウルスを操る御者。銀髪ショートボブに灰色の瞳。背が低いオレっ娘。十三歳。ゴクシ家のお抱え運転手。

 俺が海苔を剥がしたせいで対立させてしまった貴族が貴族階級を失った。報復から俺が守らねば。


・ニッ

 ゴルゴサウルス。体長は十メートルくらいありそう。ヘッドライトの効果がある眉毛型の魔法具を装備している。

 ニッさんの「揺れ」ののりしろを探して海苔を貼ったら全く揺れなくなった。


・コウ

 ドバッグ家の三男坊だった性犯罪者。ダットの弱みにつけ込み卑猥な行為を繰り返していたソバカス小太り男。

 海苔を剥がしたところ、その犯罪的欲求が暴発し逮捕。現在はドバッグ家を放逐され、貴族ではない。


・デッ

 真チョウヒ様ファンクラブ副会長。今では心を入れ替えて、チョウヒさんの幸せのために生きると誓ってくれた。

 すばらしい筋肉を持ち、祖父から譲り受けた塗装業を営んでいる。


・モーパッ

 デッさんの姉。その上腕は俺の太ももの倍はあるのに小顔で美人。魔力酔いをほぼ筋肉で乗り切っていた冒険者。

 チョウヒさんの依頼に同行してくれることになった頼もしいお姉さん。


・サンカイドウ武具店のご主人

 優しい笑顔で的確なアドバイスをくれるご主人はモーパッの旧知である様子。

 ちなみにご主人にとって武器とは「膝の上に乗せて酒を飲むと旨くなるもの」だそうだ。


・グラ

 元冒険者の衛兵コンビ。ラッカとグラの受けの方。

 言っていることの要領を得ないし納得もいかないのだが、何か俺が悪いことをしてしまったようである。


・謎の女

 扇子で顔を隠し、バカみたいにエロいドレスを着た女性。

 ふんどし一丁でベッドに縛り付けられた俺の前に現れた。こんな目に遭ってる暇なんてないってのに!

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